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大門さんは大悪魔  作者: 条嶋 修一
2/10

1話

 常山朝太はソファで仰向けになり、器用に携帯電話の画面を操作していた。


 バイト 高校生 夏休み


 自分の分にあった仕事で構わない。ただできるだけ家事をする時間はとらなければならないのを考えると、なかなか条件にあうものが見つからなかった。


 彼の母は兼業主婦で、日中は自宅共用の喫茶店を経営している。

 客の入りが多いとは言えないが、夜遅くなることもあるため家事がままならない時も多々ある。朝太は母に代わり、高校に入ってからはそのサポートをしていた。


 家長――父は海外赴任で家にはいない。

 ごくたまに帰ってくる父へと朝太が恨み言をいうこともあるが、この生活が嫌いというわけでもなかった。


「高いな……」


 画面を見ながら思わずつぶやいてしまう。


 あと二月で妹たちの誕生日である。双子である妹たちからリクエストされた品がそれなりの値段であったのだ。


 ふたりあわせて六万円。一般の高校生には破格の金額だ。

 どう考えても今の彼には、金も、それを稼ぐ時間すらも足りてはいない。


(せめてもう一人、家事できるやついればなぁ)


 妹たちはまだ幼く、やれることも限られてくる。食事の用意など、せめて分担が減ればその分をアルバイトに回せる――。


 ため息を漏らす兄をよそに、当の双子はテレビの前で何やらぎゃあぎゃあと騒いでいた。


「昨日はゆうの番だったでしょ! 今日はまひるの番なの!」

「まーちゃんだって見たいって言ってたやつだったもん。おとといはまーちゃんだったから今日はゆうひの番!」


「なんでそうなるのー!絶対おかしいもん!」

「おかしくないもん……!」


 双子――『まひる』と『ゆうひ』によるリモコンの取り合いはこの家では日常茶飯事。


 まひるはアイドルグループの出ている歌番組、ゆうひは動物番組を見ようとしており、同じ顔をしていても好みが違う。


「お兄ちゃん!!」


 二人同時に声をかけられた。このあたりはさすが双子、息があっている。


「ゆうが!」「まーちゃんが」


 リモコンを握り合いながらお互いを指さしている。


「ケンカするなよ……。どっちかが録画すればいいだろ」


「だってお母さんが」「違うの録ってるんだもん」


「じゃあじゃんけんしろ、じゃんけん」


「やだ!」「はじまっちゃうもん!」


 息がぴったりの二人のじゃんけんはなかなか決着がつかない。

朝太はその光景を眺めるのが好きだが、当のふたりにとっては時間がかかりすぎるそうだ。


「なんでニヤニヤしてるの」「キモーい」


 息ぴったりににらまれる。昔はこの調子でお兄ちゃんの取り合いをしていたはずなのに、と辛辣な言葉に朝太は肩を落とした。


 ふたりのやり取りは徐々にヒートアップしており。つかみあいに発展するのも時間の問題だろう。


「仲良くしろよ……」


 仲裁に入ろうとしたとき、妹たちが取り合っていたリモコンがすっぽ抜け、その勢いのまま朝太の鼻柱にぶつかる。


「いでっ!!」


 痛みに目を白黒させながらリモコンを拾う。妹たちは驚きながら互いに静止していた。


「なにやってんだよ……。ほら」


 リモコンを差し出してもふたりは動かない。みるみるうちに目に涙がたまってくる。


「おにいちゃん……」「血が出てる……」


「え?」


 鈍痛で気づかなかったのだろう、鼻の奥から鉄のにおいがしていた。とっさに手で押さえてもあふれて止まらず、鼻血が絨毯に滴り落ちる。


 その光景をみた双子は、肩を震わせてぐずり始めた。


「どうしたの、またケンカ?」


 騒ぎを聞きつけた母がリビングにやってきた。喫茶店の営業を終えたばかりで少し疲れた顔をしている。


「お母さん!」「お兄ちゃんがぁ……」


「なに、やだ、血が出るじゃないの」


 朝太は、母に顔を洗うよう指示され洗面台に向かった。鏡には顔の下半分が血に染まった自分が映っており、自分自身でも少し驚く。

 

