第4章 34話 『死神の実力』
雪村が動き出す前に師団の一人が指を鳴らした。
すると、周りから数十名の黒い集団が現れた。
「何これ?」
『流石の私たちも、貴方が相手ではこうするしかありせんから。御許しください』
最悪だった。
ただでさえ強い師団を三人も相手にしなければならないのに、更に敵の増援まで相手しなければならないのだ。
師団さえいなければ敵ではないのだが、師団がいるとなるとかなり厄介な状況だった。
「敵の色は、全員青か…本当に厄介だよ。龍平君達に残ってもらえばよかったな」
更に付け加えるなら、早苗ではなくあゆなに残ってほしかったのが彼の本音だった。
彼女がいてくれればこの状況下でも、そんなに苦戦することはなかっただろう。
「雪村、私があの集団相手にするから、あんたはそっちの三人お願い」
「その逆でもいいんだけどな」
「龍平に任されたのはあんたでしょ」
少し痛いところ突かれたので、雪村は何も言えなかった。
渋々、彼は早苗に頼んだ。
これで、2対3ではなく。
1対3である。
「本当に最悪だよ」
『そうでしょうか?、貴方の実力でしたら彼女がいなくても、それなりには闘えるのでは?』
「そうでもないよ。流石の僕も、1対3だと少し条件がキツいよ」
『まぁ、どちらにしろ貴方達の死は決まっていますけど』
「どうしてだい?」
『私達がいるからですよ』
すると、話していた人物の隣に立っている人物がこちらに向かって走りだした。
後の二人は動かなかった。
『あの伝説の死神を殺せるのはありがたい。
<水よ、彼の者に喰らい付け>』
先程の混乱で、辺りは水浸しになっており。
その水浸しの地面から、水で出来た蛇が五匹程発生した。
「なるほど、貴方の能力は水を操る能力ですね?」
『あぁ、その通りだ』
これで、三人中二人は分かった。
だが、問題は2つあった。
1つは残りの1人の能力が分かっていないことと。
もう1つは、襲いかかってくる五匹の蛇だ。
水で出来ているので、刀で斬れるかは不明だった。
「やれやれ、<大地よ、蛇達を捕らえよ>」
コンクリートで出来た地面の一部分から三枚の壁が出現し、蛇達の進行方向の前に現れた。
五匹目の蛇が入るのを見届け、四枚目の壁が後ろから現れた。
最後に、蛇達を閉じ込める蓋を上に乗せ、彼らの動きを封じた。
「更に、<大地よ、我が意思の元、大いなる巨人を造り出せ>」
地面から、コンクリートで出来た巨体な巨人が現れた。
以前、龍平と闘った時に造った物より少し大きい物だった。
『お忘れですか、私の能力を。<影よ、彼の物を操れ>』
その人物から、伸びた影は巨大な巨人の影に絡み付いた。
『これで、この子は私の物ですよ』
「操られることぐらい分かってたさ」
そこで、敵には疑問が生まれた。
それなら何故、この子を造ったのだろう?
何か、意図があってそうしたのか。
それか、単なる苦し紛れのデマカセかのどちらかだった。
『まぁ、いいでしょう。とりあえず殴られて下さい』
敵は、能力で巨人を操り、雪村に向かって拳を降り落とさせた。
「<大地よ、我が身を護れ>」
雪村の両隣から、コンクリートの表面が剥がれ。
そのまま、彼を護るべく彼の頭上まで伸びた。
そして、巨人の拳を防いだ。
「次は、こっちの番だよ」
雪村は、刀を抜き。
それを、敵に向かって力強く投げた。
『なっ、何故…』
訳も分からず敵はその刀を避けた。
他の二人から見ても、その行動は謎だった。
普通なら、こんなことなどしない。
自分の武器を敵に投げると言うことは、自分の武器を敵に渡しているのと同じことだ。
龍平の様に、身体能力を強化した者が投げれば、かなり速く、強い威力を持つのだが。
雪村は、龍平の様に身体能力を強化するものではないので、威力も速さもそこまでだった。
雪村にとって、今の状況は最悪の筈だが、彼はそれでも表情を崩してはいなかった。
「これで、貴方の能力を理解しましたよ」
『それは、どうゆう意味ですか?』
「貴方の能力は、一ヵ所しか操れませんよね?」
雪村が刀を投げた理由はこのためだった。
敵がもし、影を操れていたら、自分に飛んでくる刀の影を掴んで、逆に投げ返せばいいのに、敵はそうしなかった。
