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3/9

3 塔

「はぁ」

 倒れそうになった櫻田さんの体はとても軽かった。これは櫻田さんが軽くなったとかではなく、俺の力が強くなったからだろう。人間のようにべらべら話しているが、俺はクマなのだ。


「すごいプレッシャーでしたね」

「そうか?」

 さすが、という目線を向けられているが、教師からのプレッシャーにはいち早く反応できる俺だから単に俺が何も考えていなかっただけだと思う。プレッシャーとは自分で生み出すものだ。


「今すぐに危機が迫っているわけではないですけど、自分のできることを確認しましょうか」

 俺には櫻田さんほどやれることはない。櫻田さんは固有魔法に、投擲、水魔術、木魔術に特異体質まで持っているが、俺が持っているのは固有魔導と汎用魔導の二つだけだ。しかもクラスがモンスター。classという単語には学校の組を指す以外にも種類だとかいう意味もあるらしい。櫻田さんのクラスはダンジョンメイカーで、俺のクラスはモンスターだ。

 モンスターって……。



 事実見た目はモンスターだから仕方ない。

 固有魔導は砂礫陣されきじんと獣心解放か。汎用魔導は超再生。


 超再生は普通にすごく再生するのだろう。さっきまで傷だらけだった体ももう治っている。便利だ。問題は砂礫陣と獣心解放。


「はぁー、砂礫陣っ!」

 バスンと音がすると俺の周りで砂が渦巻き始めた。地面から湧き出したのか。3m程度の射程だが、自由自在に操れるようだ。体にまとわりつかせて鎧にしたり、砂で盾を作ることもできる。

 巨大ロボットを作ろうとしたのだが、上方向には砂をあまり伸ばせなかった。せいぜい俺の身体を覆えるぐらいだ。この力があれば砂浜に遊びに行ったときでも想像力の赴くままに砂の城を作れる。正直林檎製品よりも直感的に操作できるぞ。


「おおー、良いですね。私なんて適性があるって言われても魔術なんてどう発動させればいいのかもわからなくて……」

 やっぱり俺には才能があるのかもしれないな。

「フィーリングだよ。フィーリング」

 ここまで簡単に異世界のクマの力を扱えるだなんて、俺はクマの適性があったのかもしれない。もしかして俺の前世はクマだったんじゃないか?


「じゃあ、獣心解放の方も」

 名前からして獣の心を解放する効果のスキルみたいだけど。


「獣心解放!」





「先輩?」

 彼女の前に立つ獣の目に知性の色は見えず、ただ鼻をならし周りを観察しているだけだった。櫻田唯はゆっくりと後ずさりし、木の陰に身を隠した。自分がクマだということを受け入れられず暴れていた時の大辻の恐ろしさはしっかりと彼女の頭に残っていた。

 胴ほどの太さの木でも手の一振りで倒してしまうほどの怪力。


「先輩……」

 思わず漏れたその声は呆れからによるものだった。

 もう少し私に気を使ってくれてもいいんじゃないかな?


 櫻田唯はそう思った自分の考えをすぐに恥じた。

 先輩はもう元の先輩じゃない。私が、もし他の動物になっていたらあんな風に落ち着いてられないだろう。もう先輩と呼ぶ必要もないのかもしれないけど、私がこうしていられるのは先輩のおかげ。今は私が頑張って先輩を支えないと。



「おーい? 櫻田さん?」

 先輩のスキルの効果が切れたみたいだ。何もなくてよかった。

「はーい」





「もう、先輩。危なそうなスキルを試すときは言ってください」

 櫻田さんに怒られてしまった。記憶はないが、どうやら人の心をなくして獣になるスキルのようだ。なら人心解放があってもよいと思うのだが、今の状態が人の心を持っているというやつなのだろう。サバイバルをする時にこのスキルは使えそうだな。

 クマならばハチの巣に頭を突っ込んでハチミツを舐めるものだが、俺はそれができない。しかし獣心解放をハチの巣の前ですれば容易にお腹を満たすことが可能だろう。ハチの巣に頭を突っ込んでいる時に効果が切れたら最悪だが。


「ごめんごめん。それで櫻田さんは、何かスキル試せた?」

「固有スキルのダンジョンメイクだけは何とか……」

 櫻田さんの手のひらには片手で何とか持てそうな大きさの青い多角形の宝石のようなものがあった。クマになった俺の手と比べると小石同然のようなものだったが、人間だったらさぞかし大きく見えるだろう。


「これが?」

「これで周りの地形をいじれます。ただ、一度作ってしまうと動かせないみたいで、今ここでダンジョンを作っていいかどうか……」

 何を迷っているんだろう。

「壊せないの?」

「壊せるんですけど……」

 何を悩んでいるのかわからなかったが、どうやら決心したようだ。


「では、櫻田唯。いきます」

 何の宣誓なんだろう。


「ダンジョンメイク」

 その宝石を地面に押し付けると地響きがなりだした。みるみるうちにただの森に壁ができて、床ができて、その床がせり上がって行く。


「さ、櫻田さん。これ」

「塔の形成です。地下か塔が一般的らしいので」

「お、おおう」

 いや、こんなに大規模な工事みたいなことするなら決心も必要だし、宣誓も必要だな。ダンジョンってなんかこんな大きいものなんだな。

 いつ終わるとも思えない地響きとエレベーターに乗った時のふわっと感がようやく収まった。


「外郭はこれで完成です」

「ひえっ……」

 櫻田さんは大工の棟梁みたいな自慢げな顔をして窓を作ってくれたが、そこは雲の上だった。地震とか台風がきたら一発でお陀仏な建築に見えるけど、大丈夫なんだろうか。足の震えが止まらない。いや、高いから怖いっていうより安全保障がされていないのが怖い。


「おー、高いですねー」

 とか言って窓から乗り出す櫻田さんの気持ちがわからない。窓枠が壊れたらどうするの? 窓枠がヴァギャっていって崩壊したらどうするの?