「じゅうたんまで汚して!なにしてるの!」


 母が声を荒げると妹たちが堰を切ったように泣き出してしまった。


「お兄ちゃんにごめんなさいしたの? 泣いてないでタオル持ってきて! お父さんが買ってくれた絨毯なんだから、もう!」


 リビングに敷いてあった絨毯は、海外赴任中の父親が送り付けたもの――赴任地で仲良くなった村の偉い人から譲ってもらった一品だという。

 見たことがない角の生えた大きな黒い動物の絵が描いてあり、なんとも異国情緒が漂っている。デザインが謎だが高価そうな雰囲気があり、母はそれなりに大事にしていた。


「ごめんなざいぃ」


 洗面台へと泣きながら謝罪に来た妹たちの顔を見、朝太は吹き出しそうになった。


「いいから、ほら、これでじゅうたん拭いてきな」


 鼻に詰めたティッシュで鼻声になりながらぐずってるふたりにタオルを渡し、リビングに入る、と――。


「な、なんだこれ!」


 リビングの中央――テーブルの真下の絨毯が、光り輝いていた。

 それは、居室を照らす明かりなど比にならないほど眩く、煌々としている。


「何々、どうしたの? え、なに、まぶし――」


 事態が呑み込めず、ただ薄眼で見つめるだけの朝太の隣から、氷嚢を持った母が戻ってきていた。


 ――その時だった。


「……誰ぞ……」


 雷鳴のような轟音が部屋を、いや一軒家である常山家を大きく揺らした。


 光輝く異国の絨毯から、徐々に何かがせり上がってくる。


 黒い岩のような物体。その脇についているとぐろを巻いた二本の角……。それが何者かの頭だと理解するまでに時間がかかった。


「……鮮血に少女の叫び……我を呼び覚ますは誰ぞ……」


 はっきりと聞こえる声で、その何者かがしゃべりかけてきた。和太鼓を思い切り叩いたような、打ち上げ花火の破裂音のような、腹の奥底へと響く、重低音。


「なんだ、これ……何が起きてんだよ……」


 少しずつでてくるそれはいかめしい顔をした彫の深い男だった。肌は闇のように黒く、頭に生えている二本の角。その姿はまるで――。


「悪魔……!!」


 突然の出来事に身動きがとれない朝太の足に、ふたりの妹がしがみついてきた。


 ふたりの前に両手を広げ、震えそうな両足に力をこめる。


 見る間に姿をあらわしたその角が、真上にあるテーブルへと届き――。


「ふふははは、愚かで矮小なニンゲンよ……。我を呼び覚まし何をねがっ――、あ、あれ、なんか当たって――」


 ピタリと止まった。


「ちょ、これ邪魔……、え? なに? ちょっとこれ何?」


 悪魔のような男は、上半身が絨毯に埋まったような状態で、動かなくなった。

 両手でテーブルを持ち上げようとするがテーブルは微動だにしない。


「おい、そこなニンゲンよ。これをどかすのだ」


 はやく、と促す声は少し震えている。


「いやです」

「く、貴様……」

「お前何者なんだよ。いきなり人んちの床から出てきやがって。おまけに妙な格好だし」


 絨毯から生えた男の肌は青黒く、目つきは鋭い。口元からは獣のような牙がのぞいていた。

(仮装にしてはよくできているし、かといってこれが本物とは思えない、思いたくない……)


