第七話 濡れ衣
第七話です。よろしくお願いします。
俺は錠に繋がれ、クライフ伯爵の下へ引き立てられた。
屋敷の広間には、リスタや、風呂場で俺を殴り倒した老執事のみならず、使用人たちまで勢ぞろいしていた。その中にはさすがに奴隷の姿は見当たらなかったが、何故かエルドだけはいた。どうやらエルドは奴隷の中でも特別扱いらしかった。身に着けている衣服も、使用人には劣るものの、俺を含め奴隷連中とは比べ物にならないほどいい物を着ている。
「貴様のことはリスタに聞いている。わが屋敷の浴室に侵入し、あろうことかそこにいたメルカに襲い掛かったそうだな」
それは明らかに濡れ衣だ。俺は浴室の上に位置する倉庫の清掃をリスタに命じられて、取りかかろうとしていただけだ。
そう叫びたかったが、声が出ない。
喉のあたりに締め付けられているような圧迫感があり、口は動かせても音を発することができなかった。
そんな俺の様子をリスタはにやにやしながら見下ろしていた。
気を失っている間に、間違いなく何かされたことは明白だった。
そしてこの状況。俺は間違いなくリスタの罠に掛かったのだ。
「リスタとシュバルムの機転で最悪の事態は回避されたが、貴様に襲われたメルカは傷を負った。奴隷の分際で高貴な者に手を出した罪は重いぞ」
周りを取り囲む使用人たちも汚いものを見るような軽蔑のまなざしを向けてきた。唯一エルドだけは事態があまり飲み込めていないらしく、困惑の表情を浮かべられている。
「お父様。この下種の始末は私にお任せいただけませんか?」
リスタが喜々として申し出た。可愛い妹に手を出したