第4章 幕間 『夢で見た光景と一人の少女』
夢を見る。
見た記憶はないのに、自分の何かに強く残っている。
そんな光景を、彼は見ていた。
辺りを見渡せば、無数の花が咲き誇っていた。
とても綺麗な光景だ。
更に、その美しさを最も表していたのは、その花達の中央に力強く立っている一つの大木だった。
その木は、とても太かった。
その大きさに負けないほどの美しい桜がそこには咲き誇っていた。
「綺麗だね…」
声が聞こえた。
とても綺麗な声だ。
櫻子でもなく、葵でもない、誰か分からないけど
その人の声には聞き覚えがあった。
声のした方に振り向くと、彼は驚いた。
声の人物の全体像がボヤけていたのだ。
唯一分かることは、その人物が女であることだけだ。
「やっと会いに来てくれたんだね」
ボヤけていて、よくは分からないけど一つだけ分かる。
この人は、きっとこの光景と力強い桜にも負けないほどの美しさを持っている人だと。
会ったこともないのに、見たこともないのに彼はそう断言できた。
彼は、彼女と話そうとしたが声が出なかった。
「長かったよ。たった一人でここにいたからさ」
彼女は、話しの続きを始めた。
自分も彼女に向かって何かを発したいのに、何も出来ない。
「龍平は、どうだったの?」
そう聞かれてしまった。
俺は、大変だった…
そう言いたいけど、言葉を届けることは出来なかった。
それでも、何かを伝えたかった。
彼女には、例え命を失うことになってでも何かを伝えたい。
そう強く思ってしまった。
言葉で伝えられないのなら、別の何かで伝えるしかない。
龍平は、彼女の元に歩み寄り、彼女を抱き締めた。
この行動に自分のどんな想いを伝えたいのかはよくは分からない。
けれど、これで正しいと思った。
そのまま、彼女も自分の腕を彼の背中に置いた。
「辛かったよね…葵ちゃんもいなくなっちゃったもんね。ごめんね、そんな時にいられなくて」
そんなことはない!
そう叫びたい。
貴方の方が、きっと辛かった筈だから。
初対面の少女の何を自分は知っているのだろう。
何も知らないのに、知ったようなことを言うのは良くない気がした。
「龍平が、交わしてくれた約束…あれ、嬉しかったよ。でも、もういいの…君はもっと、自由に生きてほしいよ」
そんな寂しいことを言わないでほしい。
どうして伝えられないんだ。
こんなにも想いを届けたい相手が、自分が触れ合える距離にいるのに、自分は何もすることが出来ないんだ。
「また、眠っちゃうの?」
この問いだけは、こたえることが出来た。
「貴方の側で、僕はずっと眠りにつくよ」
誰だコイツは。
分からない、分からない、全てが謎だ。
けれど、今から言う言葉は分かっていた。
「俺は…」
言い切った後、そのまま意識が引っ張られていった。
遠い、昔の自分へ。