 不測すぎる事態に頭痛がしてきた朝太は、絨毯の男を触りに行こうとする妹たちを手で制す。


「くくく、何もわからず我を呼び出したということか……。よかろう、聞くがよい」


 上半身だけの角男は、大きく手を広げた。小学校低学年の妹たちと同じ目線で、尊大に言い放つ。

 その姿に少女たちはそろって指をさした。


「ねえ、お兄ちゃん」「あのひと埋まっててかわいそう」


「わ、我は決してかわいそうではないぞ、うむ」


「近づいちゃだめだ。どうみても変な人だからな、変な人にはかかわっちゃいけない」

「変な人でもない……!」


 らちがあかない、と青黒い男はつぶやき、咳ばらいをひとつ。


「聞け、卑賎で愚かなニンゲンどもよ。我は魔界より出でし大悪魔……、ダイモーンである!」


「だいもん?」「アクマ?」


「ダイ、モーン、だ」


 悪魔、と名乗った。


 確かに姿かたちは本やテレビ、アニメなど物語に出てくる悪魔そのものであるが、絨毯に埋まりながらふんぞり返る悪魔などいるのだろうか。

 朝太は吹き出しそうになるのをこらえ、悪魔の語りをうながす。


「で、その悪魔? 本物かどうかわからねぇけど、そいつが何の用なんだ?」


「貴様、絶対我を馬鹿にしているだろう。肩が震えているぞ。覚えたからな、悪魔しつこいからな」


 笑いをこらえきれてはなかったようだ。


「貴様らは理解していないようだから言っておくが、この魔法陣、この上で儀式を行うことで我が召喚されるのだ」


「儀式」


「そうだ。供物を捧げ、魔法陣に描かれた呪文を鮮血でなぞる。そして魔法陣に手をかざし、捧げものであるうら若き乙女の叫喚とともに呪文をとなえる。我を召喚するための手順だ」


 目の前の悪魔の言に、朝太は首をひねる。


「そんなの、してないけど」


「なに?」


 仮にこのじゅうたんが魔法陣だとしてもその手順に倣ったのは朝太自身の鼻血と、妹たちの泣き声くらいだ。血で文字など書いてはいないし、呼び出す呪文なんてそもそも言ってはいない。


