ニナの回想
ニナは館の入口脇に腰を降ろし、外壁に背中を預けて休憩に入っていた。
辺りを見れば交代で歩哨に立ったティアとミラの背中が篝火に照らされ揺ら
めいている。
そんな2人をぼんやりと眺め今に至る迄の自分の過去を何となく思い返して
いた。
そう言えば私が自分という”物”を理解した時は、まだ人では無かったのだっ
たな。
この世とは違う唯漂い続けるだけの世界、留まっては放り出され、また留ま
る。
そんな止め処も無い世界だった、永遠とも思える感覚の無い世界で突然”温も
り”を感じた。
時にはやさしく、時には励ます様にそれは私にゆっくりと染み込み私という
物を理解していった。
完全に自我が芽生えた時に見えた物はこの世界だった、そして私の目に映り
込んだあの男が言った言葉を今でも憶えている。
”ちゃんと育って奉仕するんだぞ?”彼はそう言った。
今思えばあの男の行動も言葉も私と同じように何かに導かれていたのかも知
れない、あの男は私を懸命に育て奉仕する事は有れど、奉仕させる事は一切
無かった。
声が掛かっても何処にも売りもせず私を育て、帝国皇帝から話が有った時の
彼の表情は正にこの時と言わんばかりの表情をしていた。
後から聞いた話では彼は私を直接皇帝に売った事をセリア様には一言も話し
てはいない、私は私であの日あの場所でセリア様に出会うのを知っていた。
尊顔を拝したのはあの時が始めてだったが、あの地へ近付いた時に既に解っ
ていた、ここに居るのだと。
皇帝と第1王子を誘導し、そしてソフィ様を巻き込みあの地へ至る事など私
には造作も無い事だった。
ただ今に成っても判らない事が1つ有る、何故ソフィ様を巻き込まなければ
成らなかったのかが今でも判らない、あの人は眷族では無く同族だし一緒に
行動している訳でも無い。
導きで連れて来たのだろう事は確かだとは思うのだけれど・・・
そんな答えの出ない思考のループに嵌まろうとしていた時、脇の扉からオー
ガの親子が外へと出て来てニナに声を掛けた。
「セリア様はどちらに居られますか?」
ニナが指差す方向にセリアを見留め礼を返して向かっていく。
「セリア様」
呼び声に振り向いたセリアは2人を見留めて返事を返す。
「話は着いたの?」
「その話は一旦棚上げです、其れよりも御食事はどうされますか?」
「我々の分は考えなくとも良いわよ、交代で食べるから」
「でも何もお持ちでは無いですよね?」
「いいえ、有るから大丈夫よ」
セリアはそう言うと収納から湯気の立ったランチセットを取り出し、そして
仕舞った。
「・・・えっ?今何処から?」
「だから気にしなくて良いと言ったでしょ?我々もそろそろ食事にするから
貴女は家族水入らずで食事をしてくれば良いわ」
「はぁ、そう言う事でしたら」
納得しきれずとも言われるままに館へと引き揚げようとしたラウラにニナが
茶々を入れた。
「貴女、解って無いわね」
その言葉にムッとして言い返すラウラ。
「何がでしょうか?」
「あの方に心配やお節介は無用よ?」
「私はお客様をお持て成ししようと・・」
「そんな事を言っているから解ってないと言っているのよ」
ニナが被せる様に言い放つ。
「訳も言わずにそれは言い過ぎでは無いですかな?」
そこに父親が参戦した。
その言葉にニナが切れた。
「セリア様がお優しいとは言え、自分の命の恩人、娘の命の恩人に頭を下げ
るでも無く自己紹介もしない人達が態度がデカく無いと善くぞ言えたもので
すね、眷族で無ければこの場で斬り捨てていますよ!」
言われて気付いた2人は顔面蒼白である。
「ニナ~その辺にしといてあげてね~」
遠くでセリアが仲裁を入れた。
ニナの限界突破な機嫌の悪さに後で可愛がってやろうと思ったセリアだった。