第4章 38話 『最悪の能力』
「お前もお前で、結構ツメが甘いな」
自分の作戦が見事に成功したことに彼は、満足していた。
櫻子と別れる前、彼は彼女にこう言っていた、
「自分が合図したら敵を射て」と。
『なるほど…分かったよ。誰が射ったのか』
ミゼルは自分に傷を与えた物を見て理解した。
そして、彼女が二度と狙撃することはないことも。
『賢い君のことだ、一発当てたらもう射つなって言ってあるんでしょ?』
「さぁな、もしかしたら言ってるかもな」
『本当に君は、面白いな』
不思議とミゼルは黒鬼と出会った時と同じような感覚を味わっていた。
『さて、そろそろ本気で行くよ。これ以上君と闘っていると、君を殺せなくなりそうだ』
「出来たら通して欲しいけどな」
そんな龍平の願いが叶うことはなかった。
ミゼルは大鎌を構えながら距離を詰めてきた。
「ヤバイな…あの大鎌の切れ味はヤバイからな。何とかしてこっちの間合いで勝負しねぇと」
龍平は、ミゼルの間合いになる前に走り出した。
真っ直ぐ、そのままミゼルに向かって行った。
『何を企んでるかは分からないけど、これで終わりだね』
ミゼルは龍平が自身の間合いに入ったことを確認し、大鎌を横に振るった。
龍平に当たれば恐らく上半身と下半身が見事に二つに別れるだろう。
だが、大鎌の刃が龍平に当たる直前、ミゼルの視界から龍平の姿が消えた。
『ど、どこだ…』
「ここだよ…」
声が聴こえた所を見ると、そこに龍平はいた。
大鎌の刃が龍平に当たる直前に、彼は身を屈めていた。
鬼化して身体を強化した人間でも、ミゼルの速さに対応するなど容易ではない。
だが、龍平の能力はそういった見切ったりすることにおいてはかなり優れていた。
そのまま龍平は刀を振るった。
ミゼルは大鎌を振るったせいで体勢が一瞬だけ崩れ防御が間に合わなかった。
龍平の刀が当たった衝撃でミゼルは骨が数本へし折れそのまま壁に打ち付けられようとしていた。
「これで、終わりじゃねぇよ。櫻子!今だ!」
「<風の龍よ、彼の者を撃ち穿て>」
何処かから放たれた二頭の龍がミゼルの身体を貫いた。
ミゼルは為す術なく壁に打ち付けられた。
この時のミゼルはかなりの重傷だった。
肋骨が折れ、内臓の方にも傷が付き、最早動ける身体ではなかった。
『はぁ…はぁ…参ったよ君たちのことを舐めていたよ』
「俺は、お前をずっと警戒してるからな…」
龍平は、先程の大量の死体を見たときからミゼルへの警戒をしていた。
あの大人数を殺せるのはかなりの強者だと認識していたからだ。
実際にその通りだが、龍平はここで一つ可能性があることに気付いていなかった。
思考の停止と言えるのか、それとも思考の放棄とも言えるのか。
とにかく龍平は、見ておかなければならないものを見忘れていた。
自身の大きな過ちに彼が気付くことになるのは僅か数時間後だった。
『そうか…だったら…こっちも本気で行こう…
<重さよ、全てを無に帰せ>』
次の瞬間、今度は龍平の視界からミゼルが姿を消した。
最大限の警戒をしていたが、先程の一撃を入れたせいでその警戒が少しだけ緩くなっていた。
そして、緩くなった所を突かれてしまった。
「今度は、どこから来るんだよ…」
『ここからだ…』
声が聴こえた所を見ると、ミゼルは龍平の頭上にいた。
天井に届くかギリギリの所まで彼は跳んでいた。
そのままミゼルはこちらに向かってきた。
落下した勢いで大鎌をこちらに叩きつけようとしていたのは明白だった。
「そんなもん、防いでやる…」
ミゼルの大鎌が龍平を叩きつける直前、彼は刀を振り上げ、それを防ごうとした。
だが、龍平は攻撃を防げなかった。
刀が当たった瞬間、彼は異常な重さを感じた。
ミゼルの大鎌の重さが軽く1トンは下らない重さになっていた。
「ありえねぇだろ…ま、まさかミゼルの能力って」
そのままミゼルに押し潰されそうになり、龍平は大鎌を弾きそのまま後ろへ跳ぼうとした。
弾いた瞬間、ミゼルの大鎌が床に当たり、大鎌を中心とした大きな窪みが出来た。
「マンガじゃねぇかよ」
『逃がさないよ』
ミゼルは、大鎌を龍平に押し当てた。
当たった衝撃は強く、まるで大型トラックに跳ねられたかのような衝撃だった。
そのまま今度は、龍平が壁に打ち付けられた。
『形成逆転だね』
