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そらのそこのくに せかいのおわり Another side 〈Vol,2.5 / Chapter 06〉

 ホテル・グロリオサスの特別室で、ナイルは胸を揉んでいた。

「うっわ、こっちも本物だー。魔法で豊胸したとかじゃなくて? 素? 素でこのサイズ? なにそれヤバい。もうこれ犯罪レベルのエロ兵器じゃ~ん。デケェ~」

 真正面から胸を揉まれているのはゴヤである。制服の前を開けて、素肌で、両手で下から持ち上げるようにユッサユッサと揺さぶられているのだが――。

「あー……なんでッスかね? ナイルさんに揉まれても胸キュンしないの……」

 先ほどまで全身をベタベタ触られていたベイカーも、真顔で答える。

「嫌いじゃないけど、そういう対象として考えられないの、ごめんなさい……という言葉の真意が分かった気がする……」

「拒絶する必要性は感じないんスよね~。なんか、こう、自然に受け入れちゃうんスけど……微塵もときめかねーッス」

「むしろ、これだけ揉んでいるのに何も感じさせないのはある種の才能だと思う」

「ナイルさんマジ天才。パネェ」

「真顔でセックスして淡々と会計するコールガールの気持ちが理解できました。ありがとうございます」

「ねえちょっと待って! なに? 俺、そんなに魅力ない⁉ ほどほどにイケてるほうだと思ってたんだけど⁉」

「あ、はい。ほどほどです……よね?」

「ほどほどッス……かね?」

「ほどほどにイケてる感じで……」

「ほどほどにいい人? 的な? いい人っぽい雰囲気だよね~……みたいな?」

「なんでそんなビミョ~な疑問形なの⁉」

 元が男である分、純度百パーセントの女子に罵倒されるよりキツイ。あまりのショックに、ナイルの脳内には、若かりし日の出来事が走馬灯の如く甦る。

 告白してもフラれ、付き合えたとしてもプロポーズは断られ――嫌われているわけではないのに結婚には至らず、結局独り身のままアラフォーに突入。そしてこれまで付き合った女子全員に言われているのが、「いい人なんだけどね~」という言葉。

 去り際に言われるその一言を、まさか後輩の口から聞く日がこようとは。

 ナイルは涙目で問いただす。

「ホンットにもう、それっていったい何⁉ な~ん~な~の~さぁ~っ! ナイル君っていい人よね~とか、一緒にいるとなんか落ち着く~とか……それって何⁉ プラス評価じゃないの⁉ 『付き合ってもいいよ♪』って遠回しに言ってくれてるんじゃなかったの⁉ イケそうなのに告白すると断られるのなんで⁉ どういうことなの⁉ オンナノコの思考がまったく全然これっぽっちもワカラナイ!」

 ダイナミックな身振り手振りを交えて嘆く先輩に、後輩たちは率直に告げる。

「分かりやすく言ったら、ほら、アレっすよ。野良猫」

「適当に餌をやれば懐くし、触ると暖かくて気持ちいいが……」

「自分ちで飼うほど好きじゃねえし金かかりそうだしなぁ~、責任とか取りたくないし、世話も面倒そうだしなぁ~、ってやつッス!」

「ま……まじか……マジで俺、飼うほどでもないレベルの野良猫……?」

 イエネコのオジサンは、ショックのあまり膝から崩れ落ちた。

 しかし先輩のメンタルをボコボコにした後輩たちは、まったく悪びれることなく続ける。

「あ、でも、同じ野良猫でもシアンは別だよな。飼うとか飼わないとか、そういう対象ではなくて……」

「隊長! シアンさんは野良じゃなくて野生ッス! ほら、同じ風属性でも、団体行動大好きなロドニー先輩とはなんか違うってゆーか……孤高の存在? みたいな雰囲気が野性っぽいんス!」

