第八話 偶然の再会
第八話です。よろしくお願いします。
家畜運送用の荷馬車に詰め込まれ、俺は闘技場のある帝都中央区へと送られた。旅の伴は鶏と豚だった。手足を縛られたまま荷台の揺れに翻弄されたり、檻から顔を突き出した豚に鼻を押し付けられたりと最悪な旅路だった。
リスタに蹴られた箇所はまだ打ち身特有の痛みを持っており、体が揺れるたびに痛む。
軽い拷問を受けながら苦痛と家畜の匂いに耐えること一時間弱。ようやく荷馬車が停止し、俺はモノのように馬車から降ろされ、足の縄だけ外されると、筋骨隆々のおっさんに連れられて、巨大な建造物の中へと足を踏み入れた。
「今日からここがお前の部屋だ。ここのルールについては同室のものに聞いておけ」
そういって放り込まれたのは三方向を厚い壁に覆われた牢屋のような鉄檻の中だった。俺の人生は檻の中ばかりだ。
ただ今回の檻は割と広く、中にはすでに四人ほど人がいた。おそらく俺と同じ剣闘奴隷なのだろう。
「よう、また会ったな。おまえさんは傭兵の」
四人のうち一人が、俺に声をかけてくる。よく見るとその男は奴隷として売られる前に入れられていた檻で話していた男だった。名前は……そういえば聞いていなかった。
「まさか、おまえさんも剣闘奴隷として買われていたとはな」
「いや、俺は普通の奴隷として買われていたんだが……」
買われた先の貴族の家で、執拗に殺されそうになって、結局濡れ衣を着せられて剣闘奴隷送りにされたことを話した。話しているうちにまた、リスタへの怒りがふつふつと湧き上がってきたが、この場ではどうしようもないので自制した。
「そりゃ、何というか、運がよかったな」
「は? どう考えても運が悪かったとしか言えないだろう」
「いやいや、奴隷の待遇にそこまでのものは求められないさ。むしろ貴族に殺されそうになって、生き残れただけでも幸運さ」
そういうものなのだろうか。やはり俺には基本的な教養が足りていない。奴隷の常識などにも疎すぎる。まあ、それでもリスタを許す気はない。いつか報復してやることは決定事項だ。
「そういえばおまえさんの名前を聞いてなかったな。俺はヘンリクって言う。おまえさんの名は?」
「俺はクロンと名乗っている」
「そうかい。よろしくな」
「こちらこそよろしく頼む」
それから俺はヘンリクにこの闘技場について話を聞いた。
ここでは基本的に数日から週に一回くらいのペースで試合をするらしい。その試合内容についてだが以下の五種類の中からランダムで決まるようだ。
・バトルロワイヤル
・一対一
・多対多
・対魔物
・特別ルール
この中で特別ルールというのはイベントみたいなものなのでそうそう行われることがないので気にしなくていいらしい。そして闘技場に来た者はまだ仮の剣闘奴隷という扱いで、まず最初にバトルロワイヤルで戦わされる。そこで生き残った者が正規の剣闘奴隷になることができ、一対一や、多対多、対魔物などの試合に出られるようになる。つまり、俺はまず、バトルロワイヤルで勝ち残らないといけないらしい。
「バトルロワイヤルで勝つととりあえず、正規剣闘奴隷になれるが、はっきり言ってバトルロワイヤルで勝ち残れるかは運要素が強い」
「それは、どういうことなんだ?」
「出場者数も出場者の強さも回ごとに全く違う。それでも勝者は一人きりっていう決まりだ。ちなみに俺の時は運がよかった。なんせ、五人だけだったからな」
「うまく立ち回ったわけか」
「そうゆうこと」
五人だとどうしても一人浮く。その状況をうまく活かして戦えれば、勝率もかなり上がったはずだ。ヘンリクにはそういったことをうまくやりそうな雰囲気がある。
「ちなみに正規剣闘奴隷になって三勝すると個室が与えられる。俺は後一勝で個室に行けるのさ」
「それはうらやましいな」
「それだけじゃないぜ。個室持ちになれば試合のエントリー時期も大体は自分で決められる。つまり死ぬ確率もぐっと下げられるわけだ」
「なるほど」
そこまでいけば、おそらく剣闘奴隷としては安泰なのだろう。
だが、俺が知りたいのはその先だ。
「どうすれば剣闘奴隷をやめることができる?」
「死ねば辞められるさ」
「それ以外で」
「となると、金をためて身分を買うか、試合で軍のお偉いさんに目をつけてもらって、軍に引き抜いてもらうかだな」
なるほど。記憶を取り戻すという目標を考えると、後者は自由が束縛されてしまうため好ましくない。となると身分を金で買うしかないか。
「いくらで身分を買えるんだ?」
「エルマ金貨で十枚だな」
「それはどのくらいでたまる?」
「そうだなぁ。正規剣闘奴隷からは試合毎に多くて銀貨十枚くらいもらえるから……百試合ぐらい勝てばたまるんじゃないか?」
「百……」
半年、いや、試合のペース的に一年でもきつい。しかも負けたら終わりということを考えると、体力や相性も考慮して慎重に試合を組まなければならないから、かなり時間がかかりそうだ。
「まあ、そんな先のことより今は次の試合を生き残ることを考えな」
「そうだな」
まずはバトルロワイヤルで勝ち残り、正規剣闘奴隷にならないと話にならない。そういえば俺はどのくらい戦えるのだろうか。実際に戦場に出ていた記憶はあっても、そこで戦った記憶はない。闘技場には剣闘奴隷用の訓練場があるらしいが、それは正規の剣闘奴隷にならないと使用できないらしい。つまりは自分の実力はわからないまま、ぶっつけ本番でどうにかするしかないということだ。
言い知れぬ不安を感じながら、俺は三日後、闘技場での初陣を飾ることになった。
帝都中央区闘技場、第564回バトルロワイヤル。
参加人数――30人。
次話の掲載予定は12月8日(木)の22時です。