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1話
普段のむつなら、ロッカーから鞄と上着を取ってきて、さっさと出てくるはずが今日に限ってはなかなか出てこない。颯介の言った通り、着替えでもしているのかもしれない。
かちゃっとドアノブの回される音がして、2人は慌てて顔を伏せた。
先程とは違う、足音だった。そして、椅子に座る音と、何かをがちゃがちゃと取り出す音が聞こえた。
颯介も山上も気になって仕方ないのか、ちらっとむつの方を見た。
むつはティッシュの箱を縦に置き、その上に鏡を置いていた。全体像は見えないが、やはり着替えをしてきたようで服が違っているようだ。
「もぅ、何なの?何が気になるの?」
鏡を見たまま、むつが言うと颯介と山上は亀のように首をすくめた。
「何してんのかなって、なぁ湯野ちゃん」
「えぇ…むっちゃん。今から何するの?」
「化粧して髪の毛巻く」
あっさりと答えは返ってきたが、その答えを聞き颯介も山上も黙り込んでしまった。
むつは2人を無視して、鏡を見ながらぱたぱたとフェイスパウダーをつけ、アイラインをひいていく。少し長めに引いて目尻を跳ねさせていた。