5 走れクマ
「ペナルティータァーイム。イェーイ!」
この忍者。やけにノリノリだな。罰ゲームつきの勝負で自分が勝った瞬間にめっちゃ煽ってくるタイプの人間だろ、こいつ。そもそもこいつが人間なのかもわからないが。
「あっ。現地人くんにもペナルティは課せられるからね?」
「へ、へえ」
一体どんなペナルティなんだろう……っていうかなんで俺がペナルティなんだ? 助けられたからか? いや、ここで俺は助けてほしいなんて頼まなかったっていうのは明らかに意地が悪いな。
「さて、改めて自己紹介しよう。僕は赤の忍者。うーん。黒のやつとか、白のやつには色々かっこいい二つ名があるけど、王都の赤い影ぐらいしかないんだよねー。一応ヒーローやってます。普段は王都のヒトしか助けないからクマさんを助けたのは本当に例外」
そういえばそんなことを言っていたな。ヒーローか。
「なんで王都の人だけしか助けないんだ?」
「そりゃあ、僕が助けようと思ったら全世界の生物を助けられるからね。例えば食べられかけているヒトがいるとする。僕は助けに行く。だけど、今度はそのヒトを食べようとしたモンスターが餓死にすると言ってきたら? 僕はどっちを助けるのが正解だろうね。もちろん僕なら他から肉を持ってきて満足させることはできる。だけど、その肉はどこからきた? そういうことさ。だから僕は王都のヒトしか助けない。わかった?」
中々難しい問題だ。確かに、俺は救える範囲で救えばよいと思ってしまうが、そうはいかないんだろう。
「助けるのは所詮助ける側のエゴってことなんだな。うん」
「おっ、君も中々わかってるね」
俺のことを馬鹿だと思ってたな? 馬鹿だけど。
「聞くところによると君は自分の命も顧みずに人を助けたらしいじゃないか。考える時間もない時に自分ではない別の人を助けられるというのには尊敬するよ。さて、ペナルティーを二人に与えようか」
ペナルティー……何が与えられるのだろうか。
「そうだな……とりあえずクラスがモンスターというのはいただけないからな。僕と一緒に冒険者ギルドに登録してもらおうか。それでクラスの変更だな。僕の権限を使ってもいいけど、自分で動くのも良い体験になるだろう。冒険者になったらA級昇格試験を受けてもらう。どうだい? ワクワクするだろ?」
「ちっとも」
よくわからん単語ばっかりだな。
「A級になるにはこの世界の常識だとか仕組みを少しは知ってなければいけないから、それも調停者の助けにもなるだろう」
「あっ、櫻田さんはどうなるんだ?」
忘れていたわけではないが、櫻田さんはどうなるのだろう。俺がいなくなって泣いていなだろうか。
「彼女にはあそこでダンジョン作りに励んでもらう。元々その予定だったからね」
会いに行こうと思えば行けない距離でもなさそうだな。だいぶ遠くだが塔がここでも見える。
「うん、それで君は……困ったな。何の才能もないみたいだ。戦闘の才能も魔導の才能もない。ついでとはいえ助けてしまったからな」
酷い言われようだな、怒っていいと思うぞ。俺だったら怒れずにふて寝する。
「そうだ!」
良いことを思いついたという風に手をうつ忍者。
「雲霧連山に行ってもらおうか。生き残れるかな……うん。黒竜には話を通しておくけど……そう怯えなくたって大丈夫。君には固有の魔導回路を彫ってあげるから。魔導の才能がなくても戦闘の才能がなくても大丈夫。生きて帰れたらヒーローにだってなれるんだから大丈夫!」
なんか俺のより大変そう……巻き込まれただけなのに可哀想に。
「じゃあ、行こうか。街に入る前に君が殺されちゃかなわないからね」
忍者が印を結ぶと俺達はまた別のところにいた。
「あの、ダンジョンも目立ってるし俺達が目立っても何の問題もないよね。亜神関係で託宣とかしてるし、問題ないよね」
あれ? 技名を叫ばなくても移動できるんだ。てか、あの第一村人はどこに行ったんだ?
「ああ、彼? 彼なら既に同時に送ったよ。彼も役職を貰えるのかなぁ。さてこっちはこっちで大変だ。ここを突破して冒険者ギルドに突っ込む。君が冒険者になれれば君の身分は保証されるよ、たぶんね。それに誰か将来有望な人を探してパーティーを組んでみるのもいい。ヒトでもドワーフでも、色んな種族がいるよ。なんせここはダンジョン街だからね」
ダンジョン街?
ふと遠くを見るとそこには巨大な壁がそびえ立っていた。
「不法侵入を避けるため、らしいよ。さーて、正面突破しますか!」
忍者は屈伸をしはじめたけど、正面突破って何?
遠くにはすごい大きい門があるんだけど、そこを抜けるの?
