第3章 15話 『兄』
試験が始まる数分前…
白い狐のお面を被ったその人物はある部屋に来ていた。
『はぁ…めんどくさい…やっと終わったか』
その人物はある作業を終えたところだった。
すると、背後に人の気配があるのに気付いた。
「ん?お前は…何者だ?」
振り向くと、そこには筋肉質でガッチリとした体つきの男が佇んでいた。
その男はこちらに疑念を抱いていた。
『めんどくさいな…』
直ぐ様、ナイフを手に持ち男の頸動脈をかっさばいた。
これで終わったかのように思っていると…
「いやぁ~凄いですねぇ~、そこに転がっている筋肉の塊は一応15位何ですけどねぇ~」
拍手をしながら清水遥が近付いてきた。
『清水遥…本当にめんどくさいな…』
ナイフを構えようとすると…
「変な気は起こさないように…別に誰かに報告したりはしませんから…」
信じられない…
恐らくは命乞いだと頭では理解していたが、本能がこう叫んでいた。
こいつとは闘っちゃいけない!
『何で報告しないの?』
必死に叫んでいる本能を落ち着かせ、思っていることを口にした。
「あなた方の目的と私の目的は微妙に一致するんですよぉ~そのためですかねぇ~と言っても貴方の目的は少し違うみたいですけどね上野瀬菜さん」
正体がバレていたことに彼女は驚きを隠せなかった。
『何の話しですか?』
「まぁいいですけどねぇ~」
そのまま清水遥はその場を後にした。
上野瀬菜も試験会場へ向かった。
そして現在に戻る…
『さてと…仕事しないとね』
ナイフを手に持ち、ゆっくりと歩き始めた。
突然の七人衆の出現に天原凉音は対応しきれてはいなかった。
「とりあえず拘束しないと…
<我が糸よ、彼の者を縛れ>」
両方の手の指から放たれた糸はそのまま上野瀬菜を縛り上げた。
「何故…抵抗をしない…」
念のために建物を操り、更に拘束をしようとしたが急に力が入らなくなった。
指から力が抜けていき、拘束している糸の力が弱まり始めた。
「どうゆうこと…」
自分の身に起こっていることに全く対処しきれずにいた。
『やっと効いてきたか…無色無臭のガス』
どうやら上野瀬菜の回りから無色無臭のガスが放たれていたらしい。
その事に水本早苗は疑問に思った。
「あなた…毒を操る能力でしょ?何でガスを操れるのよ!」
その疑問はすぐに解消された。
上野瀬菜のある答えによって。
『ガスって言い方は語弊があったかな…私は体内で生成した毒を体外に色んな形状で出すことが出来る。とは言え無色無臭にするとなると弱い毒になるから中々使えない』
「なるほど…」
能力の説明を受けたが現状は何も変わってはいない。少しずつ悪化していた。
まず、彼女の言う毒を水本早苗と雪村進一も喰らっているからだ。
現に彼女の身体から少しずつ力が抜けてきていた。
「どうしてここを襲ったの?」
天原凉音は気力を振り絞り問い質した。
天原凉音は恐らく自分たちの誰かがターゲットなのだろうと思っていたが、現実は違っていた。
『本当なら黒崎龍平と中条あゆなのところの筈だったけど…彼らがどこで試験を受けるのか分からず適当に選んだらここになちゃった…』
ふざけた答えだった。
つまり自分達は意味もなく殺されるのだ。
「目的は何?」
すかさず問い質した。
せめて、彼女の目的ぐらいは知っておきたい。
もしかしたら対処出来るかもしれないからだ。
『それは秘密で…と言ってももう少ししたら分かりますよ』
話しは黒崎龍平達に戻る…
「あゆな…お前が暴走してる理由は過去のことが起因している…」
吉野裕介もそれは思っていたことだった。
しかし続けて黒崎龍平が口にしたことは彼を驚かせた。
「訳じゃないよな…」
吉野裕介は驚いた。
大体の人は暴走する理由は過去のことが起因していることが多いからだ。
