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4話
むつは、指をついて正座をしたまま僧侶の方に身体を向けると揃えた指をついてそっと頭を下げた。
「初めてです。本日は貴重な体験をさせて頂きまして、まことに有り難う御座います」
「こちらこそ、大変よい物を見させて頂きました」
僧侶が頭を下げると、むつは何の事か分からずに曖昧に微笑んで見せた。
「墨のすり方といい、姿勢のよさ集中力といい…何か特別な事をなさっている方なんでしょうね」
「それは…そうかもしれませんね」
「…また、いらしてくださいね。そちらの写経したものはお持ち帰りになられますか?」
「そうですね。折角ですので」
「そうですか。残念です…」
何故、残念がられるのかむつにはさっぱりと分からなかった。写経した物を綺麗に四折りにすると、むつは再び手をついて頭を下げた。
「お気をつけて…お帰りください」
「はい。有り難う御座います」
何だか意味ありげに言われたような気がして、むつは僧侶の目をじっと見てみたが彼は何も言わずに静かに微笑んでいた。
「失礼します」
鞄とニット帽を持ったむつは、振り返りもせずに出ていった。