今度は、龍平の方が重傷だった。
肋骨はほぼ全てバキバキに折れており、内臓は二、三箇所破裂していた。
だが、不思議と死の予感はなかった。
龍平の鬼の能力で彼はある程度回復しようとしていた。
『さてと、君が完全に回復する前に君の首を斬り落とそうかな』
龍平は、時間を稼ぐため喋りだした。
「ミゼル…てめぇの能力が今やっと分かったよ」
『ようやく気付いたんだ…』
「お前の能力は、自分若しくは自分が触れている物の重さを変える能力だろ?」
それが、ミゼル・アルト・バーナードの二つ目の能力だった。
『どうして、分かったの?』
「まず、お前がその重たそうな大鎌を片手で振り回してた所が疑問だったんだよ。それで俺は二つの可能性が出てきた」
『二つの可能性?』
「一つは大鎌そのものがめちゃくちゃ軽いのか、もう一つは、大鎌本来の重さを変えているのか。その二つが出てきたよ。それで、さっきの落下の時の衝撃で確信したよ、お前は能力で重さを変えているってな!」
ミゼルは反論することなく、龍平の答えを認めた。
『その通りだよ…本当に君には参るよ…』
もう一つ龍平は、聞きたいことがあった。
「なぁミゼル…その能力はお前が元から持ってた能力か、それか黒鬼から貰った能力なのか?」
『驚いたな、まさかセカンドの存在を知っていたなんて』
黒鬼十師団の一番から四番の四人には黒鬼から信頼の証として、一つ能力を与えられる。
それがセカンドと言われている。
龍平は、以前元黒鬼十師団の男と闘いその事を教えられていた。
その闘いが語られるのは後の話しだ。
「で?、どうなんだよ?」
『普通なら答えなくていいけど、君との勝負をフェアにするために教えてあげるよ。今まで使っていたのは黒鬼様から貰ったセカンドの能力だよ。僕、本来の能力じゃあない』
「お前、何か口調が変わったな」
『肩の力を抜いたんだよ、今は黒鬼様がいないからね、さてと時間稼ぎはこのくらいにしてそろそろ君に止めを刺すよ』
やはり、勘づかれていた。
龍平の傷は六割程は治っているが、まだ動いていい段階ではない。
「しゃあねぇな、こっちもこっちで秘策を使うとするか…」
『無駄だよ…大人しく死を受け入れろ』
「お断りだ!、てめぇに俺死に場所を決められてたまるかよ!」
『そうか、せめて苦痛なく死なせてあげるよ』
「<共鳴発動>」
そう言った次の瞬間、龍平はミゼルの視界から姿を消していた。
そして、次にミゼルが龍平を視界に捉えた時には既に龍平の拳が目の前に迫っている時だった。
「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」
仮面で護っている顔面ごと潰す勢いだった。
ミゼルはそのまま吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。
そのときの衝撃は、先程とは比べ物にならずミゼルが当たった瞬間、建物そのものが傾く程の衝撃だった。
「はぁ…はぁ…、もうこれで終わってくれ」
だが、そんな龍平の願いが届きはしなかった。
打ち付けられた壁から、ミゼルは立ち上がっていた。
『また、油断したよ…本当に君には驚かされるよ…』
ミゼルの口調に怒りと殺意が混じっていた。
先程までの穏やかさは消え、本来のミゼル・アルト・バーナードが姿を現していた。
「もう一発ぶちこんでやる!」
急いでミゼルとの距離を縮めようとしたが、無情にもタイムリミットがやって来てしまった。
『時間切れです』
龍平の刀からそう発せられた。
次の瞬間、龍平は姿勢を崩した。
『なるほど…制限時間付きのパワーアップか』
そう、それが龍平の刀に取り付けられた機能の中で最も重要なものだった。
その機能は、共鳴機能と呼ばれている物だった。
使用者の周りにある鬼の波動を感じとり、その数と強さが多ければ多いほど使用者に力を与えることが出来る夢のパワーアップ機能だ。
しかし、この機能はまだ完成前の試作品だった。
まず、これを使えば身体が急激なパワーアップに耐えきれず、崩壊する危険性がある。
もう一つ、この機能には制限時間と制限回数があった。
1日に二回しか使えず、一回につき三分しか利用出来ないのだ。
龍平の鬼の能力の再生力ば他の能力よりも強いのでこの機能で起こる身体の崩壊には耐えきれるので試験的に彼の刀に取り入れた機能だった。
