聖女
「…で、んか」
どこからお聞きになられていたの?
あなたとの大事な約束を忘れて幻滅した?
私のこと、やはり夢と同じように好きでなくなった?
聞きたいこと、話したいことが溢れ出して何を言えばいいのかわからなくなり、言葉がつまる
挨拶をしなければとわかっているのに口を開けば別の言葉を言ってしまいそうだ
「こんにちは、ジーク殿下。私はレイ=ジャーミンと申します」
「ああ、ジャーミン公爵家の令息か。いつもエミリアがお世話になってるね」
そういえば、今まで考えていなかったから気づかなかったけれど2人はまだ初対面なのよね
少しの間2人の間で続く会話の様子をぼんやりと眺めていると、突然殿下が視線を私へと変え軽く微笑んだためか私の視界が揺らいだ
「会話の途中で邪魔をして悪かった…続けて申し訳ないけど、少しだけ2人の時間をもらっても良いだろうか?」
殿下はすぐにレイの方へ視線を戻してそう言えば、レイは「もちろんです」と返事をする
彼がドアに手をかけ部屋を出て行こうとした時、まだ彼からの答えを聞いてないことに気づき「レイ」と少し大きめの声を出してしまう
彼は私の方へ振り返り顔を見れば、言いたいことを察してくれたのか何も言わずとも返事をくれた
「…俺がさっき言おうとしたのは、『君が信じたいものを信じればいいと思う』って言おうとしたんだ」
ーー私の、信じたいもの
私がこくこくと首を縦に振り「ありがとう」と言えば、レイは微笑んでから「失礼します」と言い部屋を出て行った
しばらくの間、黙ったまま彼の出て行ったドアを見つめ、お互い黙り込む。
何から話せばいいのか、どこを見て話をすればいいのかわからない
そのことを考えていると、先に殿下が口を開いた
「…エミリア」
「…はい」
「その、まずは、立ち聞きしてすまなかった」
「…いえ、大丈夫です」
どこを見て話すかは、迷った末に彼の首元の辺りを見ることにした。顔を見て話す勇気がなかったのだ
今度は私が何か言わなければと思い、殿下が何か言う前に話し始めた
「殿下は、私たちの話をどこからお聞きになられていたのですか?」
「えーと…エミリアが目覚めた直後くらい、だと思う」
「ほとんど最初からでしたのね…」
「…ごめん」
顔を見ていないからはっきりとはわからないが、少しシュンとしているような気がして、私の方が悪いことをしてしまったのにと申し訳なく思う
最初から聞かれておられたなら説明は不要だろうと、謝らなければいけないと私は頭を下げた
「殿下。私、殿下を信じますと、そう言ったのに、申し訳…」
「待って。その前に、少し質問しても良い?」
怒られること、嫌われることを覚悟で謝ろうとすれば言葉を遮られた
質問にはしっかり答えなければいけないと頭を上げ殿下の首元を見る
「エミリアが見た夢では、本当に僕が君に、婚約破棄していたの?」
「はい」
「夢の中の僕は、誰に恋してた?」
「…リアトリス様、ですわ」
夢で見た情景を思い出してしまえば、あのことが本当にあったのではという考えが頭をよぎって心臓がズキリと痛む
そこで私は胸の前で両手を握る。違う、そうじゃないだろう。と
レイがここから出て行く直前に言っていた言葉を思い出す
『君が信じたいものを信じればいい』
私は深呼吸をして大丈夫、と心の中で唱える
「…殿下、貴方とリアトリス様はどういうご関係なのでしょう」
晴天の空のような殿下の瞳を真っ直ぐ見つめ、問う。
ーー大丈夫。もう、怖くない。貴方を信じているから
殿下は少し目を見張った後、少し困ったような悲しんでいるような笑みを浮かべ、言葉を発した
「…その返事の前に、リアトリス嬢に関する話をさせてもらうね」
「わかりました」
彼は私のベッドの左側に置かれていた来客用の椅子へ腰を下ろすと、リアトリスの話を始めた
「エミリアは、彼女が平民だったことは知ってる?」
「はい。彼女が男爵家のご令嬢となられた理由も知っていますわ」
「そうか。ではもう一つ質問なのだが『聖女』の存在は知ってる?」
「『聖女』ですか…?もちろん存じ上げております」
聖女とは、天候を操る、人の未来を見る、人が持っている黒い感情を浄化するなどいわば超能力を持った人のことだ。それは産まれたときから備わっている人もいれば、生活している間に突如現れる場合もある
それだけ聞けば、聖女はとてもすごい人物に聞こえるだろう。実際にそうなのだが、同時に危険人物でもある
聖女の力は、どんな人に分け隔てなく接することができると神から判断された者に与えられる力でとても膨大なもの。もし感情が乱れてしまえばその力は制御することが出来ず暴走し、この国はすぐになきものとなってしまう
聖女が現れたことについては必要となるその時までは国の重要機密事項として発表されず、知っている者は王家の者とそれを管理している者、聖女本人のみとなる。知られてしまえば、必ずその力を悪用しようとする者が現れるためだ
聖女のことを思い出していると、ハッと気づく
彼女は平民から男爵令嬢へと突然変わった。なので貴族令嬢のマナーを学ぶ必要があるから学園へ通っているものだと思っていた。だが考えてみれば、別にわざわざマナーのために学園に通わなくとも家庭教師などを呼べば済むことだ
彼女の将来の伴侶となる相手探しも、アルテスト家は男爵家の中ではかなり力をもっている家だ。学園へ通って探さなくとも見つかるだろう
つまり、彼女が学園に入学したことは別にある可能性が高くなる。
「…リアトリス様が聖女で、安全な環境へ入れるため」
「そうだよ、エミリア。君の言った通りだ」
安全な場所とは、私たちの通っている学園だ
この学園には、将来国に大きく関わる仕事に就く者が多く存在する。そのためか、警備は厳重でこの国一番の安全な学園となっている
私の中でパリンと、何かが割れる音がした
彼女と殿下を街で見かけた時から感じていた違和感。彼女に関する何かがずっと思い出せずにいた。
そうだ、その何かとは"リアトリスが聖女である"ことだ。殿下ではない、他の誰かとの物語で語られる真実
「それが、私の質問に関係していますの?」
「うん。…僕は、彼女の監視役のようなものをしているんだ」
「…監視役?それは何故、殿下が直接する必要があるのですか?」
「彼女が聖女であることをこの学園にいる者の中で知っている者は、僕とルークだけなんだ。
聖女は確かに感情的にあまりならない者が選ばれているけど、絶対に感情的にならず力を暴走させてしまわない保証はない。
だから、彼女の感情が乱れてしまわないように監視したり未然に防ぐ者が必要になる。
しかし彼女が聖女であることは必要なその時まで関係者以外に話すわけにはいかない、となったら知っている僕かルークが担当することになる。
ルークはまだ13歳だ、聖女を監視するという大事な仕事を背負わせるにはまだ少し早い。
だからこの仕事は僕へ回ってきたんだ」
殿下はリアトリス様の監視役だった。その事実を知り、私は何も言えずに黙り込んでしまう
ーーでは、私が今まで見て、聞いてきたものは何だったの?
