1話
待ち合わせのホテルに着き、むつはドキドキしながらロビーに入っていった。ドアボーイが居るような、格式高いホテルになんてほとんど来た事ない。
絨毯もふかっとしていて、ヒールでは歩きにくい。だが、むつはしゃんと背筋を伸ばし、不馴れな事を周りにさとられないように、ロビーに居るはずの篠田の姿を探した。
ゆっくり歩きながら、ソファーでくつろぐ人々の顔を見ていく。篠田は、むつに全く気付いていないのか、ドアが見える位置に座っていた。
むつは、また気付かないのか、と苦笑いを浮かべつつ、篠田の後ろから近寄った。
「お待たせしました」
「えっ‼」
顔を寄せるようにしてむつが、挨拶をすると篠田ががたがたと、立ち上がった。
「む、むつさん?」
「はい。篠田さんは…見張りとか向かない人のようですね」
むつがそう言うと、篠田は申し訳なさそうに、ぺこぺこと頭を下げた。この腰の低い男が、むつの待ち合わせ相手である篠田 直弥警視だ。
「すみません…またずいぶんと雰囲気が違っていますね。けど、よくお似合いですし…いつもの、むつさんとは違って可愛らしくて良いですね」
篠田は会うたびに、こうして誉めてくれはするが、何というか、ご挨拶の用な物としか思えない。むつは適当に笑っておいた。