第4章 14話 『咆哮』
櫻子が言葉を放った後、彼らの周りは風は突如吹き荒れた。
凄まじい音となり、櫻子の周りにやってきた。
この時、気象庁の機械はある地点で謎の台風に似た何かを観測したらしい。
「<風よ、凝縮しろ>」
すると、暴風は一ヶ所に凝縮し始めた。
「下らない、私の能力で終わりにしてあげる。
<我が毒よ、猛毒となり辺りに広がれ>」
瀬菜の身体から、猛毒の霧が放たれた。
人間が吸ってしまえば、即死させることが出来る恐ろしいものだった。
「瀬菜ちゃん…そんなの吹き飛ばすから…
<風よ、毒を吹き飛ばせ>」
次の瞬間、凝縮していた風は猛毒の霧に向かっていった。
まるで、龍の咆哮のように風は解き放たれた。
猛毒の霧に触れた瞬間、霧は風の威力に耐えられず霧散してしまった。
「なるほど…、櫻子ちゃんと私の能力だと相性悪いな…。本当にめんどくさい…」
瀬菜はナイフを構え、櫻子との距離を縮めようとしてきた。
櫻子の能力は遠距離に向いているので、接近戦に持ち込まれるとかなり辛いものだ。
更に、彼女はまだ『鬼化』してまもないのだから自分の能力に慣れきっていない。
最悪だな…
龍平はそう呟いた。
自身には力が残っておらず、櫻子を護ることさえ叶わないのだ。
「大丈夫だから…、龍平は私が護るよ」
振り向き様に彼女はそう言った。
その時の彼女の顔は一生忘れられないと思う。
とても悲しげだけど、とても優しいその眼を。
「櫻子ちゃんには、無理だよ…
<毒よ、ナイフとなれ>」
ナイフを持っていない片方の手に毒で作ったナイフを手に取った。
今まで、彼女が使っていたナイフはそうやって作られた物らしい。
「無理じゃない…、もう何も失いたくない!
<風よ、槍となり彼の者を貫け>」
櫻子の周りに凝縮していた風は、形状を変え球体から槍状に変わった。
お互いに譲れないものをかけた少女達の闘いにいよいよ終わりが近づいてきた。
「櫻子ちゃん…、もし私たちがこんな世界じゃなくて別の世界だったら私たち本当の友達になれたのかな…」
瀬菜は弱々しい声でそう訊いてきた。
櫻子も何となくは考えていたことだ。
もし、自分達がこんな世界ではなく別の世界だったなら、葵は死ぬことなく今でも生きていたかもしれない。
だが、それと同時に彼女はこの世界で良かったと思うことがあった。
龍平と一緒にいられる…
もし仮に、今でも葵が生きていたとしたら自分に彼が振り向いてくれることはなかっただろうから。
だから、嬉しい。
でも、悲しい…
そんな考えが過った後、彼女は瀬菜の問いに答えた。
「友達になれたと思うよ…、その事が本当に悲しいよ…」
戻ることが出来ないなら進むしかない…
最初に動いたのは瀬菜からだった。
彼女の速さは鬼の能力を使用している龍平の眼でも捉えることは難しい程の速さだった。
何故、彼女が速く動いたのか理解出来る者は河村櫻子しかいない。
そんな彼女の想いに、櫻子も答えた。
瀬菜に向かって彼女は槍を放った。
先程よりも速く強い一撃だった。
瀬菜が櫻子の元に到達する直前に風の槍は彼女の左肩を貫いた。
「あと一歩だったのに…」
あと一歩で、ナイフの切っ先が櫻子に刺さり即死させることが出来たのだ。
そのまま彼女は膝を崩した。
「私の勝ちだね…」
「どうして…左肩にしたの?」
そこだけが疑問だった。
心臓を貫いておけば、自分のことを殺せる筈なのに櫻子はそれをしなかった。
「それをしたら、瀬菜ちゃんの赤ちゃんが死んじゃうから。それと…やっぱり私には瀬菜ちゃんを殺すことなんて出来ないよ…」
櫻子は涙を流しながらそう言った。
その涙に何が込められているかは誰にも分からなかった。
「確かにさ、瀬菜ちゃんは私のパパとママを殺したし龍平のことも殺そうとした…けど、私には殺せない。学校で見せてた瀬菜ちゃんが全部偽者とは思えなくて」
「何を甘いこと言ってるの…」
「それにさ…瀬菜ちゃんだって殺したくて殺した訳じゃないでしょ?、瀬菜ちゃんにも譲れない何かがあるからでしょ?」
「甘いよ…」
瀬菜の目からも涙が溢れていた。
彼女が今まで、殺していた自分の心を少しだけ取り戻したからなのかもしれない。
「<毒よ、彼の者から消え去れ>」
龍平の中にある、毒を彼女は解毒した。
「今回だけは、黒崎龍平を助けてあげる。でも、次は殺すから。櫻子ちゃんも…、もう弱さは捨て去る」
彼女は少し間を置いた後、龍平に向かって話し始めた。
「黒崎龍平…、近々『黒鬼』と十師団が動き始める。ある人物を殺すために…」
龍平は聞き返した。
「誰なんだ、その人物は?」
「遠藤五郎…67歳。彼はある貿易会社の社長、後は貴方達で調べて…もし、会えたらその時は殺してあげる…」
この場を去ろうとしていた瀬菜を櫻子は止めた。
「ねぇ、瀬菜ちゃんは何でこんなことをするの?」
「『黒鬼』を殺すためなのと、私が愛した『上野大地』を復活させるためかな」
「それって…いったい…」
だが、瀬菜は最後まで聞くことなく左肩を押さえながらその場を後にした。
「瀬菜ちゃん…」
そのまま彼女は倒れてしまった。
直ぐ様、龍平は彼女の元に駆け寄った。
彼女を抱き上げると、彼女の両目から涙が流れていた。
自分の大切な人にこんな気持ちを味あわせたくはなかった…
「ごめんな櫻子…」
彼女の涙を拭った。
そして、
彼は、強くなることを誓った。
「博士の所にいくか…」
そのまま彼は、櫻子を連れ基地へと向かった。




