領主の悩み 師匠の困惑
帝国第3都市パスカル、北西のクレア山より流れ落ちる湧き水による肥沃な
大地により農業を主体とした地方都市だ、帝国の食糧の4割を供給するこの
領地は安定した税収を維持していた、何一つ不満など無い様に見える伯爵領
主のヤルノ・ステンマルクは出口の見えない大きな悩みを抱えていた。
執務室の椅子に座るヤルノは傍に控える執事のイクセルにいつもの愚痴を零
していた。
「なあ、イクセルよ、他に良い方法は思い付かんか?」
「5年前に購入したアレで2年後に試されても駄目な様でしたら万策尽きた
と言わざるをえません」
「それでは困るのだといつも言って居るではないか」
「そう言われましてもこればかりは」
「側室を増やすのも奥様のお心に御負担が掛かりますゆえそうそうには」
出口の見えない問答に、眉間に皺を寄せながらも同じ応えを返す。
「そうだな、それで人では無いアレを買ったのだからな、しかしあと2年も
待たなければならんのか、一体何が悪いので有ろうな」
「私には判りかねる事に御座います」
「そうだな、お前に作ってみろとは言えんしな」
「奥様を蔑ろにする様な事は・・・」
「そうだな、すまん、忘れてくれ、まあ、他に良い方法が無いか探しておい
てくれ」
「畏まりました」
「それで、男爵に預けているアレの様子はどうなのだ?」
「アレは順調に育っております」
「そうか、であれば良い」
恭しく頭を下げたイクセルは、この日は自分から主人へと声を掛ける事は無
かった。
師匠のアドルフは持ち込まれた図面を隅から隅まで舐める様にチェックして
いた。
「カミルよ、これを持ち込んだのは誰だったかな?」
師匠の問い掛けに、作業の手を止め振り向いた弟子が応える。
「アルリアのセリア商会と言う所ですが?」
「お前これを見て理解出来るか?」
「こんなの見たって俺にはチンプンカンプンですよ」
「だろうな、これはな、井戸から桶を使わずに水を汲み上げる装置だ」
「それを桶の代わりに投げ込んで汲むんですか?」
「そんな訳ないだろう、こんな形の物を投げ込んでどうやって汲むと言うの
だ?」
「だから俺にはチンプンカンプンだって言ってるじゃないですか」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ、取り敢えず明日からこれを造るぞ
受注数はいくつだ?」
「100基です」
「先ずはうちに1基廻して貰わんとな」
図面を丸めたアドルフは徐に立ち上がると、自身の工房へと向かう事をカミ
ルへと伝えた。
「先ずは試作する、当分ワシの工房には誰も入れるで無いぞ」
「ヘイ」
アドルフは弟子の返事を確認すると共同作業場を後にした。