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1話
むつはエレベータで下に下りると、ゆっくりとした足取りで、駅に向かい始めた。さっきの、機嫌良さそうな顔はすでに、完全に影に隠れてしまっている。
篠田と食事、と言ったのは嘘ではない。だが、篠田だけではない。呼び出されたから行くが、他に誰が来るのかを知らされてはいないのだ。
むつは用心深く、さっと後ろを確認した。興味を持った颯介と山上が後をつけてきている事はなさそうだった。
駅の近くでタクシーを拾うと、行き先を告げ不機嫌そうに頬杖をついて外を眺めている。
バッグから取り出した携帯で、篠田からのメールを読み返した。
引き合わせたい人が居ると言われてはいたが、それがどんな人で何をしているのか、男なのか女なのか、それさえも篠田は教えてはくれなかった。
ただ、場所と時間を決めただけだった。
少しばかり不安になり、落ち着かなくなってきたむつは、バッグの内ポケットから数枚の紙を取り出すとそっとコートとスカートのポケットに、忍ばせた。