「分かる! 普段淡々としてるのに、急にワイルドになるところとか!」

「あの絶対に飼いならせない感じがカッコイイ!」

「やだ! ヤバい! 今なんか『トゥクン』ってなった!」

「超ワカルゥ~! マジでときめくぅ~!」

「え? どうしよう? もうこれ、恋だよね……?」

「……やっちゃいます?」

「ロドニーは同じ隊の仲間だから、後々不都合が生じそうだが……」

「シアンさんなら、ワンチャンあるッスね……」

「ならば俺が気を引きつつ、シアンの両手を押える。お前はその隙に……」

「はい。後ろから《緊縛》で……」

「いやいやいや! ちょっと待って! それって何の話⁉ やっちゃうって何が⁉ ワンチャンなんてないからね⁉ 変な好奇心だけでオジサンの下半身狙うのやめてあげて⁉ てゆーかホントどうしたの君たち! なんかいつも以上に脳細胞ぶっ飛んでるよ⁉」

「え? いつも通りだが、何か?」

「全然フツーッスよ?」

「普通じゃないよ! ってか二人とも、いいかげんおっぱい仕舞いなさいって!」

「えぇ~? 自分で見せろって言ったくせにぃ~?」

「急に真面目ぶるとか超ウザいんスけどぉ~?」

「オジサンまじウザ~い。ありえな~い」

「あのぉ~、サービスのつもりだったんスけどぉ~、やっぱりお金請求していいッスかぁ~?」

「え……なに? なんなの? その、若干質の悪い女子高生みたいなノリ……」

 我が上司殿は、この二人にどんな薬を飲ませてしまったのか。ただの女体化ではない気がする。

 すっかり耳が下向きになったイエネコは、ビクビクしながら突入準備を進めた。

 この二人を率いて、ゾンビのいる客室に強行突入せねばならないのだ。事前の情報では、伯爵は使用人の男以外に警備兵四名の宿泊を申告している。その四名の戦闘能力がどの程度のものか、また、ゾンビそのものに戦闘プログラムが組み込まれているかなど、一切の情報が無い。現場で戦いながら判断する必要があるのだが――。

「あ、あのさ。一応確認しておきたいんだけど……二人とも、体が女になってるってことは、戦闘能力も落ちてるんじゃ……?」

 女性の筋力と同等まで落ちているのか、中身は男のままなのか。まったく未知数な女体化という現象に、ナイルは慎重な姿勢を見せる。

 しかし本人たちは、気にも留めていないようだ。

「たぶん大丈夫だと思う」

「きっと何とかなるッス」

 あ、これ、絶対に変なトラブルが発生するパターンだ――そう思ったナイルであったが、それを言ったところで、今の二人には通じそうにない。

 やむなく、別の質問に切り替える。

「じゃ、じゃあ、魔法は使える? いざ戦闘ってときに、やっぱり使えませんでした~、って言うんじゃ困っちゃうでしょ?」

「確かに」

「やってみるッス」

 二人はそれぞれの得意技、《雷火》と《火炎弾》を使ってみた。いずれも雷と炎の攻撃魔法の中では、初歩中の初歩と言える呪文なのだが――。

「……出ないな?」

「《鬼火》も《鬼哭》も発動しねえッスよ?」

「念のため試してほしいんだけど、魔弾は?」

 魔弾、すなわち魔導式短銃は、使用者の魔力を高純度のエネルギーに変換し、弾として射出する。魔法の力をすべて失っているのであれば、この銃も使えないはずである。

 ゴヤとベイカーは銃を抜き、魔弾《ティガ―ファング》をコール。エネルギーチャージが開始されるはずなのだが――。

「……チキチキって言わないぞ?」

「音声認証自体、クリアしてないんスかね?」

「あ、そうか。俺たち女になっているから、声も変わって……」

「別人って判断されてるっぽい……?」

 ナイルは目頭を押さえた。先ほどのメンタルショック以上に泣きたい。要するに、今、この二人は『ただのオンナノコ』なのだ。戦力としてあてにする・しない以前に、連れて行くだけ足手まといになる。

