0話―プロローグ
プロローグくらい真面目にやんないとね
──異世界に行きたい。そして女として生きたい。
それは俺、七彩澪の夢、もしくは願望だ。
前者は丸っきり本の影響だ。
内気な性格だった俺は、小5のあたりから本の虫になった。それも文豪が書いた純文学ではなく、なろうのようなラノベばかりを。
異世界転移、異世界転生ものが一番好きだ。それは今も変わらない。高校生に上がるまで、月二冊ラノベを欠かさず買うくらいには。
その影響から、異世界に対し強い憧れを持つようになった。
「異世界に行き剣を握りたい」「異世界に行き魔法を使いたい」「異世界に行き魔王を倒したい」と。そんな夢にも似た願望は日に日に強くなっていった。
あと、俺は異世界に行きたいというだけで、ハーレムとかには興味がない。羨ましいとは思うが、自分がなったら面倒臭いだけだと思う。
後者は……俺の趣味だ。
誰にだってあるだろ。人に話したくない性癖の1つや2つ。それが俺の場合は「女になりたい」ということだっただけだ。
ラノベを読んでいく中で、そういうジャンルもさわっている。その中で1番「これだ!」と思ったのが、所謂TSものだったのだ。
別にこの性癖を後ろめたくなんか思っていない。男とは誰しもが変態なのだから。どんなに清楚ぶってる俳優やアイドルも、しっかり変態なのだから(持論)
一応言っておくが俺はホモではない。女になりたいだけで恋愛対象は女なのだ。断じてホモではない。
この2つの願いが、どう足掻いても叶わないことくらい気づいている。そこまで現実を見ていない訳じゃない。
「現実は小説よりも奇なり」という諺がある。俺も昔はこの言葉を信じていた。
いつか異世界に行ける時がくる、と。そう信じていた。
……が、実際は違った。小説はちゃんと、現実よりも奇だった。
異世界などない。女になる手段などない。分かっていたものの、改めて現実を突き付けられると心にくる。
それでも、諦められていない自分が、まだどこかにいるのだ。
病んだ時など「死ねば異世界に行けるんじゃないのか?」とか思ってしまう。
授業中ボーッとしてるときは「学校にテロリストでも来ねえかな」などと、馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう。
そんな中二病末期なことを約6年間も続けていた。お陰で毎日がつまんなくなり、友達もずいぶんと減ってしまった。
こんな毎日が続いてしまうと、やっぱり思ってしまう。
「異世界に行きたい」と──
♢
七彩澪は基本的に普通の男子高校生だと思う。
中肉中背、ルックスも中の上くらい。成績は良くもなく悪くもなく、目立った特技はない。ちなみに今まで異性と付き合った試しもない。
特徴的なのは名前くらいだ。昨今のキラキラネームほどではないにせよ、十分変な名前だと思う。覚えやすいと言われたが、誉められてるのかは怪しい。
この女みたいな名前のせいで、子どもの頃などはよくいじめられていた。そのせいで口調が少し荒くなり、女になりたいだなんて思うようになったんだが。
(親に名前の由来聞いてみたら、「かっこいいから」なんて頭の悪い回答が返ってきたからな。もう考えないようにしよう)
と、名前と夢以外は普通の高校生だ。
俺はいつものように家に帰っている。スクランブル交差点を渡ろうとしたところで、信号が点滅したので慌てて止まる。
俺の高校は割と都会にある。この交差点も帰宅する社会人と学生でぎゅうぎゅう詰めになっている。いつものことだ。
(今日、晩御飯は何だろうか。そもそも帰ってるのか?)
俺の両親は共働きで、午前は家にいない。母の方は早めに帰ってくるが、時間がまちまちなので、晩御飯は俺が作ることもある。さして美味しくないけども。
周りを見ると、全員がスマホをいじっていた。現代社会が生み出した光景だが、俺はあまり好きじゃない。なんか不気味に感じる。
(こんなんじゃ、誰かが飛び出したら止めらんないだろ……)
そんな俺の考えが言霊となって現実になったかは分からない。
──俺のすぐ横を何かが通りすぎた。
それは、小学生の女の子だった。しかも、横からトラックが来ている。最悪のタイミングだ。
「あぶっ……!」
俺は人一倍正義感が強いんだと思う。
だから、この時も咄嗟に体が動いた。
気づいている人は俺しかいない。その一瞬の思考だけで動いたのだ。
トラックはもう間近に迫っている。どうやら気付いてないみたいだ。
このスピードじゃ少女を突き飛ばして助けたら──俺が死ぬ。
だけど
(ここで見捨てられるほどクズじゃねぇんだよ!)
そんなカッコいいセリフを心の中で叫んで、俺は少女を突き飛ばした。
……その直後、体の側面に鈍く、重い衝撃が走った。
♢
(くっそ……何で即死しなかったんだよ……)
全身に激痛を覚えながら、そう吐露する。
俺は見事に轢かれた。すぐにトラックは止まったが、5mくらいぶっ飛んだ。
霞む視界の端で血が池を作っていた。この出血量じゃ助からんだろう。
しかし、俺はそんな状況でも割と冷静だった。
(は~、短い人生だったな……お袋、親父、先立つことを許してくれ……あと、俺の部屋のパソコンはぶっ壊しといてくれ……)
こんな遺言を残すくらいには冷静だった。
……ヤバい。痛みもなくなってきた。それに体が異常に冷たい。いよいよ死が迫ってきた。
その時、俺はふと思った。
(これで死んだら……異世界行けるんかな……まぁ、無理だろうな……)
長らく願ってきた夢が少し現実味を帯びてきたのだが、俺はすぐに否定する。
あぁ……でも……
(異世界……行けますように……)
俺は最後の最後でもう一度願った。
死の淵での願いは……通ったのだろうか。
意識が暗転していく。ようやく死に際から解放されるようだ。
その直前、
(お?良い人みっけ。よし、調整をっと……)
…………なんか聞こえたのは気のせいだろうか。
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