「いでよ、とかそんなこと言ってない?」


 悪魔はすこし震える声で尋ねた。


「言ってないよね」「うん」


「だいたいリモコンが当たったとき――いでって、いったぐらい……。え? それで?」


 しばしの沈黙。


「ずいぶん雑な呼び出しね、大悪魔って」

「……」


 母がとどめを刺してしまったのだろうか、大悪魔は手で顔を覆ってしまう。


「朝太、この人お友達?」

「母さん、俺、友達を自宅のじゅうたんに埋めることなんてできない」

「じゃああの人だぁれ? なんだか悲しそうだけど」

「俺が聞きたいよ……」

「これ、どかして……」


 悲哀に満ちた声に、朝太はしぶしぶといった所作で妹たちとともにテーブルをどかしてやった。


 ――


 姿をあらわした悪魔(自称)は天井に届きそうな長身に締まった体躯、背中には黒い蝙蝠を思わせる羽が二枚、左右に生えていた。


 ますます悪魔然としている。


「まあ立ち話もなんだから座ったら? お母さんお茶いれてくるわね」


 母はすでにこの異様な状況になれていた。動じないのは頼もしいが、少しずれているな、と朝太は思う。


 促された悪魔はそのまま居間の椅子に座る。いつも見慣れたリビングに座る悪魔をみて朝太は頭痛が増す感覚がした。


「で、その悪魔……、本当かどうかはわからないけど、その悪魔が何しにでてきたんだよ」

「呼んだのは貴様らだろ……」


 出てきたころの勢いはどこへやら、すっかり意気消沈してしまっている。


「んじゃ帰ればいいだろ」

「……帰れん」


「は?」

「こちらにきたことで力が弱まっている。自力で戻るにはそれなりに力を蓄えなければならない。願いを叶えることにより我は力を得られる」


 よって、と目の前の自称悪魔が改めた。


「願いを叶えてやろう。その代わりに対価はいただくが、なんでも叶えられるぞ。」

「だから帰れって」


 少し気力が復活した悪魔はまた動かなくなる。


「えー」「なにかおねがいしようよー」


 妹たちはこの悲しい悪魔の言葉に興奮している様子だった。


「何ができるのかわかったもんじゃないし、そもそもこんな怪しい奴のいうことなんか信用できない」


「ふふふ、ならば見せてやろう、わが力を」


 興味を持たれたからだろうか、元気を取り戻す悪魔。


「娘どもよ、何か願いはないか? 我が叶えてやろう」


「ケンカになるから、二人ともにしてくれよ」


 溜息とともにそっと妹たちの背中を押した。二人がこそこそ相談しはじめる。

 声が丸聞こえなのがなんとも可愛いと朝太は思ったが、またキモイとか言われると今度はこちらが沈んでしまうので、ふんぞり返った悪魔に釘を刺すことにした。


「さっきの貸しがあるからな。対価ってそれでいいんだろ」

「何? 貸しだと?」

「テーブル。どかしてやっただろうが」


 朝太はおもむろに足を組みなおし、先ほど悪魔が引っ掛かっていたテーブルを顎で指し示す。


「あんなものは大した対価にならん」

「なんだと。お前にとっちゃ死活問題だっただろうが。いいからやれ。タダでもやれ」

「ぐぬぬ」


 歯噛みする悪魔をにらんでいると、妹会議が終わった。


「ねね、決まったよ!」「せーの!」


 息をあわせる。


「そらを、飛んでみたいです!」


 妹たちの無邪気さに朝太は卒倒しそうになる。しかしそれを堪え、じっと悪魔を見つめた。


「ふむ。よかろう」


 悪魔は手をかざす。カーテンがはためき、締め切ったはずの部屋の中に風が駆け抜ける。朝太は頬に風を感じた。


「わわわ」「すごい」


 まひるとゆうひが五センチほど浮いていた。手足をばたつかせて少しずつ前に移動していく妹たち。


「あら、すごいわね。お母さんもやってみたい」


 年甲斐もなくはしゃいぐ母を横目にしながら手をかざしたままの悪魔をまじまじと観察する。


「これは本来の契約とは違う。こんなことは我の力のほんの一端にすぎんが……」


 事実として妹たちは浮いている。胡散臭い上に認めたくはない。だがこの現象はホンモノなのだろう。


「どうだ、信じる気になったようだな」


 鼻を鳴らす悪魔をみて朝太は下唇をかんだ。


「さあ、願いをいうのだ」

「――警察に連絡しよう」


「なんだそれは。何故そうなる」

「こんなわけのわからないこと、俺たちの手に負えない。国に対処を求めるべきだ」


「まあ好きするがいい。警察なんぞ呼んだところで我を止めることなど到底できるはずもなし」


 警察という組織は知っているようだ。


「じゃあ願いだ。一生ブタ箱に入ってろ」

「……貴様」


 そして留置所の別名がブタ箱、ということも青筋を立てた悪魔の様子で理解できた。


「これが俺の願いだ。どうだ、叶えてくれよ」


「……ならば対価として貴様の魂をいただくとしようか。我の永遠たる一生に貴様のようなみみっちい魂は見合わんがやむをえまい」