「……セルリアン……いったい何を飲ませたんですか……」

 この場にいない上司への恨み言。言ったところで状況は好転しないが、言わずにはいられなかった。

「えー、じゃあ、ナイル一人で突入ー? 一対六とか、ありえなくなーい?」

「マジヤバーい。それって無理ゲーじゃね?」

「もしかしてー、もう会えなくなっちゃったりー?」

「うわ、かなしー」

「お悔やみ申し上げますー」

「隊長それ超ウケる」

「いや……なんかもう、君たち話し方も変わってない? ホント大丈夫? ってゆーかおじさん年甲斐もなく号泣していい?」

「あ、はい。どーぞー」

「可哀想だからー、生きて帰ってきたらヤラセてあげるかもしんなーい」

「えー、ガッチャンそれ超サービスじゃんもったいなーい」

「つーかただでヤラせるわけないしー。ちゃんとお小遣いちょーだいねー?」

「騎士団内援助交際とかマジウケるー」

 誰かこいつらを止めてくれ。心の底からそう思ったナイルだが、女子高生化した後輩たちは止まらない。

 常日頃からぶっ飛んだ作戦しか立てないことで有名なベイカーは、いつも以上に宇宙的な意見を述べ始めた。

「てゆーかぁ、ゾンビのくせに綺麗な顔してちゃんと動いてるとかぁ~、反則じゃなーい? ゾンビはゾンビらしく『あー』とか『うー』とか喋らせないとぉ~、ゾンビモノとして失格だと思うのー」

「あー、それ超ワカるぅ~」

「でしょでしょ~? だからぁ、まずはこっちがゾンビ量産してぇ、向こうのゾンビと戦わせればいいんだと思う~」

「隊長サイコー。それゾンビ映画的に超ジャスティス~」

「ゾンビ対ゾンビにして~、グッチャグチャにして~、それからナイルが伯爵助けるフリして突入すればいいと思うなぁ~」

「マジイケてるー。変態捕縛しつつー、本物のゾンビのこと有耶無耶にしてー」

「そのような禁呪符が存在すること、現在使用中の貴族がいること、かつてこの部屋にいたこと……すべてを一度に、闇へと葬る。どうだナイル。『ゾンビに見えるゴーレム』を量産するくらい、お前なら容易かろう?」

「え? ええ~っと? ゾンビ風ゴーレムで……えぇ~?」

 突然通常モードに戻ったベイカーに、ナイルの反応は追い付かない。

 確かに、ゾンビのような外見のゴーレムを作ることは可能だ。ナイルは『手品師』と称されたほどの呪符使い。通常のゴーレム呪符も、アレンジ次第でどんな姿にも変えられる。

 しかし、それを問題の部屋に突っ込ませるというのは、相当の無理がある。まず、こんな超・高級ホテルのどこからゾンビが発生したことにするのか。宿泊客は貴族のみ。高度な魔法教育を受けた者ばかりだし、本人に魔法の才覚が無い場合は、お抱えの上級ウィザードが随伴している。半端なゾンビもどきは一目で看破され、出所は即座に突き止められるだろう。

 ホテルのスタッフは幽霊騒動を知っている。この部屋を借りていた家に、あらぬ疑いがかけられるかもしれない。

 他の宿泊客にもゴーレム巫術を得意とする者がいる。そちらが疑われてしまう可能性もある。

 気味の悪い事件が起これば、ホテルの信用に瑕がつくことは避けられない。

 それに、今の自分は隠密行動をしていない。堂々と身分を明かしたうえでホテルに立ち入ったし、その様子を他の宿泊客にも目撃されている。生半可な策を弄すれば、騎士団と、その『所有者』である女王の名に傷がつくかもしれない。

 君たちがゾンビ映画ファンなのはわかっているけれど、ちょっと待ってくれ――そう言おうとしたナイルを制し、ベイカーは不敵に言い放つ。

「まず、基本的な設定はこうだ。リベレスタン伯爵に、大変危険な禁呪符を売ろうとした売人がいた。あまりにしつこいので、伯爵はその売人から逃れるために中央へ来た。そして念のため、自分の屋敷ではなく、警備の厳重なこのホテルに宿泊。しかし、そうとは知らない売人は身分を偽り、屋敷を訪問。そこには、何も知らずに旦那を追ってきた伯爵夫人がいた。旦那が留守ならこの小娘をと、売人は伯爵夫人に対し、脅迫じみたセールスをおこなって……どうだ? なんとなく、見えてくるだろう?」

