夏季休暇の予定
ここ北の大地も風の月(7月)ともなれば心地良い風の中にも暑さを感じる。
バルコニーに置かれたテーブルセットにパラソルが立てられたそこにハンス
は居た。
飾り気も何も無い懐中時計を手に持ち、親指でなぞる蓋にはセリアの文字が
浮かんでいる。
「この感覚は・・・・」
遙か西南西に聳えるクレア山脈を眺め見て違和感を覚えた。
「似てはいるが・・・微妙に方向も距離も数も質も、総てが違うがあれに間
違いは無いな」
なぞる親指を止め、感覚を研ぎ澄ましていく。
「ここは!?レプラカーンの里か?一体何が起きているのだ?有るとすれば
内戦か?それとも侵略か?然し近隣の帝国とオーガとは考えられんな」
人が数多く死んでいる事だけは理解したハンスは領境線の防衛を主眼に出撃
を決めた。
同日、同時刻帯アルリア王都エルザ商会会頭室
会頭のエルザが使う執務机を挟みエルザと番頭のアベルは糸口の見えない問
答を続けていた。
「だから何度も言っているでしょう?今すぐ里に帰りたいと言っても早馬で
も5日は掛かるのよ?」
「それは判っています、然し妻の身に何か良からぬ事が起きているのは確か
なのです!」
普段の勤勉振りとレプラカーンの特性を知っているエルザは一向に落ち着く
素振りを見せないアベルに思い悩み切り札を切る事にした。
「判ったわ、貴方の事ですもの、何か有るのは間違い無いのでしょう、貴方
よりも確実な所に頼んであげるから大人しく待っていなさい」
「それは、もしかしてあの方に?」
その言葉に、アベルにも思い付く人物は一人しか居なかった。
「ええ、帝国に居るのは判っているの、借りを返せと言えば行ってくれるで
しょう」
「あ、ありがとう・ございます・・」
泣き崩れるアベルの背中をソッと擦るエルザであった。
朝早くにアンジュのスマホから連絡が有り珍しいなと思いつつ返事をしたら
エルザだった。
開口一番借りを返すべく今すぐ動けと言われても、貸した覚えは有っても借
りた覚えは無い、恩は有るかも知れないので取り敢えず動く事にした。
主要メンバーに招集を掛け戦闘装備で出立、朝食はクルトで摂る、時間が早
いので帝都ではお店も開いていない、出撃は私を含めて14人、今回はユリ
、ミラに加えエレオノーラとフローラ、リーザも参加させた、ここ暫く武闘
派は鍛練が仕事になっていたので、全員メキメキとレベルを上げていてSク
ラスの初級、中級、上級と万遍なく揃っている。
クルト到着はAM8時15分、朝食が出来る間に作戦計画の概要説明を済ま
せ2店舗に私が良いと言うまで料理を作らせ朝食分以外を収納に突っ込みA
M9時出立。
現地到着はPM12時30分、救出作戦は迅速さが大事であるが既に15分
前には接敵している。
全員散開し統率の無い敵を殲滅していく、相手は魔物だが数が半端では無い
、暫く戦っていると魔物は西から続々と来ている事に気付いた。
「ティア、ここは任せるわ、サラは東に流れた敵を殲滅して、アリエスはタ
ーゲットの救出を御願いね」
そう言い残し西へ延びる道路に溢れる魔物を走りながらファイアボールで殲
滅していく。
「この先に必ずダンジョンが有るはずだわ」
走りながら道路脇の民家に気を付けながら小振りなファイアボールを撃ち込
んでいく、一向に数の減らない魔物に煩わしくなり、現代兵器でイメージを
固め撃ち放った、戦闘機のそれをイメージしたのは”ナパーム弾の4連爆撃”
だ。
広範囲に及ぶ焼夷爆発は軒並み魔物を焼き払う、両手で魔法を使い分け走路
を確保し瞬足で走る事1時間、目の前には次々と魔物が溢れ出る穴が地面に
大きく口を開けていた。
透かさずイメージを増幅させ、ナパーム4連爆撃を4連射し、入口が塞がれ
た事を確認して近代兵器の最高峰を地下深くへとイメージし作りあげ発動し
た。
瞬間直径600リークの地面が盛り上がり陥没する、ファンタジーではお馴
染みの核撃魔法だ、地下なら放射能も漏れる事は無いだろう。
残党を狩りながら街へと戻ると日暮れも近いオレンジ色の空が辺りを覆う、
掃討も終盤なのだろう、こちらを向くサラと背を向ける魔族?らしき人がタ
ーゲットの家の前で話をしているので声を掛けた。
そして振り向くその人にびっくりしてしまった。
「ハンスさん!?わぁ~お久し振りです~」
「やぁセリア君、久し振りだね、こんな所で会えるとは思わなかったよ」
「私もそうですよ~どうしてこんな所に?」
「ほら、私は人が大量に亡くなると判ってしまうから万が一の防衛で領境に
居たらこの子とバッタリ会ってね、最初は問答無用で切り付けられたんだけ
ど戦闘中に私の懐中時計を見て”当店の商品をお買い上げくださり有り難う
御座います”と頭を下げられたんだよ、それでセリア商会の手の者だと判って
聞いたら君も来ていると言うから会いに来たと言う訳さ」
「そうなんですか~?嬉しいです~、でもお約束したのになかなかお伺い出
来なくて気にしてたんですよ~?」
「君も忙しい身だからね、そうだ、陽の月(8月)に来れば良いよ、その頃
なら良い避暑で過ごし易いからお薦めだよ、妻も君に会えるのを楽しみにし
ているから是非来て欲しいな」
「そうですか~?じゃぁ陽の月の中頃にお邪魔しようかな~?」
「そうかい?じゃぁ準備をして待っているよ、日も暮れた事だし私は引き上
げるよ、魔物も殆ど片付いた様だしね、それじゃあセリア君、楽しみにして
いるよ」
ニコニコ顔のハンスさんに断れる訳も無く魔国行きが確定した瞬間であった。