第七十八話 サイロン公国へ
第七十八話です。
よろしくお願いします!
さすがに同じミスは犯さない。俺は学習をする男だ。
今日は背中にやたら柔らかい感触があり、しかも俺の胸の辺りは細い腕によって抱きしめられている。
間違いなくサヤが抱きついてきているのだろう。例のごとく寝ぼけて。
『これはこれで、なかなか気持ちいい感触じゃの』
俺の中に入っていると感覚まで共有できるらしく、イスカリオルが背中に押し当てられているサヤの思いの外豊かな双丘についての感想を漏らす。
『ちょっと振り返って、生で揉んでみぬか?』
「馬鹿を言うな」
『むぅ。べつに減るものでもなしによいではないか』
「それは、おまえが言うようなことではないだろ」
俺はイスカリオルの提案を却下して、サヤが起きてしまわないように細心の注意を払いながらそっと手を外す。するとサヤはぐずるような声を漏らした。そして、サヤの手が何かを探すように動く。
『お主のことを探しておるようじゃの』
「探してるのはたぶん俺じゃないだろう」
『ほう。何故そう言えるのじゃ?』
「昨日サヤは寝ぼけてお父様とか言っていたからな。きっと父親が恋しいんじゃないのか」
『なるほど。お主は寝ぼけた娘っ子に父親と間違われて抱きつかれておったわけか』
「たぶんな」
そして、抱きついていたこと自体の記憶はサヤにはない。だからこうしてサヤが目覚める前に離れて置いた方が面倒なことにならなくていいと思う。
どうせなら、今のうちに顔でも洗っておこうかと思い部屋を出た。そういえば浴場は泥水が出てくるんだったか。どこかに普通に水が出るところはないか。
宿のおばさんに心当たりを聞いてみようにも、まだ起きていないようで受付には誰もいなかった。少し待ってみても宿のおばさんが出てくることはなかったので、仕方なく外に出て探してみることにする――と、不意に袖口を掴まれた。
「……どうして」
か細い声に振り返るとサヤが俯いたまま俺の袖口を握りしめていた。
「……やっぱり、私といるのは嫌なの?」
「え……?」
「だから、黙って出て行こうとしていたの……?」
顔を上げたサヤは今にも泣きそうな顔をして俺のことを見つめてきた。よく見ると衣服は乱れたままで、上着すら着ていない。そんな時間も惜しんで、俺を探してここに来た様子だった。どうやらサヤの言動から察するに、目を覚ましてすぐに俺がいないことに気づいて、置いて行かれたのだと勘違いしたらしい。だが、
「べつに俺はおまえを置いていこうとは思ってないぞ」
「嘘よ! ならなんで、私に何も言わずに宿から出て行こうとしているのよ」
「そりゃあここは泥水しか出ないから、顔を洗うために近くの水場を探しに行こうとしていたんだよ」
「え……」
サヤがきょとんとした表情を浮かべる。
「そ、そうなの? 本当に?」
「それに俺の荷物は全部部屋に置きっ放しだったろ? さすがに荷物を置いたままどこかに行こうとはしないさ」
「あ……そ、それもそうね。私の勘違いだったみたい……」
サヤは俺が手ぶらなことに今気づいたようで、俺がサヤを置いて行こうとはしていないことを納得してくれたようだった。
「しかし、俺が少しいなくなっただけですごい慌てようだったな」
「う、うるさいわね! あれは……そう、あんたがいないと困るからよ。その、戦力的に」
「なるほど、戦力的にか」
「そう、戦力的によ」
サヤはそれだけ言うと顔を背けて、歩き出す。
「……顔を洗ったらすぐに戻ってきてよ」
「わかってる。すぐに戻る」
俺は宿を出てすぐのところにある水場で顔を洗うと、言われたとおりすぐに宿に戻った。部屋ではすでにサヤが身支度を整えて待っていた。といっても上着を着て荷物を持っただけではあるが。
「さ、早く行くわよ。ギルドの人たちに置いて行かれたら困るし」
サヤがすぐにでもギルドに向かう気満々で待っていたので、俺も急いで支度を済ませる。俺の準備ができたと見るや、サヤはすぐに出発するように俺を促して、宿を後にした。
ギルド会館に到着するとすでに多くのギルドメンバーが集まっており、しばらくするとダイナスが集まったギルドメンバーに向けて今回の依頼の説明を始めた。
「今からサイロン公国にあるアクナ城へ向かう。そこでサイロン公国軍と合流して魔物の討伐に当たる。ちなみに今回は『深淵の魔剣』連中がアクナ城に予備の武器を用意するらしいから、遠慮なく使い潰してしまえ。以上だ」
手短に説明を終えると、ダイナスは全員に出発するように促した。ギルド会館を出てすぐに、アルティリスから出る門へ向かう途中で『深淵の魔剣』のメンバーたちとも合流した。
両ギルド併せて二百人近い人数が街を歩いて行く様子はだいぶ威圧感があるなと思う。その証拠に街の人たちは自然と道を空けて、両ギルドのメンバーが行く先を邪魔しないようにしていた。
「なんか市民の皆さんに悪いな」
「そうね。ギルドのメンバーは身体がでかいのが多いから、いい迷惑よね」
サヤがそんなことを口走ると、周りのメンバー数人からギロりと睨み付けられる。
全く、相変わらず周りには喧嘩を売っていくスタイルなんだな。そんな態度ばかり取っているといつか問題を起こしそうではらはらする。
しかしサヤは周りから向けられる視線を特に気にした風もなく、無視して歩き続けた。
「そういえば、武器をあっちのギルドが用意してくれるのは助かったな。今使ってる剣は金がなくてまともに整備もしてなかったから、いつ使い物にならなくなるかわからなかったし」
「そうね。私のはまだ平気だと思うけど、いざという時に予備があるのはありがたいわね」
それから俺たちは行く先々で野宿をしながらひたすら歩き続け、五日目の昼間にようやくアクナ城へとたどり着いた。




