否定
あれから3週間経った。殿下は公務の仕事でお忙しいようで、あれ以来、ほとんどお会いしていない
だが、私の心はずっと落ち着いていた。殿下から好きだと、愛していると言ってもらうことができたために、もしかしたらまた以前のようにおかしくなってしまうのではないかと心配していたが、そんなことは全くなく
むしろこの間殿下とお会いした時、笑顔で取り繕っていたけれど少し疲れているように見えたので、倒れないかということの方が心配だ。何かできることはないかと考えたが、村の水不足の問題には関与しなくて良いと殿下から言われてしまったので手伝うこともできず、倒れたことを心配され学園に行くこともできなかったので、この3週間はとにかく作法を学び、ダンスの練習をした
ダンスの練習と作法は、本日行われることとなったパーティーのためだ
本日行われることとなったパーティーは、村の水不足問題が解決し、リアトリスが5日ほど前に帰って来たために聖女が現れていたことを、公にするためのもの
そのために私は今、普段着のドレスからパーティー用の新しく殿下が用意して下さったドレスへ着替えている
全体の色はホワイトラベンダー一色のプリンセスラインのもので、腰にはネイビーブルーのふんわり広がるリボンがつけられているデザインのものだ
私は全身を見ることができる壁の端へ置かれた金色で縁取られた鏡の前へ立つと、くるりと一周まわって確認する。特にどこも問題がないことを確認すると、次に髪を結い上げてもらう。頭の上で編み込み、後ろで一つにまとめる。最後に軽く化粧を施すと、ちょうどタイミングよく扉からノック音が聞こえてきた
「お嬢様、ジーク殿下がお迎えに来られました」
「わかったわ、すぐ参ります」
私は最後にもう一度鏡でチェックをするとよし、と気合を入れて扉を開いた
屋敷から門までの花に囲まれた長い道を歩く。早く会いたい、早く話したいと自然と私の進みは早くなる
門の向こう側に、暗がりの中でも煌めいて見える髪が見えた時、私の頬が自然と緩むのを感じた
「今晩は殿下、お迎えいただきありがとうございます」
「今晩はエミリア。…うん、やっぱりそのドレス似合ってる。今までで一番綺麗だ」
「お褒めいただき光栄ですわ。でもそのセリフ、いつもおっしゃられているから信じられません」
「思ったことを口に出してるだけなんだけどな。エミリアはいつも綺麗ってことだよ」
『いつも綺麗』という言葉に反応し、顔が少し熱くなる。その反応に満足したのか、殿下の笑顔が先程より明るくなった気がした
顔に集まった熱を冷ますために片手を少し上げたところで、殿下が私に手を差し伸べる
「では行こうか」
「はい。本日はよろしくお願いいたします」
私は差し出された左手に右手を添えると、馬車に乗り込んだ
今日の会場は王宮だ。門へ着き馬車から降りれば、会場となる城の一角が灯りでよく目立っている
私たちは王族のため、入場は最後になる。それまでは用意された控え室で待つことになるので、私と殿下はそれぞれの部屋へと向かった
ノックをして「失礼します」と言い部屋へ入れば、真ん中にある机以外物のない白の壁に囲まれた部屋の中には、お2人の女性が席につかれていた
「お久しぶりでございます、マリエス様、ミシャロン様」
「ええ、お久しぶりでございます。エミリア様」
「お久しぶりですわ、エミリア様。この間倒れられたと聞いたのですが大丈夫なのですか?」
真ん中に置かれた丸型のテーブルを囲うように座られているのは、燃えるような赤い髪を結い上げ、銀色の瞳を細めて微笑まれているマリエス=デルランジェ様と心配してくれているためか、すこし顔が青くなっているミシャロン様だ
マリエス様は隣国の第1王女であり、我が国の王太子、アーク=ヴィクラム殿下の妻である
「ええ、大丈夫ですわ。心配してくださってありがとうございます」
「良かったですわ、この間王宮でお会いした時もなんだかお疲れのようでしたから。今日もお疲れになられたらすぐに言ってくださいね」
ミシャロン様は本当に心配してくださっているようで、私は素直に頷いた
「はい」
「お話の続きはお座りになってからにしましょう?」
「そうですね。では失礼いたします」
私が2人が座っている机へ近づき一つ余っている椅子へ腰を下ろすと、すぐに近くにいたメイドがお茶を淹れてくれた
しばらく3人で談話していると部屋の扉がノックされ、メイドが1人入ってくる。会場へ向かう時間が来たらしい
会場の入り口である金色や赤色などで豪華に飾られた、高さ5メートルはあるであろう大きな扉の前へ並ぶ。前から順にマリエス様、私、ミシャロン様だ
私たちがここへ着いてから少し経つと、後ろから殿下方がやって来てそれぞれのパートナーの隣へ立つ。お三方ともに王家の象徴であるブルーの瞳に合わせた青の衣装を身に纏っていた