黒崎龍平は彼女が暴走している理由について説明を始めた。
「俺も最初はお前の過去が起因してると思ったけど、少し変な所があったからな。まず、お前の能力だけど二つあるように見えるけど本当は一つだけだ。お前の能力は雪を操るだけだ。前の練習の時に氷の石像?、あれも雪を一つに凝縮させたやつだろ?。氷柱もそうやって生成してたからな、
能力を使って暴走するならあの時も暴走してた筈だからな。つまりは、別の要因だ。そしてお前が暴走してる理由は…」
息を吸い、力を込めてそのことを口にした。
「精神的攻撃を外部から受けてるからだ…」
「どうゆうことだい?」
吉野裕介は意味が分からず、質問をしてきた。
この事は鬼の能力で視力が人並み外れた彼にしか分からないことだからだ。
「今、この空間には毒ガスの様な物が充満しています。それは俺達には害がないようですけどあゆなにはありました。恐らくあゆな個人を狙ったものだと思います」
黒崎龍平の五感は人並み外れており、空気中に浮いている細かなゴミまで眼を凝らしたら見える程になっていた。
「だからさっき、『この辺り一帯の温度をあけでくれ』って頼んだんだね。毒を弱らせるために」
「はい…恐らく毒が送り込まれているのはあの送風機からだと思いますが、流石に壊せませんからね」
送風機は酸素を送り込むこともしているので壊すと自分たちの身体に危険が及ぶ。
とは言え、誰がこんなことをしたのかがとても気になっていた。
こんなことが出来るのは、七人衆の毒使いのあの女ぐらいだろうけど奴一人でここに乗り込むのは危険が大きすぎる。
「見て龍平君…あゆなちゃんの周りの雪が弱まってきた」
どうやら彼女の暴走が治まってきたようだ。
彼女の髪が黒に戻るまでにはそれほど時間がかからなかった。
「龍平…私何してたんだろう?」
暴走していたことは断片的にしか覚えていないらしい。
正直、少しは怒ってはいるが今は彼女が無事に戻ってきたことに安堵している。
この事が済んだら彼女にはジュースを奢って貰おう…
そんなことを思っていた。
「さてと…あゆな試験再開するぜ!」
刀を手に持ち、吉野裕介の方に向けた。
勘弁してくれよと言いたげな顔をしていたが直ぐ様、先ほどまでの顔に戻った。
「やれやれ…行くよ二人とも」
吉野裕介は拳に火を纏いこちらに向かってこようとしたその時だった…
突如、天井がみるみるうちに凍り始めた。
「<砕け散れ>」
その言葉通り、天井は砕け散り一人の男の侵入を許した。
その男は筋肉質な男だった。
髪は短くワックスで固めていた。
顔立ちは整ってはいるが、所々に傷があったのでせっかくの美形も台無しだ。
「中条彰…だね…」
吉野裕介はその人物が誰であるかを直ぐに特定した。黒崎龍平も依然その姿を目の当たりにしているので直ぐに誰なのかを理解した。
「久しぶりだな…さてと俺は妹を迎えにきただけだから刀を向けるのはやめてくれないかな?黒崎龍平…」
その瞬間…
中条彰を中心とし、濃厚な殺意が放たれた。
それに触れたときにあるイメージが脳内に流れ込んだ。
凍り漬けにされ、そのまま粉々になるイメージだ。僅か3秒程だったが体感時間はもっと長いように感じた。
心を折らせないため必死に食らいついた。
「妹ってまさか…あゆなのことか?」
「あぁ…そうだよ」
中条彰はあゆなの方に眼を向けにっこりと笑った。
「久し振りだなあゆな…元気にしてたか?」
その時、身の毛がよだつ程の冷気が彼女から発せられた。
「ふざけないで…貴方が私の村の人達にしたことを忘れてる訳ないでしょ!」
中条あゆなは先ほどよりも更に強い雪が回りに逆巻いた。それと同時に髪が白くなり始めた。
「貴方のことを忘れたことなんてない…
ずっと殺したくて殺したくてしょうがなかったから!
