第4章 42話 『最後の温もり』
最後に人の温もりを感じたのはいつだろう…
彼は、必死に思い出そうとしていた。
身体中から流れ出る血を見ていたら、不思議とそう思ってしまった。
ずっと人を殺して生きてきた。
人の体温の温もりが少しずつ少しずつ冷めていく所を何度も目の当たりにしていた。
自分が温もりを感じたのは、殺した人間から流れ出る血だった。
「いや…そうじゃなかったかな。僕が、最後に感じた温もりは、血じゃなかったな…」
ある少女の掌の温かさ、それが、死神が感じた人の温もりだった。
清らかで、血に濡れていないその掌の温もりは、冷えきってしまった自分の心を暖めてくれているような気がした。
「会いたいな…ここで死んだら会えるのかな…」
彼は、暗いところをさ迷っていた。
陽の光が当たらない、真っ暗な闇の中だ。
きっと、この闇は今まで彼が殺してきた者達の呪いなのだろう。
「ここで、僕も終わりか…何か、悲しくなるな…」
終わりの見えない暗闇の中を歩いていると、一筋の明かりが見えてきた。
彼は、その明かりに導かれ、ゆっくりと歩き始めた。
「これで、終わりか。案外あっけなかったね進一」
雪村進一の兄、雪村蓮は自分の足下に倒れている弟の姿を見ながら、そう呟いた。
兄弟の闘いは、一方的な闘いだった。
深手を負った、雪村進一に兄は攻撃の手を緩めることなく、眼にも止まらぬ速さで彼を斬りつけていた。
雪村進一も最初は、対処しきれていたが、段々対処しきれなくなり、遂には倒れてしまった。
「さてと、工藤さん。どうしてさっきから、動かないんですか?、工藤さんならその子達すぐに捕まえられるでしょ?」
実は、雪村兄弟の闘いの最中、工藤はあゆな達に攻撃をすることはなかったのだ。
「確かに、俺ならこんなガキどもすぐに捕まえられるが…気が変わった。さっき、こいつらから『龍平』って単語を聞いたからな」
雪村蓮はその言葉を聞くと、少し驚いたような表情をした。
「それって、もしかして『黒崎龍平』のことですか?」
「そう考えて、まず間違いないだろうな」
それを聞き、雪村蓮は少し納得したような顔だった。
「ねぇ、何で私たちを攻撃しない理由と龍平が関係あるのよ?」
理由がさっぱり分からない早苗は、工藤に対峙しそう問いかけた。
あゆなもその事を聞こうとしたが、もし敵の考えが変わり、こちらへの攻撃をされたら今の自分たちではどうすることも出来ないので聞かないことにしていたが、そんなあゆなの心配を余所に早苗は工藤にそう聞いた。
「お前らに教える必要性は全くないが、暇潰しに教えてやるよ。俺の気紛れだ」
工藤の答えは、半分本当で半分嘘だった。
だが、今の早苗達にそれを確かめる術はない。
「黒崎龍平は、お前らの知らない所でそれなりに名が通ってるからな。例えば、黒鬼十師団の一番と殺りあって生き延びたとかな」
そのことが、一体どれくらい凄いことなのかはよくは分からないが、とにかくそのせいで龍平は今、少しだけ有名人になっているらしい。
「それと、もう一つ。俺達の仲間の中条彰をぶっ潰したからだな」
「え?、それってどうゆうこと」
あゆなにとって、その事は衝撃の事実だった。
「私の兄が、貴方達の仲間ってどうゆうこと?、あいつは七人衆でしょ?」
かつては、上野瀬菜と共に自分達に襲いかかって来たとき、そう言っていた。
「七人衆でもあり、俺達の仲間でもあった。兼業してたんだよ」
そう言われ、あゆなは納得した。
だが、早苗がまた工藤に問いかけた。
「ねぇ、今さらだけど貴方達って一体何者なの?」
その質問の問いは意外な人物が答えた。
