囀り
シフトリーダーに怒られながら夜勤のコンビニアルバイトをひぃひぃ言いながら働く早栗の、変哲もない人生を描く。
しかしいつの日にか、彼にも異常は現れる…?
朝日を背に早栗は家路に向かう。朝の空は不愉快なほどに頬に冷たく、早栗はぽつぽつと一人歩きだした。
時折サラリーマンとすれ違うが、だれも彼と顔を合わせようとしないし、早栗もまたそうしようとしなかった
身をボロボロにしているという気をしながら、早栗は棒になった足を引っ張りマンションの南にあるアパート「たんぱんアパートメント」へ足を運んだ。ここに住み着いて気づけば5年ほどになるが、
なお未だにその命名センスは理解できない。
築50年の少し古いアパートは、錆びついていながらなおも建設初期の風貌は残しているようで、
大家の厳しいチェックによって、深夜に殺人沙汰になるくらいにやかましく喧嘩している夫婦はまずいない。
そしてなにより家賃が安かった。しかしここ八王子は都会の喧噪とは程遠いが、スーパーならいざ知らず、娯楽の類は徒歩ではほとんどなかった。
早栗は家につき、一階の共用廊下に行くと、来るはずもない郵便物をチェックしにポストを覗くが、広告のチラシのほかには何を入ってはいなかった。
「おや、仕事帰りかい早栗くん」
そう声をかけたのは大家の木崎さんだった。
「近頃は忙しそうだねぇ」
老人は朝から暇なのか、埃も気にするほどないところを箒を持ち地面をはいている。
かつては中学教師だったらしいが、定年退職してからは、こうしてアパートメントの大家をしているらしい。
「は、はぁ」
どうしてこう、老人方はわかりきったことを質問するのだろう。
「どうしたんだい、そんなにひどくやつれた顔をして。またご飯を抜いたのかい?だめだねえ近頃の若者は。ご飯を食べなさすぎるんだ、私が若い頃は食べるものはほとんどなかったというのに、一方で今の若者ときたら、食べるものなどいっくらでもあるのに、どうしてろくに食べないのだい」
まずい、老人の長話が始まった。
早栗くんはあれに務まってるのかい、ええと、あれだ、あれ
「コンビニ」
「そう、コンビニ。いやあ、あれは便利なものだねえ、24時間空いてて、夜中でも買い物ができるんだろう?私が若いころはそんなものなどなかったよ。だけどなあ、あれじゃあ働いてる人も大変だよなあ」
早栗はそうして、先々週の事を思い出した。
早栗は木崎に鍋を誘われたのだ、どうもご老人世代はご飯は大勢で食べたほうがおいしいという考え方らしく、早栗は厄介な隣人方とかかわらせないようにしてくれている点や、最低限の近所付き合いは参加したほうがいいと思い鍋に参加したのだが、早栗はただ木崎老人のねぶり箸が我慢なれなかった。
ご老人のよだれがたっぷりついた箸で、鍋の底をかき回しては、食材を老人は口へ運ぶ。
一方で早栗はそんなねぶり箸、もといよだれの被害が及んでいない、鍋端の白菜を、半ば飲み込むように嚥下する。早栗の遠慮がちな態度を気づいていないのか、木崎はもっと肉を食べなさいと、箸で肉をこちらまで運んでくる。まるで地獄のような時間で、ご老体のよだれを想像すると肉の味も白菜の味もしなくなっていた。
それでも、早栗が露骨なほどに嫌がる様子に目もくれず、昨晩の鍋を楽しいお食事会だなど称して、共有スペースの廊下にチラシとして張り出されていた。年が行くとこうも無神経になるものかと、早栗はそう思った。
「それでなあ、女房に逃げられてなあ」
そんなろくでもないことを思い出している間にも話は進んでいたが、木崎は人さえいればいいようで、返事がなくともお構いなしに長話を続けている。
「あの、ぼく、そろそろ...」
いい加減この場面から脱しないと、昼間になってしまう。
「もっとはきはきしゃべらんかい」
「ぼく、そろそろ家に帰らなきゃいけないので!」
そうぎこちない声で伝えると、下半身を自宅のほうへ向けた
「そ、そうかい。そんなに家に帰りたいのか。でもどうせ家に誰も待つ人がいないのだったら、もう少しここでしゃべっていこうじゃないか」
そういう木崎を無視して、早栗はさっさと階段を上がり、廊下突き当り右の自宅の扉を開けた。