 話を聞くうちに、ナイルの表情はどんどん険しくなっていく。

 シアンが伯爵夫人を訪ねた事実。

 ベイカーは、それを利用しようというのだ。

「つまり、シアンは騎士団員に化けた『禁呪符の売人』で……」

「俺とゴヤは、夫人から通報を受けてホテルにやってきた総務の女子職員だ。さあ、お前がワルイヒトだったら、これからどうする? 商談は失敗して、騎士団に通報されてしまった。早く逃亡しないといけないが、伯爵は騎士団員に化ける前の、本当の顔を知っているぞ? うちの総務部に美大卒の似顔絵描きがいることは、けっこう有名な話だよな? 護衛の戦闘員でも、捜査に当たる特務部隊員でもない女子職員二人が伯爵に面会するんだ。これは当然……」

「手配書を作成するための、モンタージュ作り……って、ちょっと、あの……サイト? 君、脳ミソちゃんと働いてたの⁉」

 さっきまでのド底辺高校のJKぶりは何だったのか。すっかり騙されたと思ったナイルだったが――。

「はぁ? なにそれオジサン超失礼だしぃ~」

「え?」

「マジありえな~い。ガッチャンじゃないけどさぁ、慰謝料請求していい? 慰謝料」

「うちの隊長ディスるとかマジ最低。精神的苦痛感じまくったんでー、お金くださーい」

「うわぁ……なに? 君たち、そのテンションのままなの? それがデフォルト? JK状態のまま作戦だけはキレッキレなの? やめてよそういうの……」

 扱いづらいことこの上なし。しかしながら、彼(?)の提案は極めて有効。この筋書きならば遠慮なくゾンビ風ゴーレムを突入させられる。なぜなら、それを作ったのは伯爵の口封じをもくろむ禁呪符の売人で、伯爵もこのホテルもただの被害者。最終的に騎士団は、貴族が反社会的勢力から禁呪符を購入した事実を隠蔽しつつ、ここで行われる戦闘行為を『表向きの活動』として公表できるのだ。


 特務と情報部の仕事は、国家が国家たりえる『秩序』を守ること。悪を懲らしめる正義の味方ではない。

 『事件の隠蔽』という文字列は、まるで悪行の片棒を担いだかに見える。しかし、そうではない場合も多い。広い目で見れば、『貴族のやらかしてしまった事』を隠蔽することで救われる者がいる。

 今回の件では伯爵家の家臣、領民、伯爵領で採れるサボテンやアロエを専門に商う商人たちだ。彼らは『リベレスタン伯爵』という旗のもとに集まった運命共同体。伯爵の悪行が世に知られれば、彼に仕える家臣らもまた、『悪の組織の一員』とみなされてしまう。もしも事が明るみに出れば、全国の新聞、雑誌社はこの件を面白おかしく書き立てて、風評被害を助長させるだろう。


 あそこの領主は人の死体をもてあそぶ変態貴族。

 あの土地ではそんな男を『ご領主様』と仰いでいた。

 そんな連中が作った物なんて、何が入っているかわからない。


 貴族のスキャンダル記事をきっかけに、これまで全国で、幾度となく巻き起こってきた不買運動。その都度、各地の村々で何の罪もない農民・漁民・狩猟民らが苦労を強いられてきた。このままでは、リベレスタン伯爵領でも同じことが起こる。

