似た者親子
タブリスには昼丁度に戻って来た。食事は今朝まで宿泊していた宿屋に御願
いした、食堂も兼業していたからだがビックリされてしまった、そりゃそう
だ。
オーガの彼女はまだ眠っている、食事が運ばれるまでの間、現場の状況予測
をした。
「今回オーガの里を襲った魔物は一昨日溢れていた魔物の残党だと思われる
状況的に考えて敵総数は前回と同等数と考えられ、オーガの里まで約3時間
里へ到着前、15時から15時15分頃接敵すると予測される、前回の戦闘
を鑑みると日没後も戦闘を継続しなければ成らない可能性が大きい、その場
合はグループにて対応する様に」
ダンジョンとオーガの里までの距離を考えると里は凡そ3日間魔物の襲撃に
遭っていると言う事になる、普通なら全滅していても可笑しく無い、タブリ
スの様に地下室が有るかは判らないが助けに行かない選択肢は無い、今回は
時間が経っている事も考慮し乾物の食料品を出来るだけ仕入れて行く事にし
た。
想定していない長期戦ではそこが勝敗の別れ目になる、支援物資と言う程は
持って行けないが無いよりは増しだろう。
出立は12時半、運転手はアンジュ、オーガの彼女に状況を聞きたいが流血
量が多いので暫くは無理だと諦め少しでも早くと先を急ぐ、出来る事なら行
き当たりばったりは避けたいのだが仕方が無い。
順調に旅程を熟し予測通り接敵は15時頃、車の運転はエルミーに変わって
いる、全員散開し車を先導する様に侵攻していく。
市街地突入は15時45分頃、運転するエルミーに近付きオーガの彼女を叩
き起こして拠点構築ポイントを聞き出す様指示する、少し可哀想だがぎりぎ
りまで休ませたのだから今だけは頑張って貰わなければならない。
オーガの町並みは人族の家の4倍は有ろうかと言う程に大きいが道幅は変わ
らない、見通しが悪く無闇に移動する訳にはいかない、暫くするとオーガの
彼女がミドルシートの中央に起き上がり、エルミーと2,3言葉を交わすと
車の窓を開けエルミーが叫ぶ。
「私が先導するわ!」
それを受け、セリアは手を挙げて了承を示す。
車を護る様に散開し足並みを併せて進んでいく、タブリスの様に密集して襲
って来る程は居ないが戦闘に気付いた近隣の魔物達が途切れる事無く襲って
来る。
16時半頃、日も陰り始めた頃に一際大きな建物の前で車が止まった。
エルミーが窓から手を出し建物を指差すと、”行け”のサインを出した。
ティアの指示に従いサラとアンジェが建物に突入する。
扉は開け放たれていて1階のエントランスホールには魔物が3匹、2人に気
付いて襲い掛かるも振動魔法を掛けたレイピアの敵では無かった。
アンジェが2匹、サラが1匹、サラは振動魔法を覚えたてで今一上手では無
いアンジェが師匠に成っているのでこのコンビでの突入なのだろう。
アンジェがサラに1階の探索を指示し、アンジェは2階へと上がって行く。
私はエントランスホールで待機し荘厳な階段を眺めている。
その時、目の前に設えて有る階段の1段目の幕板が小さく開いた。
「ん?誰か居るなら出てきなさい、もう大丈夫だから」
セリアの穏やかな問い掛けに、数瞬の間を置き階段前の床板が大きく持ち上
がった。
恐る恐る辺りを窺う様に出て来た4人はセリアを見詰め、口を開いた。
「エルフ族の方とお見受けしますが何故この様な所へ要らしたのですか?」
「当たらずとも遠からずですね、私はハイエルフのセリア・トラーシュと申
します、この里へ来た目的は、”救援”と取って頂いて構いません」
「その御言葉、有り難くは有りますがお見受けした所、女性ばかりの小集
団悪い事は言いません、どうやってここまで来られたのかは知りませんが、
今すぐお逃げなさい、あの魔物共は強い、貴女方では勝負に成らないでしょ
う」
「お気遣い頂いたのは嬉しいのですが、今貴方方の足許に転がる魔石は先程
まで魔物だった物ですよ?殺ったのは私では有りませんが」
「は?そんな・・誰かが階段を駆け上がる靴音が聞こえて直ぐに覗いたので
すが戦闘をした気配など有りませんでしたが」
訝しむ男に、セリアはさらりと返した。
「そうですね、戦闘には成らなかったので」
「では一体いつ誰が・・」
「ついさっき階段を駆け上がっていった私の部下が始末しました」
未だに理解出来ない男は其の侭黙ってしまった。
「それとパスカルでオーガの女性を1人助けました、その人の指示でこの館
に来たのですが?」
「えっ?一体誰が?」
「さあ?助けた時はとても名前を聞ける様な状態ではなかったので、今私の
乗り物に居ますが連れて来ましょうか?」
そんなタイミングでサラが6人を連れて戻って来た、どうやらこの館のメイ
ドや侍従達の様だ。
男の顔を見て侍従らしき男が口を開いた。
「旦那様、善くぞ御無事で」
「ああ、お前達も無事でなによりだ」
その遣り取りを見届けセリアがサラに指示を出す。
「サラ丁度良いわ、あのオーガの子を連れて来てくれる?」
「了解です」
男は侍従達の後ろから出て来たサラを見て目を見開きセリアに問い掛けた。
「あの様な小さな子まで連れているのですか?」
「ええ、アレよりも若年者も居ますが、貴方が思ってもいる以上にあの子達
は強いですよ?」
強さを理解していない男は幼さに憐憫を感じセリアに言い募った。
「あの様な歳の子に戦いを強いるなどいくら何でも」
「御言葉ですが私はあの子達に戦いを強いた事など1度たりとも有りません
、彼女達は自ら進んで私の元で戦いに身を投じているのです」
その時セリアの言葉を遮る様にオーガの少女が飛び込んで来た。
「お父様!!」
「!!ラウラ!?」
「お父様!善くぞ御無事で!」
「お前こそパスカルに逃げ延びたのではなかったのか?」
そう言われ逡巡する彼女は意を決して話し出す。
「お父様、私はパスカルまで逃げ延びる事が出来なかったのです」
「何を言っている、今ここにこうして居るではないか?」
「いいえ、そうでは無いのです、私は確かにパスカル迄は到達しました、で
すがその時バッサリと切り裂かれていた私の命は消え行くのを待つばかりの
状態だったのです、意識は既にえも言えぬ世界を歩みを進め、その向こうへ
と足を踏み入れたその時に腕を掴まれ引き戻されたのです、そしてその時腕
を引いてくださったのが、そこに居られるセリア様です」
「そんな馬鹿な!傷など何処にも無いではないか!」
「お父様、これなら信じて頂けますか?」
ラウラはそう言うとセリアに借りて羽織っていた上衣を脱いだ。
そこにはここを逃げ出す時に着ていたドレスが胸元から腰の辺りまでバッサ
リと切り裂かれて血塗れに成ったままの状態を晒していた。
「然し傷など何処にも無いではないか!」
「そうですね、傷など残っていません、全てセリア様に治して頂きました、
今だからこそ判るのですが、あの時既に私の手当は普通で有れば手遅れの状
態だったのです、それを引き戻す為にセリア様は私に命を分け与えてくださ
vいました。
そして私は生き残る事を選び、セリア様を受け入れたのです、父様が愛し、
父様を愛したラウラはもうここには居りません、廃嫡なり追放なりお好きな
様にしてください」
返す言葉が見つからず男は打ち震えている、侍従達もオロオロするばかりだ
、不憫に思いセリアが口を挟んだ。
「ラウラ、どうしていきなりそこまで持って行くの、それは言い過ぎなので
はないの?確かにセカンドネームは捨てなければならないけど、この館に居
たいなら私は別に構わないわよ?」
「嫌です!私が!」
「そう、親子で有る事に変わりは無いのだから程々にね?」
確かにあの時向こうの世界へと足を踏み入れ彼女は死んでいた、眷族にしな
ければ引き戻す事は不可能だっただろう、然し眷族に成った事で死にはしな
かった、だからこそ眷族化の影響がより大きく現れての言葉である事はセリ
アも理解していた。
(ここは私の出る幕は無いな)
如何すれば良かったのか、今更ながらに悩んだセリアは居たたまれなくなり
、とっぷりと日の暮れた外へと逃げ出すのであった。