<氷柱よ、あの野郎を殺せぇぇぇぇぇぇ!>」
無数の巨大な氷柱が形成され、彰の方へと放たれた。
「これが『雪鬼』の力か…ぞっとするよ
<砕け散れ>」
しかし、氷柱が砕けることはなくそのまま襲いかかってきた。
「やれやれ…手のかかる妹だな。
<氷の壁よ、俺を護れ>」
直ぐ様、彼は氷の壁を築き串刺しになるのを防いだ。
「僕のことも忘れないでよ…
<我が熱よ、龍となり彼の者を喰らい尽くせ>」
吉野裕介の手から巨大な龍が放たれた。
その龍は中条彰の命を喰らうため、彼に喰らおうとしたが。
「邪魔をするな…
<氷の砲弾よ、龍を潰せ>」
そのまま氷の壁が砲弾となり火の龍を潰しにかかった。
火の龍も、負けじと応戦したが砲弾の威力に敵わず消滅してしまった。
「武器のない貴方は闘う価値もない愚物だ。
お引き取り願おう。
<氷の砲弾よ、彼の者を吹き飛ばせ>」
砲弾は吉野裕介に直撃し、彼はそのまま入口のところまで吹き飛ばされてしまった。
「さてと…やっと邪魔者が消えたか…」
「俺を忘れてんじゃねぇよ!」
黒崎龍平は中条彰に飛びかかった。
刀を手に持ち、そのまま切り裂こうとしたが片手で止められてしまった。
「刃のない刀で俺は斬れないよ。と言っても刃があっても斬れないけどな」
すると刀は凍らされておりそのまま粉々にされてしまった。
「<氷の鎖よ、彼の者を拘束しろ>」
中条彰の手から、氷で出来た鎖が放たれ黒崎龍平の身体に巻き付いた。
力ずくで砕こうとしたが砕けなかった。
「無駄なことは止めたほうがいいよ…
待たせたねあゆ…今から兄と一緒に来てもらうよ」
「ふざけるな!お前が私の兄だと名乗るな!お前の血が私にも流れていると知ると堪ったもんじゃない!
<雪の手よ、彼の者を握り潰せ!>」
中条あゆなの回りに雪は巨大な手となり中条彰を握り潰そうとした。
「俺の鬼とあゆの鬼だとあゆの方が強いからな…
<氷よ、巨大な手となり立ち向かえ>」
巨大な氷の手を形成し、立ち向かった。
その隙にあゆなは黒崎龍平の元に走り、彼の回りに巻き付いている氷の鎖を砕いた。
「ありがとな、あゆな…」
「お礼はいいよ…さっきのお返しだから。さて、どうやって倒すの?」
「一つ案がある…お前の能力であいつの能力を使わせてほしい」
「動きを止めないの?」
「動きより、能力を止めた方が早い。俺の方が力は強いから能力さえ使わせなければ勝算はある」
吉野裕介の復帰は望ましくないのでこの作戦でいくことにする。
彼さえいれば何とかなったかもしれないのに。
そんな後悔を抱きながら彼らは闘いに挑んだ。
「行くぞあゆな!」
黒崎龍平はこの時、振り返らなかったことを後悔した。
もし、振り返えってあゆなの表情を見ていたら何かが変わっていたのかもしれない…
「うん…ごめんね黒崎龍平…」
「え…」
中条あゆなは自身の能力で形成していた、氷の剣を黒崎龍平の腹部に突き刺した。
「ど…うして?」
彼女は自分の顔を黒崎龍平の耳元にあて、あることを口にした。
「………これしか方法がないから…」
最初らへんのところは聞き取れず黒崎龍平はそのまま意識を失った。
「流石俺の妹…さてとこれから『雪鬼村』に行くよ、あゆ…。彼にも居てもらわないとね…」
そのまま中条彰は黒崎龍平を抱き抱え中条あゆなと共にその場を後にした。




