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6話
祐斗に背を向けて、笑みをしまったむつは、シンクに手をつくと深い溜め息をついた。左目は見えていないし、左耳が聞こえていない事に安堵するのは、おかしな話ではあったが、現実なんだという安心感があった。
普段ならしないのに、シンクに灰を落とした。西原にだけ見せた、白い封筒、成立の証の手紙が気になっていた。先程は、どこと交換されたのか分からなかったが、何となく分かった。
やけに息苦しい。リビングからキッチンまでタバコを吸いながら数歩だけの距離にも関わらず、遠く感じたし、息切れしていた。
「肺、か…?けど、誰が?」
むつは、胸元を手で押さえながら、蛇口をひねって水を出すとタバコを消した。
「あ…」
ふいに山上の顔が浮かんだ。山上がこれ以上、犠牲にならないように、なる場合はむつが契約者となる事を、あの禿に言った事を思い出した。誰かが、山上の身体と交換に願いを叶えた者が居る、という事だろう。
むつには、沼井の妻であり、山上と共に居た女性の事を思い出した。
「あの人か…」
 




