1話
「本当に篠田と、だな?」
「うん。確認しても良いよ」
むつは疑われた事に不満だったのか、唇を尖らせている。だが、そんな顔もすぐに引っ込めると、デスクに広げた化粧品を片付けた。小さなポーチに必要最低限の化粧品を入れ、鞄にしまった。そして、携帯と財布、ハンカチがある事を確認した。
準備が整ったのか、立ち上がりかけてむつはポーチから口紅を取り出した。口紅を塗り唇を動かして馴染ませ、グロスで艶を出し、ティッシュオフしている。
「よしっ、良いかな?」
いつものショルダーバッグではなく、ハンドバッグを持ち、むつは立ち上がった。
「むつ」
「んー?」
山上です呼ばれたむつは、振り返った。と、同時に携帯のカメラで何枚も写真を撮られた。
「祐斗にも見せてやらないと」
「何でよーっ‼」
「むっちゃん、あんまり喋らない方が良いよ。喋らなければ、声かけたくなるくらい可愛いから」
「それは無理だわ」
くすくすと笑いながら、むつは白いロングコートを羽織った。
「じゃ、行ってきまーす」
「あ、いってらっしゃーい」
むつは、颯介と山上に手をひらひらと振ると足取り軽く出ていった。
「篠田さんと食事?あんなにばっちり化粧もネイルも着替えもして?」
「絶対に嘘だろ。つけるか」
「まかれると思いますよ」
「だよな…とりあえず祐斗にメールでむつの姿を送ってやるか」
「社長…他にやる事ないんですか?」