異世界ダンジョン経営は前途多難
突然だが説明しよう。1ヶ月前、新規のイベント準備を終わらせた俺は二日間の徹夜で崩れそうな体を引きずって家路についていた。片道1時間、3回目の乗り換えで最終電車がやってくるホームから落っこちた。落っこちたはずだった。
「この音は良かね!」
「おっさん、あんま動くと疲れんぞ」
ウーハーのきいた音に合わせて揺れ動く俺の腰くらいの大きさしかない、長いひげのおっさんはドルド。このおっさんが1ヶ月前に倒れていた俺を見つけて『ここ』まで運んでくれた。いわゆる命の恩人だ。え、命の恩人に対して失礼だって?いいんだよ、堅苦しいのは苦手らしい。
その横でちょこんと座ってニコニコしている褐色の肌で尖った耳の女の子はマチルダ。彼女はダークエルフで『ここ』の主らしい。元々彼女1人で居た所に世話焼きのドルドが住み着いたそうだ。
「マコトほんに感謝するぞ。今日も10オルも手に入ったのじゃ」
パチパチと小さな手を叩きながらマチルダは嬉しそうだ。
「マチルダ、こんなの序の口だ。10オルじゃ3人分のスープとパンしか買えないだろ」
「何を言う。食うや食わずだった妾達が毎日食べられるのじゃぞ?それに」
「こげに楽しげになっちょると、誰も攻略せんとは思わんしの!!」
がっはっはとドルドが豪快に笑う。
そうだ、俺がやって来のは『ダンジョン』だった。けど「何もなかった」。モンスターも居ないし罠もない。少しのアイテムとがらんとした空間、小さな主と簡単な魔法しか出来ないおっさんの二人きり、子どもでも攻略出来てしまう最弱ダンジョンだ。目が覚めた時「知らない天井だ」ではなく「岩!」って叫んだ。マジ岩しかなかった。
そんな中で攻略されたら家がなくなると泣かれ、悩んだ結果「攻略の場」ではなく「娯楽の場」にするように提案した。丁度イベント用に持っていたクリスタルっぽい装飾やミラーボール、音響用品と魔法を合わせて簡単なクラブを作り出したところ、噂を聞きつけた若者達が徐々にやってき始めている。ーーが、いかんせん......
「おーい!!音切れたぞーー!」
「きゃー!!真っ暗!!」
ブッと突然鳴り響いていた音が途切れるや否や、中に居た客達は苦情や叫び声を発した。
「・・・おっさん」
「す、すまん。はぁはぁ、ジジィにゃもう無理」
俺は客達に頭を下げながら入場料を返していった。
今日の収入は3オル。飯はスープだけになった。