兵士みたいな人もたくさんいるけど、え? そこを抜ける? いや、忍者は良いだろう。強さでいえばそんじょそこらの凡百の人では敵わないはずだ。問題は俺。俺がどうするかだ。
「あの門を通り抜けて、その先にある大きな建物が冒険者ギルド本館。これはペナルティーだからね。命を救われるってことはそれだけのことだよって!」
忍者が走り出した。
忍者は小柄だ。小柄なのだが、恐ろしいほど足が速い。俺もクマの身体だから足は速いはずなんだが、そんな俺でも追いつくのはギリギリだ。いや、こちらをチラっと見たのはもっと速度を上げられないのかということだろう。
「くそっ!」
限界まで足を速く動かす。こいつについていけば大丈夫なんだ。今は何も考えずに食らいつく!
「よっと!」
忍者が大きくジャンプをした。走り幅跳びのようにとてつもない勢いで前の方に飛んでいく忍者が空中で印を結ぶと門の前に立っていた人の群れが何かに引っ張られたかのように半分に割れる。
だいぶ離されたけど、空中にいる分加速ができない。これ以上離される前に俺が!
空中でぐるりと縦に回転した忍者がこっちを見て笑ったのがわかった。仮面をかぶってるとかかぶってないとかじゃない。あれは俺を挑発したんだ。
「砂礫陣!」
ツメの上にスパイクをかぶせる。もっと速く!
筋肉が悲鳴を上げるのがわかる。着地する前に追い抜く!
忍者が着地し勢いを殺すために前転したとき、俺は跳んだ。
「お?」
追い抜いた瞬間、そんな声が聞こえた気がした。
やった! 勝った!
そう思った瞬間、忍者はいとも簡単に俺を追い抜いた。さっきよりもさらに足の回転を速めて、もう足の動きが速すぎて飛んでいるようにも見える。
あっけにとられていると、はるか先に行ってしまった忍者の先に大きな建物が見える。時間にして1分もかからなかっただろうか。
「うおおおおおおおおおおおおお」
もう前も見ずに走り抜く。今の俺の全力を!
「あっ、やべぇ。ごめん。僕の担当はここまでだから。後、頑張れ! 一瞬でも僕を抜かしたのはすごいから一度だけなら助けてあげるよ。じゃーね。クマさん、応援してるよ!」
いきなり近くで忍者の声が聞こえたので、前を見るとそこには金色の大きな全身甲冑姿の人物が仁王立ちをしていた。
車は急に止まれない。走り慣れていないクマもまた然り。
「危ない!」
3m級のクマがどのぐらいの重さかは知らないが、人が受け止められるようなものではないだろう。なんとか、俺がこの勢いを止めなければ、砂礫陣で足を地面に固定。いや、下が石畳だから砂の量が足りない。
こんなことを考えている間にも、どんどん近づいてその人がどんどん大きくなっていって……え? 背高くない?
「余計なもの押しつけやがって赤城ぃ……」
3m……いや4mはあるくない? え? こんな身長の人いていいの? え? クマ? この人の中身ってクマなの?
「どっせい!」
結局スピードが落とせなかった俺は身体の下に手を差し込まれてそのまま地面に叩きつけられた。身体にはすごい衝撃がきたが大して痛くないのはクマの身体だからだろう。
「す、すみません」
クマより身長が高い人には下手に出るに限る。こんな身長の人、周りにもいないだろうしあの忍者の知り合いだろう。走ってる途中に忍者に別れを告げられた気がする。
「地球生まれだからといって甘やかされると思うなよ。小童……」
その兜の目がでる場所の穴の中には闇に包まれており、どんな人物なのかもわからなかったが、凄まじい気だけは感じた。
立った姿を見ると本当に背が高い。そして大きい。背が高いだけじゃない。
兜には斧の刃みたいなのがついていて更に背が高く見える。肩の片方には顎の発達したドラゴンをかたどった飾りがついているし、細かいところも手が入っていて、さながらソシャゲにでてくる鎧みたいだ。確かに高級そうに見えるが、実用性の面でいうと普通の鎧には劣るだろう。
青いマントを翻してギルドの中に入っていく鎧男を慌てて追いかけるとそこには伝統と格式を重んじるイギリスの高級パブと図書館とかその他諸々が混ざったような空間が広がっていた。
そしてそのまま、中央にある台座に昇ると置いてあった剣と盾を掴み取った。鎧男は剣を持った方の手を上に上げ、ポーズをとると銅像のように動かなくなった。
「あれ?」
これから俺はどうすれば良いのだろう。俺の周りには剣やら槍を持った人が集まってきて俺を見ている。その目のほとんどは好奇の目だ。同時に銅像の方も見られているが、銅像の方は恐れの目だな。
ふふふ、俺の人を見分ける力というのも中々鍛え上げられてきたというものだ。
「初代ギルドマスターからはお話をうかがっております。別室へどうぞ」
メガネをかけたお姉さんがやってきた。若紫色のハイネックニットの上に茶のボタンがついたベストとそれと同じ色のロングスカートを履いている。そして、巨乳だ。ベストを着ていても隠しきれていない。そして俺がクマだというのに全く動じていない姿勢、中々の強者だろう。
彼女が睨みを利かすだけで野次馬達は去っていった。
ありがとうございました。まだ続きます。
次回投稿予定は明日です。
余裕ぶっていたらストックがなくなったので明日からは毎日1回更新になります。
次回予告
クラス:モンスターからの転職