「そ、それでこのダンジョンってのは一体なんなんだ?」

「あの謎のダンジョンってゲームやったことありませんか?」

 残念ながら、ない。櫻田さんは何事にも精力的な人だからやったことがあるのだろう。


「このダンジョンからは色んなモンスターが生み出されて各階を徘徊しているんですよ。それを倒しながら上っていって、隠されたお宝とかを探しながら頂上に行くゲームです。その中で死んでも装備とお金を失って放り出されるだけで死なないっていうのが基本的なルールらしいです」

「なるほど」

 死なないってのは面白いな。お宝があって死なないなら一攫千金を狙って挑戦する人もいそうだし、腕試しにも良い。気軽なアトラクションとは言わないが、リスクなしで金持ちになれるチャンスがあるなら試す価値はあるだろう。


「このダンジョン内においては私は無敵に近い力を持ちます。空間を制御する力を持っているんだから当たり前ですよね。私の与えられた力っていうのはほとんどこのダンジョンに関するものみたいです」

 なんかちょっと残念そうだな。


「この私の力を使えば先輩も元に戻せ……ないですね」

「でも零の魔王は俺を戻せる的なことを言ってたし、戻す方法もあるんだろう」

「早く見つけましょう!」


 というより零の魔王を恫喝したほうが早いと思うんだけどな。その実力がまだ俺達には備わっていない。


 櫻田さんの説明を聞くと、ダンジョン管理というのは色々面倒そうだ。モンスターを作るのにもコストがかかって、バランスよく作るのが大切だそうだ。


「繁殖力が強くて農耕ができて食料が賄えるゴブリンは鉄壁ですね」

「繁殖ってモンスターも繁殖するのか?」

「生物なんだからしますよ。生殖機能がないわけでもないですし……」

 途中から恥ずかしくなったのか、尻すぼみに声が小さくなっていった。少し頬が赤くなっているのが可愛い。さらにこの話について詳しく聞きたいところだが、俺は優しい先輩なのでそんなことはしない。


 ここは塔の中だが、不思議な力で雨も振らせることができるし、外の世界と同じように太陽が太陽もでてくる設定にすればでてくるという。死んでも大丈夫な不思議な空間だからそんなこともできるんだろうが、不思議な空間だ。


 いつの間にか、最上階は内装も整えられていた。

 壁は茶色の土壁から白の壁紙が貼られているものになり、窓には窓ガラスがあり、遠くの山までよく見える。俺も座れるような大きなソファ。窓の外の景色以外は六本木のタワーマンションと言われても違和感がないぐらいだ。

 これがクマをダメにするソファ……立ち上がれない。



「こうしてダンジョン経営を初めて1ヶ月が経過したのであった……」

「いや、してませんよ!?」

 あまりにも熱中しているから、そんなモノローグをいれてしまった。

 確かに好きな人は好きだろうな。こういうの。俺が管理しているわけではないからわからないけど。しかし俺は暇だ。


 スマホがあればゲームでもできたんだろうが、ただクマをダメにするソファに座って外の景色を見ているだけではいかに俺の妄想力が常人離れしていたとしても暇は中々潰せない。



 しかしキーボードみたいなものを作り出して真剣そうに作業しているのを邪魔するわけにはいかない。櫻田さんの好きなものは美味しいごはん、そして二番目に好きなものは何かに熱中することだと聞いたことがある。三番目に好きなものは聞いたことはないが、たぶん俺だろうな。


「ちょっと散歩してくる……」

「そこのドアをでれば外ですよ」

 空中に放り出されるんじゃないか、と思いながら扉を開けるとそこは地上だった。中を振り返ると元いた部屋が見える。不思議だなぁ。

 櫻田さんならどうなっているのか気になるのだろうが、残念なことに俺の知的好奇心は毎日4時間しか寝てないブラック企業の社員と同じぐらいしかない。基本的なこと以外はどうでもいい。別にそれがどういう仕組みで動いていようが、それがそうあって特に問題がないならどうでもいい。スマホの仕組みなんてわかっていないだろう? だが電話はできる。そういうことだ。


 しかしまた季節がよくわからない場所だ。冬ではないだろう。寒くないし、まあ夏……かなぁ? 程度のものだ。日本ではないから雨季乾季で分かれている可能性もある。

 過ごしやすいのは良いことだ。


 さて、何か暇が潰せるものはないかな?


 名前:大辻琢磨オオツジタクマ

 種族:ボグベアー

 クラス:モンスター

 スキル:

 固有魔導

 【砂礫陣】

 【獣心解放】

 汎用魔導

 【超再生】

 称号

 【調停者】

  └[仲裁権]

 【異世界人】

  └[自動翻訳]


 名前:櫻田唯サクラダユイ

 種族:第三世界人

 クラス:ダンジョンマスター

 スキル:

 固有魔法

 【ダンジョンメイク】

 武術適正

 【投擲適正】

 魔術適正

 【水魔術適正】

 【木魔術適正】

 肉体補助

 【強靭】

 感覚補助

 【イメージ補完】

 特異体質

 【頭脳明晰】

 称号

 【調停者】

  └[仲裁権]

 【異世界人】

  └[自動翻訳]




お読みいただきありがとうございました。

次回更新は本日7時を予定しております。


次回予告

突然現れた忍者。襲いかかる光の柱。異世界ダーツの旅。そして新たなる旅路。

クマ野郎は果たして生き残れるのか。

次回「魔法忍者現る」

お楽しみに。

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