「おい、蓮、足下に気を付けた方がいいぞ」
工藤がそう言った次の瞬間。
蓮の首元目掛けて、足下で倒れていた雪村進一が刀を振るっていた。
「死んで、兄さん…」
だが、雪村蓮は首を後ろに下げ、体勢が崩れている雪村進一の横っ腹に蹴りをぶちこんだ。
蹴られた衝撃で、雪村進一は壁まで吹き飛ばされていた。
「危ないな…まさか、まだ生きてたなんてね」
弟が生きていたことに、少しだけ驚いていると。
「相変わらず、詰めが甘いな。だから、お前は九鬼なんだよ」
工藤はそう言うと、雪村蓮を少し睨み付けた。
「次からは、首を斬りますよ」
「そうすることだな」
壁に飛ばされた雪村の元へ、早苗とあゆなは向かっていた。
「大丈夫?、雪村!、返事しなさいよ!」
早苗は、雪村進一の身体を全力で揺すっていると、弱々しいが彼の返事が聞こえた。
「だ、大丈夫かな。あんまり揺らさないでくれるかな、少し気持ちわるい」
そのまま雪村進一は、急いで傷の治癒を始めた。
そして、先程の早苗の質問に答えた。
「早苗ちゃん、あいつらは十鬼と言われる連中なんだ。目的も不明だし、誰がリーダーなのかも分からないけど、唯一言えることが、あいつらが動く時にいいことなんて起こらないってことかな」
説明し終えると、静かにゆっくりと彼らは歩いてきていた。
「捕捉説明するとね、十鬼はその名の通り十人の人がいて、一鬼から十鬼まである。一番強いのが一鬼で一番弱いのが十鬼、つまり僕は下から二番目なんだよね」
笑いながら、雪村蓮はそう語っているが、早苗達はまるで笑えていなかった。
手負いとは言え、圧倒的な強さを誇る雪村進一を一方的にいたぶり、死ぬ寸前まで追い詰めた男が下から数えて二番目の位置にいる。
つまり、彼よりももっともっと強い者が八名もいることになる。
「あと、ついでに教えといてあげるけど、工藤さんは十鬼の中で三番目に強い三鬼何だよね」
その事を聞かされ、早苗とあゆなは絶望的だった。
つまり、今自分たちが生きているのは、あの男の気紛れによるものだったことを改めて思い知らされたのだ。
「蓮兄さん…僕は、あんたを殺すよ…例え兄でも…」
雪村進一は、気力を振り絞り立ち上がった。
既に彼の身体は戦闘できる状態ではなかった。
付け加えるなら、立っていられる状態ではない。
全身の切り傷から、大量の血が流れており、更に数ヶ所刺し傷のようなものがあった。
「折角助かったのに、死にたいの?」
蓮は、刀を抜き、いつでも動けるように構えた。
つまり、いつでも殺せるという合図でもある。
「僕は、死ぬつもりはない。けど、兄さんに負けたまま生きていくなら死んだ方がましだからね…」
すると、蓮は少しだけ笑った。
そう言うと、思っていたよ。さっきの闘いも死なないように加減したからね。
だって、君は僕のことを憎んでるだろうからね。
「だって、僕は、君の温もりを奪ったからね」
高笑いをしながら、雪村蓮はそういい放った。
だが、雪村進一はそんな挑発には、応じなかった。
「確かに、僕が兄さんに挑むのは仇討ちでもある…けど、一番はこれ以上何も奪われない為に!、ようやく手に入れたこの温もりをあんた何かに奪われてたまるか!」
早苗とあゆなは、普段の雪村進一との違いを見せつけられ、少し驚いていた。
「まぁいいけどね、工藤さんもう少しだけ弟と遊びます」
工藤は、鋭い目付きで雪村蓮を睨み付けた後、こう言った。
「好きにしろ…だが、黒崎龍平は俺が貰うからな」
すると、雪村蓮は笑顔で「どうぞ」と答えた。
再び、兄弟の闘いの幕が開いた。
そして、ちょうどそのときだった。
ある一つの闘いが終わりを迎えていた。




