第七十二話 サヤの素顔
第七十二話です!
よろしくお願いします^^
しばらく浴場の外で待っているとサヤが出てきた。
「待たせたわね」
「いや、別に」
サヤは戻るわよと言って歩き出したので、俺もその後に続く。
「そういえば、浴場で何があったんだ?」
「栓を開けたら水じゃなくて泥水が出てきたわ。それで、驚いて……」
「さっきの悲鳴って訳か」
「そうよ。後で抗議しておかなくちゃ」
サヤは怒ったように頬を膨らませた。そんなサヤの仕草がなんだか幼い少女のようで、今までのサヤとは別人のように思えて驚いた。その視線をサヤに気づかれて、怪訝な表情をされる。
「何よ?」
「いや、意外と子供っぽいところもあるんだなと思って」
「た、たまたまよ!」
サヤは恥ずかしそうに顔を背けた。そのまま早足に歩いて行ってしまった。どうやら子供っぽいところは指摘されたくないことだったらしいな。
俺はため息を吐き、先を行くサヤの背について行く。
そして部屋に戻ると次なる問題が待ち受けていた。
すなわち、ベッドをどちらが使うかである。
いくらかび臭くて弾力の弱い寝心地最悪のベッドでも無いよりはマシである。
何せそれ以外の選択肢が、板が腐りかけた床の上で寝るしかないというのだから。
「当然私がベッドを使うわ。あんた床ね」
「馬鹿言うな。こんなところで寝られるか!」
俺たちは互いにベッドで寝る権利を主張し合う。
「この街にいる間、私はあんたのご主人様よ? ご主人様を床に寝させる気?」
「おまえは命を助けられた家来に対して床で寝るように強要するのか? そもそもここに泊まる金だって、俺がほとんど魔物を倒したから手に入ったんだろうが」
お互いに一歩も譲る気は無く、話し合いという名の論争は平行線をたどるかに見えた。しかし、そこでサヤが驚きの提案をする。
「わ、わかったわよ……。し、仕方が無いから、あんたもベッドで寝ていいわよ」
「は……?」
それってつまり、一つのベッドで一緒に寝るってことか。
「いや、それはさすがにまずいだろ……」
「わ、私は別に、構わないわよ。あんたは、ただの家来だし……」
「……そうか、俺はただの家来だもんな。何も問題ないか」
「そうよ。あんたはただの家来だから、な、何も問題ないわ!」
「あれか。俺はおまえの傍で護衛をしてると思えばいいわけだな」
「それよ! あんたは私の護衛。だから仕方なく私はあんたを傍で寝させるのよ」
なんだこの建前の羅列は……と思ったが、ベッドで寝られるなら何でもいいかと思い、俺はサヤに合わせることにした。
そして、俺たちは同じベッドに入る。
「い、一応言っておくけど、あんたはただの家来なんだから、私には指一本触れないでよ」
「わかってるよ」
「もし、私に変なことしたら、絶対に許さないから」
「しないって」
「ならいいけど……」
俺たちは狭いベッドの上で互いに背中を向け合って、眠りについた。
だが、ベッドのかび臭さが鼻について俺はなかなか寝付けずにいた。これ、場合によっては闘技場の奴隷用の寝床より劣悪かも知れない。あそこの牢屋では寝るために配られていた布きれは一応清潔だったし、個室に入ってからはここのものよりもだいぶ柔らかいベッドで眠れていた。
まあ、路地裏で寝るよりはマシかも知れないが……。
そんなことを思っていると、背中に何かが触れた。
「サヤか……?」
俺は問いかけるが返事は無い。
どうやら寝ぼけてこちらに寝返りでもうったようだ。
「全く。指一本触れるなとか言ってきたのはそっちのくせに、おまえが普通に触れてきてるじゃないか」
もちろんこれは俺の所為ではないから責められるいわれは無いが、でもこのまま目を覚まされたら、冤罪をきせられてしまうのでは無いかと思い至る。サヤならあり得る。これはサヤが目を覚ましてしまう前に、向こうの方へと追いやった方がいいだろう。
俺はそう思ってサヤの方へと向き直る。
「うわ……っ!」
すぐ眼前にサヤの顔があって、俺は驚きの声を漏らしてしまった。しかし、幸いにもサヤが目を覚ますことは無かった。
「しかし、よく寝ているな……」
サヤは微かな寝息を立てながら、ぐっすりと眠っているようだった。こうして、寝顔を見ているととても可愛らしい顔立ちをしているのがよくわかる。普段は高圧的な印象に塗りつぶされて見えない素顔は、文句なしの美少女だった。
「普段からトゲが抜けてれば普通に可愛いのに、もったいないよな……」
サヤは今まであった女性の中でもトップクラスの可愛さだ。しかも何故か見つめていると胸が高鳴るのだ。
サヤに会って以来起こるこの現象。これはやはり無くした記憶が何か関係しているんだろうなと思う。でも、本当にそうなんだろうか。もしかしたら別の可能性もあるのでは無いか。たとえば……。
「一目惚れという奴か? いや、こいつに対してそれは無いだろ……」
いくら見てくれがよくてもいきなりあんなことを言われたんじゃ気持ちもしぼむというものだろう。
しばらく、サヤの寝姿に見とれていると、サヤが俺の服を掴んできた。そして、身体を寄せてくる。
「おいおい、これどうするんだよ……」
早く隅っこへ追いやっておくべきだった。服を掴まれるとは思っていなかった。これは、起こさずに引きはがすのは大変だぞ。
そんなことに頭を悩ませていると、サヤがぼそりと何かを呟く。まさか起きてしまったのかと一瞬戦慄したが、どうやらそうでは無いようだった。
「……お父様」
サヤはそんなことを口にしながら、わずかばかり顔をゆがめ、目の端からは透明の雫が頬を伝った。
「こいつ、泣いているのか?」
父親と何かあったのだろうか。
そういえば俺はサヤのことを何も知らないな。こいつにもいろいろあるのだろうか。
そう思うと、無理にサヤの手を引きはがそうという気も失せてしまった。
まあ、そのうち手を離してくれるだろ。
その時をぼんやりと待ちながらサヤを眺めているうちに、俺も睡魔にやられてしまった。
次話の投稿予定は水曜日です。