「なんだとてめえ!」


 不遜な態度に朝太は身を乗り出した。


「はい、そこまで」


 母が静止に入った。妹たちの空中浮遊も終わっていたようで途端にリビングが静かになる。


「よくわかんないけど、ケンカしない。ええとあなたは? 大門さん? とりあえずお茶いれたから飲んで」

「いや、我はダイモーン――」

「それと朝太、洗濯物干してきて。今日あんたの番でしょ」

「今それどころじゃないだろ」

「いいからやる!」


 異形の悪魔すら従わせる兼業主婦の言葉に、朝太はしぶしぶ脱衣所へと向かう。リビングからは声が漏れ聞こえていた。


「で、あなたはうちに勝手に入ってきて、何か言っていましたけど」

「勝手に入ったわけではない。貴様らが呼び出したのだ」


「……もうそれでいいです。で帰れなくて困ってるんですね?」

「……」


 淡々としゃべる母に、悪魔は口をつぐんだようだ。


「住むとこないならうちにいてもかまいません」

「いや別に困っているわけではないのだが――」


「そのかわり。家のことはしてもらいます。あたしは日中は店で働いてるから家の事十分にはできてない。うちじゃ家のことは家族みんなでやる決まりです」


 何やら雲行きが妙な方向にいっているのを感じ、朝太はリビングへと戻った。


「この子たちだって当番で炊事洗濯やっています。一人増えたらその分やること増えるのは当たり前のことですね」


 ソファーに座った母は、まひるとゆうひの頭をなでながら、静かに悪魔を諭している。



「ちょっと母さん! 何勝手に決めてんだ!」

「静かにしなさい、近所迷惑でしょ。朝太もこの人の話聞かないで勝手に怒ってたでしょう。さっさと自分のことをする」


 先ほどから声のトーンが低い。朝太の母は、静かに怒っていた。


「いや、貴様もおなじ――」

「なんかいった?」


 再び悪魔は口を閉じてしまう。


「じゃあまひる、ゆうひ、ふたりが大門さんにいろいろ教えてあげること。いいわね?」

「ラジャ」「よろしくね、大門さん」


 まーたち、お姉ちゃんだぁ、と、のんきな言葉が聞こえてくる。


「いや、我はダイモーン……」

「おい、俺は認めてないぞ。よくわかんねえこんなの、家に置いとけるか――」


 そこで、ぐ、という大きな音が響いた。

 猛獣のいびきのような、地震のような大きな音。音の発生源は悪魔なのだろう、腹を抑えている。


「何? もしかしておなかすいてた?」


 素直にうなずく悪魔。母が席を立ち冷蔵庫へ向かう。


「食べられないもの、ある?」

「いや、とくには」

「こんなものしかないけど」


 皿に乗った魚肉ソーセージ三本。


「はい、どうぞ」


 皿から一つ掴み、そのまま齧ろうとする悪魔の手を、双子が止めた。

 二人で一つづ、薄いビニールを剥いて悪魔に差しだす。


「はい」「どーぞ」


 さっそくお姉さん風を吹かせた二人が世話を焼いていた。


「このような面妖な供物……初めて見るが……。う、うま」


 むさぼるように食い始めた。


「魚肉めっちゃくってるぞ悪魔」

「はい食べたら片づけて。お皿の位置はこの子たちに聞いて片づけてね。あたしは明日の用意して寝るから」


 うむ、と素直に言うことを聞く悪魔。なんだかなじんでいる。

 母が部屋を出ていくのを朝太は追いかける。


「母さん、ちょっとまって」


 振り向く母の顔の平静さが朝太をいらつかせた。


「ほんとにいいのかよ」

「私たちに大門さんが何かわかる? わからないでしょ。でも話しててわかったことがあるの」


 なだめるようにゆっくりと喋りかける。


「あんな魔法みたいなことできる人がね、悪いことするならもうしてる。それこそ悪魔なんだったら尚更。たぶんあの人、気のいい悪魔なんじゃないかな?」


「気のいい? どこが」


 納得できない。それに早計だと朝太は思う。


「気が弱いっていえばいいのかな。お腹もすかしてたし、勝手にうちにきちゃったんだからしばらくは面倒みてあげるのが人情です」


「人情って……」


 朝太はその言葉に対して固まった。海外赴任でしばらく家を空けている父親が、何かにつけて言っている言葉だ。


「親父は、関係ないだろ」


 あんなやつ好きでも何でもない、と言いかけてやめた。


「……うちのことなんだから、父さんが何を言うかも考えてあたしはしゃべってるつもり。まあしばらくは様子を見て、だね」


「……納得できない」


 朝太は、母の目を見てしっかりと告げる、だが――。


「じゃあお母さんを説得してみなさい」

「……」


 それ以上は何も言わず黙ってしまった。


「その答えがでてからまた話そうか。じゃ、ほんとに仕事の準備があるから。あ、あと布団は押し入れにあったからそれ使ってね」


「……強引だ」