突如湧いてきた疑問に気づけば私は、それを口に出していた
「…私が3期生になったばかりの頃、何度かリアトリス様と親しげにお話しされているところを見ましたわ。あれは恋仲だったからではないのですか?」
「その頃だったら…僕が落とした教科書を拾ってもらったことと、生徒会でのことについて話し合っていたことで2回会話したことがあるね」
「夏の長期休暇の間にリアトリス様とお出かけされていないのですか?」
「出かけてないよ。夏の長期休暇の間は公務の仕事で少し忙しかったからね」
「彼女とパーティーでご一緒になられていたのは?」
「長期休暇の間、仕事が忙しくて会ったり話を聞くことができなかったから調子が悪くないか聞いていれば、彼女がまだパーティーでのダンスを経験したことがなかったから一度だけ練習を兼ねて踊ったんだ」
「学園の中庭で彼女とお話しされていた時『君に何かあっては困るからね』と言っておられるのを聞きましたわ」
「彼女が数人の令嬢から責められていたときのことかな?何と言ったかはもうはっきり覚えていないけど、#聖女の__・__#君に何かあっては困るというようなことは言ったかな」
「街の中で変装している貴方と彼女が歩いておられたのは?」
「そういえば変装して彼女の母と弟の元へ訪れたことがあったな。その時は彼女の弟の様子を見に家を案内してもらったよ」
「ではつい先日、陛下との謁見の間の方へ貴方と彼女が向かっておられたのは?」
「これは長期休暇の間に公務の仕事が多かったことと関係しているんだけど、一部の村でずっと雨が降っていないところがあるんだ。そこでは水が枯れてしまって飲料が減り、農作物も作れないんだ。
それで天候を操ることのできる聖女である彼女が父上からそこに雨を降らせよという命を直接受けたんだ、その日。そしてその任務から彼女が帰って来た数日後、聖女が現れたことが発表されることが知らされたんだ」
ーー全て、私の勘違い
私の心臓が脈打っていることをはっきりと感じ取ることができ、体温が一気に下がった
「…ごめん、なさい…ごめ…」
「謝らないで、エミリア。僕は君に謝らなくちゃいけないことがある」
そんなものないと、首を横に振る。
貴方の言葉を覚えていれば、あんな夢に流されないほどに私が強ければ。
そう口に出そうとすると、先に話し始めた殿下によって遮られた
「…僕はね、間違ったことをしてしまったんだ。夏の長期休暇明けのパーティーで、急に君は変わってしまった。嫌われたんだと思ったけどすぐに否定してくれて安心したんだ。
でも、君はそれから僕を避けるようになってレイ君と仲良くなった。君が彼を好きになったから僕を避けるようになったんだと思ってしまったんだ。
僕はそれが気に入らなくて、一方的に気持ちを押し付けてしまった。言葉にせずに」
それも私が貴方の言葉を覚えていれば起きずに済んだことだった
「そのあとに気づいた、僕が何故『愛してる』とたった一言言えなかったのか。君にこの気持ちを拒まれてしまうことが怖かったんだ。
それに気づいた時、早く伝えなければと思って君に会いに行こうとした。でも教室に行っても近くで見かけて声をかけても避けられているから話すことができなかったんだ。
いや、もしかしたらそれもいい訳かもしれない。僕は、君に否定されてしまうことが怖くて何もできなかったんだ」
違うと、私が勘違いをせず貴方に真っ直ぐ向き合うことができていれば何もなかったのにと言いたいのに、声がでない
「だから、ごめん。エミリア」
目から温かいものが流れていく
殿下が頭を下げようとしていることが目に入って、ようやく喉から声がでた
「…頭を下げないでください。殿下が今おっしゃったこと全て、私が夢なんかに流されなければ起きなかった…。貴方に真っ直ぐに向き合って話していれば、貴方を不安になんかせずに済んだのです」
「…エミリアは、何故夢が未来で絶対に起きると思ったの?」
「…現実的な話ではないので、信じられない話だと思います」
「エミリアが言うことなら、信じるよ」
優しい笑顔でそう言ってくれる
この人が信じると、笑顔で言ってくれたのだ。怖いものなんてないと思い、ゆっくり話し始めた
読んでくださり、ありがとうございます
自分の計画性のなさに泣いた。付箋はるの遅かったなぁって…