この時点で、雪村は敵の能力の限界を知ったのだ。
「貴方の能力は、一ヵ所を操ってたら、他の所には影を展開出来ませんよね?」
『それだと、先程貴方の仲間を縛った時はどうなりますか?』
「それは、簡単な話ですよ。貴方は自分の影の先端を枝分かれさせてから彼らの影に枝分かれさせた貴方の影をくっ付けたんですよね?」
『それでしたら、私の能力は一ヵ所しか操れないというのは成立しませんよ』
雪村は論破されてしまったが、彼の目的は推理の披露ではなかった。
「えぇ、そうなりますね。でも僕の目的は貴方の能力の推理披露じゃないんですよね」
『どうゆうことですか?』
「後ろをご覧になった方がいいですよ」
後ろを見ると、それは目に見えた。
猛スピードで、それは自分の頭へと当たろうとしていた。
間一髪でそれを避けた。
そのままそれは、雪村が持つ鞘にくっついた。
『今のは?』
「僕の刀ですよ。僕の刀と鞘には磁力がついてあり、ある程度の距離ならそれが反応してくれるんですよ」
今の説明で、先程の現象は理解できた。
「さてと、貴方の能力のことは知れましたから。決着をつけましょうか」
『どうゆうことですか?』
「貴方の能力は、自分の影が向いている方向の逆方向にあるもの、若しくは逆方向に動いている物は操れませんよね?」
これが、敵の能力の真実だった。
向いている方向にあるものだったら、何ヵ所かは操れるが逆方向だと、無理だった。
『えぇ、その通りですよ』
「それと、あと一人の能力は簡単なものだ。状態変化を操る能力だよね」
状態変化とは、気体から液体、液体から固体、固体から気体。
この三つの変化を表すことだ。
先程の津波の氷は粉々に砕け散ったのではなく、氷が一瞬で溶けたようなものだった。
つまりは、状態を変化させたのだ。
『正解ですが、貴方にこの状況はどうすることも出来ませんよ。<影よ、彼の者を突き刺せ>』
それに乗じて、他の二人が動きだした。
『<水よ、龍となり、暴れろ>』
『<水よ、凍れ>』
すると、大地は一瞬にして凍りついた。
雪村は、自分が立っている場所が凍りつく寸前、その場で跳躍し、自分が氷に捕まるのを防いだ。
「前みたいにはなりたくないからね」
無駄口を叩いていると、目の前に大きな龍が自分の所へ襲いかかってきていた。
「これを喰らうと、氷付けにされそうだ。
<大地よ、壁を築け>」
いつもなら、先程造った巨人を盾に使うが、巨人は凍らされていたので使うのは断念した。
龍が自分に当たる寸前、彼が造り出した壁が龍の一撃を防ぐことに成功した。
『やはり、侮れないな。<水よ、巨人となり、我が敵を殲滅せよ>』
壁に防がれ、飛び散った水はそのまま集まり、1つの大きな巨人となった。
『今度は、壁を造られてもそれをたやすく壊せるぞ』
「でしょうね。流石の僕も、それの一撃は防げそうにありません」
仕方ないので、雪村は壁に刀を刺し、勢いを殺してから地面に着地した。
『今度こそ、貴方の死は決まりましたね』
それは、敵が雪村に突きつける死の宣言だった。
雪村の後ろには、巨大な水の巨人。
前には、師団が三人。
最早、勝ち目など無いに等しかった。
「まさか、こんなところで死ぬとはね。最悪だよ」
『貴方の伝説に敬意を表して、楽に死なせて差し上げますよ。最後に言い残すことは?』
「う~ん、そうだなぁ~」
考えている間も、彼ら三人は気を緩めることはなかった。
だが、たった一瞬だった。
それは奇跡と言ってもいいほどの確率だった。
三人同時にそれが起きるなど、長々あることではない。
三人は揃って、瞬きをした。
ほんの一瞬だ。
1秒にも満たない僅かな時間だった。
その事に最初に気がついたのは、影を操る人物だった。
瞬きをして、目を開くと、既にそれは自分の近くにいた。
「僕は、貴方達みたいに優しくはないので、最後の言葉なんて聞きませんよ」
彼が持つ刀は既に自分の首筋に当たりかけていた。
その事に気付いたとき、直ぐ様能力を使い彼の動きを止めようとした。
彼は、その事に気付き後ろに下がった。
他の二人がその事に気付き、動き始めたのは2秒後だった。
『水の巨人や、彼の者に一撃を!>』