 農民たちがせっかく作った農産物も、他の土地に出荷できなくなる。

 どんなに苦労して獲ってきた肉や魚も、産地を聞いただけで買い手がつかなくなる。

 輸送や販売に携わる者たちも、仕事を失い、路頭に迷うこととなる。


 たった一人の『やらかし』で、数万人の生活基盤が崩壊する。それが貴族犯罪の、最も質の悪いところである。


 特務と情報部は、そんな事態を防ぐために活動している。だが、しかし。結果的に多数の国民のためになるとしても、『犯罪を隠蔽した』という一点のみを見て善悪を判断する者も多い。そのため、特務と情報部は常に細心の注意を払って行動している。特に『表向きの活動』として何を公表するかは、国民感情がどのような方向へ傾くかを計算しつくしたうえで決めねばならない。

 その点、今回の件は最適である。先ほどのベイカーの筋書きに則って行動すれば、今、同時に動いているシアンとコバルトもこの『お話』に組み込まれることになる。

 禁呪符の売人が逃げ込んだマフィアのアジト。そこを騎士団が強襲し、悪人どもを成敗ました――そう発表すれば、騎士団はめでたく正義のヒーロー。通報者である伯爵夫人は犯罪撲滅に協力・貢献した勇敢な貴婦人。伯爵本人は、適当な見せ場をでっちあげて名誉の戦死を遂げたことにしてしまえばいい。

 ひとつデメリットがあるとすれば、このホテルが、しばらく営業できなくなることくらいだろうが――。

(まあ、そこは保険会社から補償金も下りるだろうし……なんとかなる……のか?)

「さて、手品師さん? 詳細な段取りを決めようか?」

 こちらがメリットとデメリットを把握した頃合いに、絶妙な間を持って声を掛けてくる。まったくもって、侮りがたい男(?)である。

「ったく、本当にクソ生意気な後輩だなぁ、君は。これだけ人を焚きつけたんだ。君たちにも、けっこうハードな仕事を割り振らせてもらうよ」

「望むところだ」

「がんばるッスよ!」

 そう言った二人の瞳は、いつになく輝いていた。

 ナイルは思う。


 そうだ、これが特務の輝きだ。


 所属が変わって以来、こうして彼らと行動することも少なくなっていた。

 彼らは貴族と士族。平民階級の自分とは違う。情報部という名の牢獄に放り込まれることも、そこで最期を迎えることもない。彼らと自分は違う。自分には自分の、彼らには彼らの『生きる場所』がある。

 そう思っていた。

 いや、そう思うことで、この眩しい光から目を背けていた。

(……ったく……本当に……)

 不思議な気分だった。生まれつき恵まれた環境にいる彼らを妬ましく思う。その気持ちを自覚すれば、自分は彼らを、好きでいられなくなると思っていたのに――。

(なんで嫌いになれないんだろうな……)

 人の心とは、つくづくままならぬものである。

 光から目を背けて心を殺していれば、つらいことなど何もない。与えられた仕事をこなし、もらった餌で腹を満たし、いつか来る終わりの日までただ生きる。薄っぺらな作り笑いで自分に満足しているふりをして、自分の中にくすぶる本心をなだめ続けて――それでいいと思っていたのに。

(あーあ……駄目だこりゃ。もう、本格的に生き返っちゃったなぁ……。俺、こいつらと一緒に……)

 一緒に生きて、『未来』が見たい。

 無感動に働いて黙って死んでいくなんて、そんなのは性に合わない。

 泣いて、笑って、怒って、誰かを好きになって、嫌いになって、喧嘩して、仲直りもして――そんな当たり前の感情をさらけ出して、全力で生きていたい。今いる場所が監獄同然でも、心までは囚われたくない。最期を迎えるその瞬間まで、最高に楽しく、最高にバカげた生きざまを。

 そんな自分の本心が、胸に溢れて止まらない。

(……よし。それじゃ、まずは……)

 後輩たちに気付かれないよう、口の端だけで小さく笑う。

 ベイカーは分かって言っている。そう、これから始まる対戦は、まぎれもなく『生ける(ゾンビ)vs 動く死体(ゾンビ)』なのだ。

 後輩の、最高に最悪なユーモアセンス。これに応える手段はただ一つ。


 『手品師』として、彼らの前で完全復活を遂げることである。

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