1話
むつは少しだけ晃の方に身を寄せるようにして座り直した。特に意味があったわけではないが、晃がおっ、というような顔をした。そして、ちらっと奥を見ると篠田と西原が慌てて、目を背けるのが見えた。
「いちにぃ?しろにぃには話したのに、あたしには話してくれないの?」
「……何の事だ?」
鼻の頭にシワを寄せて、わざとらしいしかめっ面をむつがすると、晃はくすくすと笑った。
「分かった。じゃあ今は聞かないでおく」
察しのいい妹を持つと、逆に大変だなと思いながら、晃はウィスキーを呑んだ。
「それより、今日はどっか泊まるの?」
「まぁ一応、篠田君がホテル取ってくれてるけど…何でた?」
「うん?さっき、京井さんが部屋の空きあるから、遠慮なく言ってくださいねって」
「はー?」
カシスビアを呑みながら、むつは呆れたように笑っていた。そして、大きく開いた晃の口を閉じさせるように顎に指を添えて押し上げた。
「ホテルの経営もしてるってのはそれとなく知ってたけど…ここらしい」
「京井さんってすげぇな…どういう知り合いなんだ?」
「仕事で知り合ったの…あのね、京井さんはあたしとしろにぃが兄弟なの知ってるの。ついでに、言うと言わなくても、いちにぃとしろにぃが兄弟なのも見抜いてた」
内緒話をするように、むつが晃に顔を近付けて言った。むつのそんな深い意味のない仕草に、晃は少しだけ困っていた。何故ならば、篠田と西原の視線がこっちに向いていたからだ。
「そうか…むつ、あんまり近付かない方がいいぞ。誤解が生まれる…いや、もう生まれてるかな?」
「誤解?」
きょとんとしたむつは、あっさりと顔を離した。だが、何が何の誤解に繋がるのかはさっぱり分かっていないようだ。