第4章 3話 『長い夜』
櫻子が煮込み終えたカレーを皿によそってくれた。
「召し上がれ!」
皿が割れるんじゃないかと思う勢いで机に叩きつけた。
「俺んちの皿を大切にしろよ…」
「そんなことは気にしない!後、このカレー龍平の嫌いな茄子入れてるからちゃんと食べなよ」
幼なじみの嫌いな物を入れるこいつの神経はどうかしてる気がする。
でも、こんなやり取りをしていると和むな…
「はいはい、いただきます」
そう言い机に置かれていたスプーンを手に取りカレーを食べ始めた。
「おいしい?」
「美味しいよ…、心に染みる…」
冷めていた感情が少し熱くなった気がした。
「ねぇ…どうして数日間連絡がなかったの?」
真剣な眼差しで櫻子はこちらに聞いてきた。
ここで嘘をつくのは簡単だがこの眼には勝てそうにない。
彼は嘘をつくのを諦め、事の顛末を話すことにした。
「…ってことがあったんだよ」
全てを話し終えるのに約一時間ほど経ってしまった。
彼女は話している間、口を挟むことはなく真剣に話を聞いてくれていた。
「なるほどね…って!、そのあゆなって子…私が一発殴ってもいいかな!?」
鬼の能力を使わなくても彼女の怒りの炎が燃え上がっていることが分かってしまうほど彼女は怒っていた。
「何でそうなんの?」
「だって!、一歩間違えてたら龍平死んでたかもしれないんだよ!。あゆなちゃんの気持ちも分かるけどさ…」
彼女の両目から涙が流れた。
「ずっと…心配してたんだから…。龍平…もうどこにも行かないで…」
弱々しい声で彼女は泣いていた。
自分は彼女にこんなに心配をかけていたことに罪悪感を覚えた。
泣いている彼女の頭の後ろに手を回し、そのままこちらの胸元へ引き寄せた。
今、自分に出来ることは彼女を抱き締めることなのかもしれない…
直感的にそう思った。
「ごめんな櫻子…こんなに心配かけて悪かったな。櫻子はさ、俺に闘ってほしくないかもしれないけど俺は…葵を殺した黒鬼を殺すまで闘い続けるよ。それが葵にしてやれることだよ…」
「違うよ…龍平は全部…自分の為でしょ!」
以前、学校の体育館で発した声よりも大きかった。
「復讐する人は死んだ人が望んでるからとか、死んだ人にしてやれるのはこれぐらいしかないとか言ってるけどさ、全部自分自身の為じゃん!
その人を失った悲しみ…その人を奪った奴への憎しみを晴らしたいだけ。死んだ人が何を望んでるのかを分かる人はこの世にいないよ…」
こんなに怒っている櫻子を見るのは初めてだった。
「櫻子…確かにお前の言うとおりだ。俺は黒鬼を殺して、この恨みを晴らしたいだけだ。
葵は俺にとって全てだったからな、葵は望んでないかもしれない。けど…それでも俺は黒鬼を殺す。復讐ってのもあるけど…これ以上…俺みたいな悲しみを増やしたくない…」
黒崎龍平も最初は復讐することだけを考えていたが、色々な闘いを繰り広げた彼の心境は当初とは違っていた。
「龍平…私は葵には勝てないのかな…龍平の隣に居たい…」
何て答えればいいのかが、分からない…
でも、ここで逃げては駄目だ。
「櫻子は俺にとって…葵並みに大切な人だよ。
ごめん…何て言えばいいのか分かんなくて、でも今言った事は本当だからさ…
黒鬼を殺した後、俺はさ死のうと思ってたんだ…
生きる目的がないから、でもさ俺にはまだお前がいるんだよな…」
龍平もまた、涙を流していた。
何を思っての涙かは分からないが、きっと大切な何かだ。
「櫻子…お前は俺の前から居なくなるなよ…」
「龍平こそ、死んだら赦さないから…葵が居なくなって龍平まで死んじゃったら私は…」
そこから先の言葉は聞かなかった。
龍平の家に重苦しい空気が流れていたが、彼らは話題を変えた。
「龍平が居なくなってからの学校のことを教えてあげよう!」
とは言え、大したことは特になかった。
強いて言うなら中間試験のあったことと、龍平がとってないノートの量が多いことぐらいだ。
「でもさ、一つ気になることがあるんだよね」
「何だよ気になることって?」
「瀬菜ちゃんがさ、一週間ぐらい学校に来ないの…メールとかはちゃんと返信が来るのに…」
何か変な違和感を覚えたが、今は気にしないことにした。
ふと、時計を見ると既に時刻は10時を過ぎていた。
「櫻子、そろそろ帰った方がいいだろ?。家まで送るよ」
すると彼女は首を横に振った。
「いいよ別に…当分は龍平の家に泊まるからさ」
言ってる事の意味が理解出来ないので聞き返した。
「どうゆうことだ?」
「私の両親さ、今日から五日間旅行で居ないの…
両親からも龍平くん家に泊まりなさいって言われてるから」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
どこに自分の娘を男の家に泊まらせようとする両親がいるのだろうか。
嫁入り前の娘に何をさせているのだ!
と昭和の頑固親父のような考えが浮かんだが今はそんな場合ではない。
「だからさ、これからよろしくね…ちゃんとその分、料理とかするからさ」
「そうじゃなくてさ、お前はいいのか?。男の家に泊まること」
「別に良いけど…ってかこの前泊まらしてくれたじゃん!」
「あのな…前は大丈夫だったかもしれないけど、今回はもしかしたら襲われるかもって考えなかったのかよ!」
そう言うと彼女は驚いた顔をした。どうやら考えてなかったらしい。
「龍平はさ…私のこと襲うの?」
「襲うわけないだろ!」
「じゃあ問題解決だね!」
この瞬間、彼は後悔した。
確かにこう答えれば自分が懸念している問題が解決してしまうのだからこうなる…
龍平は溜め息を溢し、諦めることにした。
すると、櫻子の顔が少し赤くなっていた。
「私はさ…龍平になら別に襲われてもいいよ…」
「そうゆうのは男に言ったら駄目な言葉だぞ!、ってかさっさと風呂に行ってこい…」
家なら休まるかと思ったが、今日から五日間は休まらなくなってしまった。
お互いにシャワーを浴び、髪を乾かし、歯を磨き。いよいよ寝るだけなのだが以前彼に襲いかかってきた問題が残っていたのだ。
「布団どうする?」
龍平の家には布団が一つしかないのを彼女は忘れていたらしい。
「一緒に寝ようよ!」
「俺は下の階で寝るからいいよ…」
そう言うと彼はそのまま階段を降りようとしたが、櫻子に止められた。
「龍平…一緒に寝てほしい。じゃないと龍平がどこかに消えてしまいそうど怖いよ…」
何もかも諦め、彼は眠ることにした。
小さい布団に二人の男女…
櫻子は既に眠ってしまったが龍平は眠れなかった。
理由はこうだ。櫻子が背中に抱きついたまま眠ってしまったので彼女の寝息が龍平の耳に当たっていることと、彼女の豊満な感触が背中に当たっているからだ。
「勘弁してくれ…」
彼は雑念を振り払い眠ることにした。
だが、この日の夜はまだ明けることはなかった。