『使った後は、暫く動けなくなるんだね?』
事実だった。
身体の崩壊を防げるが、その後やって来る筋肉痛だけは防げなかった。
「や、ヤバイな…」
自分に近付いてくる死を彼は初めて感じ取った。
今までにも、こんな経験を多くしているが、その中でも今が一番死に近付いていた。
『君には、僕が本来持っている能力を見せることなく君を殺すのが惜しいよ…』
「そ、そうかよ…だったらそれを見せてくれよ」
『これから死ぬ君にそれを見せても意味はないだろ?』
ミゼルは、龍平の首筋に大鎌の刃を押し当てていた。
『君と闘えたのはとても楽しかったよ。僕は君を忘れないよ』
「そうかよ…」
ミゼルは、大鎌を振り上げ、龍平の首を切断しようとした。
だが、工場に銃声が響き渡った後、ミゼルの腕に数ヶ所の穴が開いた。
「龍平!、ごめん!、遅くなったけど援軍が来たよ!」
櫻子の声の方向を見ると、12人の討伐隊員が駆けつけてくれていた。
内訳は、赤が7人、青が5人だった。
『黒崎…龍平…少しだけここで待ってて、君に僕本来の能力を見せてあげるよ』
振り上げていた大鎌を下ろし、彼らの元へと向かった。
櫻子には直ぐに離れるように指示を出していたので彼女は急いで離脱していた。
『さてと、久しぶりだな。僕本来の能力を使うのは、<………………………………>』
何かを呟いていた。
龍平や、他の隊員には何を呟いていたかは皆目検討がつかなかった。
「ふん!、この人数を相手に一人で突っ込むとは、師団もやきが回ったのか、青山隊!奴を仕留めるぞ!」
「おう!」
青山隊と言われた12人の動きには無駄がなく、統率されていた。
これなら何とか勝てるかもしれないと思っていた。
『無駄だよ…君たちだと僕には勝てない…』
隊員の一人が、ミゼルに突っ込んで行った。
その一人は赤だったので、部隊の中でもかなりの実力者だった。
「これで、お前も終わりだ!」
隊員の刀がミゼルに当たる直前だった。
その隊員の様子が可笑しくなるのは。
「な、何だ、こ、これ…ありえない…こんなのありえ…な…い…」
そのまま隊員はその場に倒れた。
その隊員だけではなく、他の隊員までそのような反応を見せていた。
「な、何だこれ、く、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…」
どうやら攻撃されたものにしか見えない何かがあるらしい。
そして、そのものに攻撃された者は全員白目を剥いて倒れていた。
「どうゆう能力だ…触れたものを気絶させる能力か…」
どんな能力か、さっぱり分からなかった。
そのまま隊員はやられ続け、残すところは隊長一人となった。
「部下の敵だ!」
隊長は両手に銃を持ち、そのまま連射した。
それをミゼルは片手で捌いていた。
弾が切れるまで撃ち続け、とうとう弾切れを起こした。
『無駄な抵抗は止めた方がいいですよ』
「だ、黙れ!、貴様らを殺すのが私たちの任務だ!」
『そうですか、お疲れ様です』
ミゼルは大鎌を隊長の手前で振るった。
ミゼルの大鎌が当たった訳でもないのに、隊長は他の隊員同様に倒れた。
『もう会うことはないね』
「一体、何の能力何だ…」
ミゼルは触れていないのに、何人もの隊員を戦闘不能にしていた。
そして、一番不可解な現象が起きていた。
「何で、やられた奴全員から鬼の波動が消えたんだ…」
鬼の波動が消えるということは、鬼の能力が消えたと言っても可笑しくはないことだった。
『人は、何を原動力にして生きていると思う?』
突然、ミゼルが語り始めた。
『人の原動力何て、人それぞれだと君は思うだろうね。好きな異性や、家族、お金など、人の原動力何て幾らでもある』
だが、ミゼルはある一つの答えを言った。
『でも、僕は違うと思う。人の原動力は記憶だよ。お金が原動力の人は、お金に良い思い出があるから原動力になっている。好きな異性が原動力の人は、好きな異性との思い出があるからだ。こう考えたら人の原動力は記憶だと僕は思うよ』
「何が言いたい?」
『つまり、人を動かしているものを、その人から奪ったら人はどうなると思う?』
その時、龍平は全てを理解した。
ミゼル・アルト・バーナード本来の能力の恐ろしさを、セカンドの能力など可愛い物だ。
「お、お前の能力って…」