下半身から家に入ると、木崎老人がついていないかと確認して、急いで扉を閉めた。鍵を閉めると、早栗は肺に残った息を全て吐き出した。
しかし、あれだけ家に帰りたがってはいても、いざ家に帰ってみると何もないことに改めて気づく、マンションの南に位置しているため、昼間でもまるで夜のように日は当たらないし、誰かを招き入れるわけもなく、万年床に散らかった机、それに普段手を付けているところしか触っていないだけに、その他の部分が埃まみれになっている。
早栗は机の上に7年近く使っているボロボロのデイバッグから、サンドイッチとカフェオレを取り出した。本当なら廃棄されているはずだが、こっそりくすねてきたものだ。
早栗はさっさとそれらを口に運び飲み込むと、動かない頭はかろうじて働くようになった。
とりあえず、早栗はパソコンに電源を入れ、だれを警戒してか、なぜかかけているロックを解くと、気に入りのアニメキャラの壁紙が、乱雑に置かれたファイルやアイコンと共にやってきた。OSは年々新しくなり、見かけのスマートさはあっても、使いやすいとは程遠くなるし、動作も重くなっていく。
早栗は対してゲームはしないほうではあっただが、一時期立ち絵に深く魅入られ深くはまっていたエロゲーが一本ある。デスクトップにしているキャラクターも、そのメインヒロイン。
腰までの黒髪ロングに、クリーム色のブレザー、ローファーと、時代を感じさせる異常に誇張された緑色の目が目印の、"Another place life"の「美登里ちゃん」だ。
その美登里ちゃんは頭一個分小さく、あどけない少年を後ろから胸が当たる形で抱きしめている。
現実では一度も女性にされたことはなかったのに、なぜだか主人公がそうされているのを見ると、まるで自分がそうされているかのような満足感を感じる。そうやってデスクトップを何気なく眺めていると、なんとなく遊びたくなり早栗は"Another place life"を起動した。
早栗の部屋には何枚かの"Another place life"のポスターや、移植版のソフトが部屋に飾られている。最初は買うつもりなどなかったが、ヒロインたちの表情が違う、背景が違う、セリフが違う。などと聞くといてもたってもいられなくなり、ゲーム機ごと購入したのだ
せっかくそれを購入したのだから、ほかのゲームもやろうとはして、ネットで一般的に評判のいいものを何本か購入したが、どれもこれもいまいちのめり込めず、今や部屋の隅で埃かぶっている。
"Another place life"は、たいして容量の大きいゲームではなかったが、それでも起動に1分はかかった。きっと中古で買ったパソコンのせいだろう。早栗は勝手に自分を納得させて、起動を待った。
"当ゲームの登場人物は全員18歳を満たしています"というていの表示は出てきたが、130センチでランドセルかぶっている女性が18歳などと思うと、いささか片腹痛く思う。
製作元、パブリッシャーのロゴが表示された後、やっとゲームのタイトルが表示された。美登里ちゃんがタイトルを読み上げると、"Another place life"のメインテーマが流れ始めた。どこのメインテーマソングも、なぜだかタイトルと同じ名前なんだ。"Another place life"もまた、その法則に従っているようだった。
早栗は一度耳を澄まして音楽を聞き、隠し要素でタイトルロゴをクリックして二番を聞いた。何度聞いたって素晴らしい音楽だ。早栗はたいして音楽を聴いていない身でそう思った。あらかた聞き終わると、早栗はRoad Gameを選択し、自分の名前が書かれたデータをクリックした。キャラクター攻略法を片手に、テキストを読み進んでいく。
手始めに家を出ると、ベージュショートで、猫耳のような癖毛が特徴の女の子が飛びついてきた
危ないと反応する早栗のアバターだが、それもお構いなしに、女の子は頭を胸に擦り付ける。
割愛しても、はなから見るに堪えない会話だが、早栗はそんなこと微塵にも思わず、読み進んでいく。現実じゃあ女の子にあんな口を利いた事もないのに、彼はそれに違和感を感じることはなかった。
続く(気分次第)
要望があれば続きかきます。誰も読まなければ来年か再来年の黒歴史になってます。