だが、水の巨人が動くことはなかった。
既にそこにはいなかったからだ。
「残念だけど、巨人の足元に穴を広げたから巨人は形が崩れちゃったよ。まぁ、もう一回造り上げる時間はあげないけど」
先程まで、闘っていた雪村進一ではなく。
今は、死を司る狂気の殺し屋。
死神と呼ばれている者だった。
死神は、水を操る能力者との距離を一気に詰めた。
『<水よ、我が身を護れ>』
敵は、自分の廻りを大量の水で覆った。
普通なら、刀で斬ることなど不可能だった。
「それで、身を護ったつもりかな?。無駄だよ。
君の死は決まってるから。
<刀よ、伸びろ>」
死神が持っていた刀は、一気にその長さを変えていき、そのまま敵の胸へと突き刺さった。
敵は、辛うじて致命傷を避けたが、喰らった衝撃で水の能力を解いてしまった。
『ど、どうゆうことだ』
「僕の刀は、どんな形にも変形出来るようになってるらしいからさ」
清水遥が施した、特殊システムの1つだ。
他にも色々な機能を着けたらしいが、それを全て使うのは当分先だろう。
『よ、よくも、俺の相棒を!<気体よ、水となり…』
言われる前に、雪村は動いた。
敵は、雪村の接近に気付いたが、言うことを止めることはなく、そのまま言い続けた。
「遅いよ…」
だが、すんでの所で地面が凍りついていたせいで彼は滑り、バランスを崩しかけたが、辛うじてこらえそのまま斬りかかった。
しかし、傷口は浅く右腕にかすり傷を与えたぐらいだった。
『あ、危なかった』
影を操る能力者は、二人の運の良さにホッとしていた。
とにかく、これから三人で連携しなければならないほど今の彼は強かった。
「ん?、何が危なかったの?」
『貴方の運が悪かったお陰で二人は死にませんでしたからね』
すると、雪村は高らかに笑った。
歪んだ狂気がそこにはあった。
「あっははははははははははははは……」
『何が、可笑しいのですか?』
今の会話で彼が笑うところなど、無いに等しかった。
死神は笑いを抑え、笑った理由を語った。
「僕の能力はさ、物質を変形させることなんだよ。それでさ、二人を斬りつけた時にさ、二人の体内にあるものを入れたんだよ」
『あるものとは?』
「僕の刀の鬼鉱石の破片。刀の所さ、よくは見えないけど多分刃こぼれしてるところが二ヶ所あると思うよ」
『ま、まさか…』
敵は、既にどうなるのか予想が出来ていた。
そして、事は実際に起こった。
「今まで、多くの人間を傷付け、殺してきたんだろ?、その報いを今こそ受けてもらおう。
<刃よ、貫け>」
次の瞬間、二人の敵の身体から巨大な刃が飛び出した。
それは、二人の身体を貫いた。
『な、何故…』
『黒…鬼…様…』
「安らかに眠るといいよ…」
そして、二人は息を引き取った。
「さてと、最後に貴方だけだが、貴方には聞きたいことがあるらしいから、捕らえます」
去り際に早苗に頼まれたのだ。
「聞きたいことがあるから、一人は殺さず捕まえてくれ」と。
「大人しく捕まってくれますか?」
『お断りしましょう。<影よ、彼の者を殺せ>』
敵は自分の影の先端を5本に分け、それら全てを死神に差し向けた。
死神は見事な刀捌きでそれらを全て捌いた。
敵は、次々に影を分け続けたがそれも彼は捌ききった。
『こうなったら、<影よ、八方向から刺せ>』
すると、死神の周りの八方向から影を襲わせた。
自身が分けれる限界と、自身が出せる最高のスピードで勝負を仕掛けた。
この男は、ここで始末しておかないと…
自分が忠誠を誓った主のため。
主の脅威となる者を排除しようと最後の力を振り絞った。
「やっぱり、強いですね貴方は。今度は貴方の敬意に表しましょう」
自分に向かってくる全ての影を斬り裂いた。
その姿は、見るもの全てを魅了する美しい動きだった。
そのまま、敵の懐に飛び込んだ。
『ここまでですか…』
「さようなら…」
死神は刀を一振りし、敵の胴体を斬り裂いた。
その時、死神が浴びた血は、とても濃く、匂いも強かった。
きっと、主に伝えたかったのかもしれない。
自分たちの敗北と死
そして、
自分たちの敵討ちを願って。
彼の血は、雪村進一の白髪に深く深く染み込んでいった。