私がパートナーであるジーク殿下の顔をちらりと見れば、視線に気づいたのか殿下は私の顔を見て甘い笑顔を浮かべる。それだけで私の心臓は爆発しそうなほどに音をたて、少し前まで顔を見ることができなかったことが信じられなくなる
やがて陛下と王妃様が現れ、最前列へ立たれる。王妃様からはパーティーのためか、いつものお茶会でお会いするときのふんわりとした感じではなく、威厳を感じた
本日は聖女が発表される日なのだが、周りを見てもメインであるリアトリス様は見つからないため、おそらく後からご入場されるのだろう
右に立たれている殿下が左手を差し出し、私はそこに右手を重ねる
「大丈夫?緊張してる?」
「いえ、大丈夫です。気になさらないでください」
私が殿下の目を見て微笑みながら言えば、少し困ったような笑顔を返される
自分の顔が強張っていたのだろうか、殿下が困ったような笑顔を向けたのは。もしかしたら自分でも気づいていないだけで緊張しているのかもしれない。夏の長期休暇明けのパーティー以来、パーティーに参加していなかったからだろうか
私は一度深呼吸をすると、姿勢を正し入場を待った
入場のサインが扉の前へ立っている兵から出されると、分厚く大きな扉がゆっくりと開く
陛下が王妃の手を取り歩き始めると、私は殿下にリードされ、前へ歩を進める。壇上へ上がり、陛下と王妃が席へお座りになられると、私たちはその後ろの席へ座った
陛下が挨拶をされ少し話すと、聖女の話へ移る。
『聖女が現れた』その一言を聞いた途端、人々からざわめきが起こる。それほどに、聖女が現れるということは大きなことなのだ
『聖女、ご入場』という声が聞こえると、私たちが入ってきた扉が再び開く。ゆっくりと開いた扉から現れたのは、以前パーティーで見かけたときとは比べ物にならない程に美しく着飾られたリアトリス様だった。金色の髪は透き通るような真っ白なお肌は艶が増し、薄めのピンクのドレスはパッと見ただけでもわかる質の良いものだった
彼女が壇上に上がると、紹介をされ、挨拶をする様子をぼんやりと眺める。少し、不思議な気分だった
少し前まで、この世界が物語の中の世界だと信じて疑わなかった。殿下はリアトリス様に恋をしているのだと思い、目の前で話している彼女の隣に立っていると以前なら考えていたはずだ。絶対に殿下の隣を歩んで行くことはできないのだとも
だから、今こうして殿下の隣でパートナーとして、婚約者として隣に居られることに少し実感が湧かない
ぼんやりと眺めながら考え事をしていたために、殿下に名前を呼ばれていたことに気づかず、突然右手を掴まれ引き上げられたことに驚く
「…ごめん、名前を呼んだいたけど聞こえてないみたいだったから」
「いえ、私こそ話をしっかり聞けていなかったので申し訳ありません。…それで、私たちは今から何をするのでしょう」
ダンスをするのかと周りを見たけれど、陛下は既にお席に戻られていて、リアトリス様も用意された席へ座っていたためにそうではないと気づく
殿下はニコリと微笑むと『証明』とだけ言い、ホールにいる人々からよく見える場所へ移動した
「先程陛下から話があった通り、私は陛下から聖女の監視役を任されていた」
話を聞いているかぎり、どうやら私がぼんやりしている間に殿下がリアトリス様の監視役をしていたことを話していたらしい
だが、それに私は関係あるのだろうか。と疑問に思ったが、黙って聞くことにした
「そのため、彼女の感情が高ぶらないようにその時の体調や現在の様子を直接聞くため、彼女によく接触していた。
それを見て私と聖女が恋仲であるという噂も流れていたようだが、この場をもって否定させていただく。説明は先程話した通りだ」
監視役をしていたことを話したのは、聖女であるリアトリス様と恋仲であるという噂が立っていることを否定するためだったのか。聖女と婚約者のいる殿下がそんな噂を立てられていれば大変だものね、と1人納得していると、殿下の私の手を握っていた左手が突如離し腰に腕をまわされ、ぐいっと引っ張られた
「そして3週間ほど前、聖女がエミリアとぶつかり階段から落ちたのだが、その時『エミリアは聖女と私がよく一緒にいるところを見て怒り、わざとぶつかった』という噂だけでなく、エミリアと私の不仲説も流れたらしいけど、それも否定させていただこう。
見ての通り私たちは仲が良いし、エミリアは私と聖女が一緒にいることくらいに怒って階段から突き落とすほど馬鹿じゃない」
そういうと、殿下は空いている右手を私の頬に添えて殿下へ視線を移させ、右の頬へキスをした
私は突然のことに少し固まっていると、ホールの方から女性たちの黄色い悲鳴が聞こえ、我にかえる。私はキスをされた右頬を手で押さえ、何か言おうとするが言葉がでない。全身が熱くてきっと真っ赤になっていることだろう
殿下が少しいたずらっぽい笑みを浮かべていることに気づき、睨み返した
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