「はいはい、お兄ちゃんなんだから妹たちのことは見ててあげてね」


 母の行いになのか、自分自身へとなのか、舌打ちしそうになる。


「一番の原因のお父さんには電話しとくから。……負担かけるのはごめんね、お兄ちゃん」


 頭にそっと触れた母の手を、朝太はゆっくりとその手をどけた。


 思考がまとまらないまま、布団をもってリビングに行く。と、ダイモーンの腕に妹たちがぶら下がっていた。


「おい、布団置いておくからな。あとふたりとも風呂」

「はーい」


 双子が駆けるように風呂場へと向かい、リビングにはダイモーンと朝太の二人だけになった。


「とにかく。この家に住むんなら家のことをやってもらうからな」

「よかろう」


 偉そうに答えながらしずしずと布団を敷く悪魔。こなれた所作を不思議に感じる。


「とっとと帰ってくれればそれに越したことはないんだがな」

「貴様が願い事をすれば済む話だ。何か思いついたか?」

「……ないな」


 ないわけではない。だがそれもこの男の思惑に従う気がして、朝太は素直には答えようとはしなかった。


「欲しいものとか、呪ってほしい相手とかそういうのは」

「特に……あ」

「我を呪うのはノーカンだぞ」

「ノーカンなんて言葉よく知ってんな、中東系じゅうたんから出てきたのに」


 頭を掻き、ため息を一つ。


「朝は犬の散歩、ゴミ出しと朝食兼弁当作り。みんなでローテーション組んでるからその中にお前を入れる。料理はできるのか?」

「したことはないな」

「じゃあ料理は外しておく。少しづつ覚えていけ。掃除なんだが、明日は俺が休みだからスキルをみるためにも一緒にやってもらうからな」


 朝太は家事に関しては一家言持ちだった。指導に音を上げるのも時間の問題だな、と内心ほくそ笑む。


「ふむ」

「あっさり受け入れるもんだな。口ぶりが偉そうだからなんか魔王的な奴かと思ったが」

「ふふふ。我はあくまでも中流家庭の出だ」

「いばることかよ」


 悪魔に中流家庭とかあるかどうかが気になったが問い詰めてたら話が逸れてしまう。


「散歩に関しては犬が知ってるから。フンの始末だけちゃんとしてれば問題ない。まあ最初のうちは俺や妹たちに付いていていかせるから――」


 もともとの世話焼きがそうしたのか、朝太は次々と悪魔へ舵の伝達を行っていく。それもひと段落というところで、リビングの扉が大きく開かれた。


「おにーちゃーん」「お風呂あがったよ」

「ずいぶん早かったな。ほら髪乾かすからこっち来い」 


 仲良くおそろいのパジャマ姿で出てきた妹たちを座らせ、髪を乾かす順番のためにじゃんけんさせる。髪を乾かすのは母か朝太の仕事だ。


 二人とも髪が長い上に、じっとしていないので時間がかかる。もう自分でもできる年齢になっているとわかってはいても、甘られると兄は弱い。


「おい、大門」

「ダイモーンだ」

「大門でいいだろ。風呂いってこい」

「ほう、風呂か。いいだろう」

「なんでいちいち偉そうなんだよお前……。入り方わかんなかったら言えよ」

「馬鹿にするな。我にわからぬことなど何一つない」

「あっそ」


 大門にタオルの場所などを支持し居間に戻ると、妹たちのじゃんけんが終わっていた。今日は妹のゆうひから乾かす。


「なあ、二人はあいつ怖くないのか?」

「ぜんぜん」「怖くないよ」

「だって悪魔だぞ。角もキバもハネも生えてるんだぞ」

「かっこいい」「ねー」


 判断基準がよくわからず、きゃっきゃと騒ぐ妹たちを見て再び朝太はため息を漏らした。


「へへへ」

「何笑ってるんだよ」

「さっきね。お風呂で話してたの」

「そしたらね。ふふふ」

 二人して笑っている。何がそんなに楽しいのだろうか。


「大門さんね」「お父さんみたいだって」


「はあ?」


「おっきいし、やさしいとこ」

「あっそ」


 はい終わりと付け加えてまひるの髪を乾かす。あんなのと似ていると言われた父親に同情する。


「でもお兄ちゃんもやさしいよ?」


 ゆうひがフォローを入れた。別に傷ついていたわけではないが、妹のやさしさに兄は顔を綻ばせた。


(兄ちゃん頑張ってアルバイトして二人の誕生日プレゼント買ってあげるからな……)


しかしバイトをするには時間がとれず、さらに問題が増えてしまっている。


(あいつ――大門を何とかしないとな。掃除、洗濯、犬の世話。できることは全部叩き込んでやる!)


 そして悪魔が家事を分担できるようになったのなら、朝太自身も身体が空くだろう。であればバイトをする時間も確保でき――。


「あ」

「どうしたのお兄ちゃん」「なになになんかあったの?」

「なんでもないって」


 二人のためにぼんやりと検索していたときに考えていた事。

 常山朝太の願いは、もう半分叶っていた。


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