2人の決意
護衛官専用宿舎の窓際に置いた椅子に座り北に連なる低い山々を眺め、昇る
朝日に暑さを感じながらも、まだ暖まる事を拒む様に吹く北風に思考が冴え
ていくのを感じ、同室のマチルダへと問い掛けた。
「ねぇマチルダ、人生って何だろうな?」
「何だい?朝からいきなり賢者な質問だな?」
「私は今のこの生活に何を求めていたのかと思ってな」
「お前の人生観をあたしが判る訳無いじゃないか」
「まぁそうなんだがな、お前の言葉に何かヒントが有るかと思ってな」
「じゃあ此の侭この仕事を全うし終えたとして、お前は満足な人生だったと
思えるか?」
「・・・それは無いな」
「だったら答えたは自ずと見えて来るんじゃないか?」
「それはそうなんだがな」
「何を躊躇している?」
「相手は女だ」
「何だ?そっちの意味での話だったのか?」
「いや・その・其れだけでは無いのだが、男でも女でもそう言う経験が全く
無くてな、戸惑っていると言うか」
「要は全てに惚れたと言う事か?」
「・・・多分そうなんだと思う、思い出すと鍛練に身が入らないんだ」
「あ~その気持ちは少し解る気がするな」
「何だ?お前にそんな乙女な所があったのか?」
「それはちょっと酷くないか?あたしだってまだ乙女なんだぜ?
まあ、恋愛の経験は無いが、学生時代からお前を追いかけて万年2位だった
あたしにはあんたが眩しく見えた時もあったからな」
「何故過去形なんだ?」
「自分で切り出しておいてあたしに言うか?」
「え?どう言う事?」
「今の話であたしの腹も決まったよ、辞表を出してくる、実はもう書いてあ
るんだ何時お前が言い出すかと思ってな、逆上せたのはお前が先だから言い
出せなくて」
「お前も行くのか?」
「?!何だ?行く気に成ってんじゃね~か」
「でも、あの人には追いつけないと思うぞ?」
「追い付ける様な相手じゃ、人生面白く無い事はあたしの方が良く知ってる
よ、お前の話じゃあたしらより強いのが少なくとも13人居るんだろ、実は
最近お前と遣り合えば勝てる確信が持てたんだ、長年の付き合いだ、お互い
の癖や短所なんかも良く見えてくる。
勝てると判った時”ああ、コイツもあたしと同じなんだ”と思ったらちょっと
ガッカリしちまってな、そんな時にセリア商会の話を嗅ぎ回ったんだが、な
んせ雲を掴む様な話だ、半分鼻を抓んでいた所にお前の話を聞いて心が震え
たよ、”あたしが追い求めるものはここに有るんだ”ってね」
「思っている事は同じだったと言う事か」
「そうらしいな」
「セリア商会が在るのはアルリアだったか?」
「ああ、そうだな、ここから780ルークだ、馬車でも帝国のブラントまで
上手く行って7日、最低13日は掛かるんじゃないか」
「いつ出る?」
「今日あたしらは休日だ、今日の内に準備をすれば明日辞表を出した足で行
けるんじゃないか?」
「良し、決まりだな」
各主要都市に支店が在る事をまだ知らない2人である。
この時タブリス支店は、顔の広いミランダ夫人に委託して用地買収に入った
ばかりであった。