『そう、僕の能力は、人の記憶を奪う能力だ』
最悪の能力だ。
彼らが倒れた理由は、記憶は奪われたからだった。
「お前、あの人達の記憶は奪ったのか?」
『奪ったと言っても、全ては奪ってないよ。流石の僕も廃人にするのは嫌だからね。鬼化した所の記憶と鬼化した原因を消しただけだ』
実質、鬼化した人間を無力化させる最悪の能力だった。
鬼化した原因とはつまり、鬼化するきっかけの人を指すのだろう。
鬼化したきっかけに人が絡んでいたら、その人の記憶を失ってしまうということだ。
「最悪だな…」
『よく言われるよ、<我が鬼よ、彼の者の記憶を喰い尽くせ>』
攻撃の対象が自分に向けられた時、それは姿を現した。
「な、何だコイツは…」
ミゼルの大鎌から現れた、それは人の形をしてはいなかった。
地球上には存在しないであろう、その禍々しい物体は、言葉で表すことは出来ない。
異形な物体だ。
仮に、化け物と呼ばれる類いの物がいるとすればコイツのことを指すのだろう。
獣のような顔と二本の角。
身体は、黒い法衣を纏っているため見えないが、そこから出ている腕は獣の腕はなく、掴まれば人間など卵を握りつぶす感覚で殺せるであろう異形な大きさをしていた。
その二本の腕はミゼルが使っている大鎌のより三倍大きい大鎌を使っていた。
「コイツは、一体何なんだ?」
『僕にもよくは分からない。けど、僕の言うことには従ってくれるんだ。僕はコイツを記憶の番人と呼んでいるよ』
「相応しい呼び名だな」
『ありがとう…さぁ、食事の時間だ』
記憶の番人の禍々しい腕が龍平の記憶を喰らうために伸ばされた。
その速度は普通の人間とそんなに変わらないが、今の龍平だとかなりキツかった。
「くそ!、まだ筋肉痛なんだよ」
辛うじて動ける。
だが、治りきっていない筋肉痛がかなり辛い。
更に、所々肉離れを起こしているので立っているのでやっとだ。
番人の腕が龍平を掴もうとしたその時だった。
「させない!、<風よ、彼の化け物を貫け>」
風、纏った矢が化け物の腕を貫いた。
そのまま、強い突風が吹き化け物とミゼルは少しだけ後ろへと飛んだ。
その隙に彼女は龍平の元へと駆け寄った。
「龍平!、大丈夫?」
「な、何とかな。とりあえず逃げるぞ…」
櫻子の肩に捕まり、逃げようとした時だった。
化け物の大鎌がこちらに迫ってきていた。
刀で防ごうとしたがら大鎌は刀をすり抜け櫻子の首もとに迫っていた。
急いで櫻子の身を屈めさせ、それをかわさせた。
「そ、そんな…さっき腕を貫いたのに…」
『無駄だよ、番人にはこちらからは干渉出来ないよ』
つまり、逃げ回るか、ミゼルを殺すのどちらかをしなければならないのだ。
現状だと、どちらもかなり厳しい。
「櫻子、奴の狙いは俺だ。俺が時間を稼ぐからお前は逃げろ」
「に、逃げないよ!、私が時間を稼ぐから龍平が逃げて!」
「そんなん出来るか!」
強引な策だが、櫻子を抱き抱え一緒に離脱するしか方法はないらしい。
『逃がさないよ』
番人が再び迫ってきていた。
龍平は刀を構え、ミゼルの元へと行こうとしたが、番人の動きが自分ではなく他の誰かを狙っているような動きだったので、直ぐに狙いが分かった。
「クソ野郎…」
番人の腕が櫻子に伸びていた。
今から逃げるのは時間的に間に合わないので、彼は自分が盾になることを選んだ。
「ちくしょ…」
「龍平!、そ、そんな私をか、庇って…」
櫻子は、泣きそうなのを必死に堪えていた。
今、泣いたら彼の負担が大きくなることが分かっていたからだ。
「さ、最悪だな、この感じ」
番人の腕がどんな感じかは分からないが、貫かれている感覚は感じていた。
そして、自分の中の大切な記憶に触れられているのも感じていた。
「さ、櫻子…逃げろよ…」
今の自分には、これぐらいしか出来ない。
自分の無力さが憎い。
『さようなら黒崎龍平。<記憶を喰らえ>』
そして、龍平の中から坂本葵に関する記憶が抜けていった。
つまり、鬼化した理由がなくなり、鬼の能力が消えていく。
「<起動しろ、神殺し>」
誰にも聞こえない声で龍平は、そう呟いた。
崩壊が始まる。
僕を目覚めさせた罪人を僕は赦さない…
彼女との約束だ…
それを奪い去った奴を、殺してやる。
誰かの記憶が見える。
夢で見た光景だ。
さぁ、裁きの時間だ。




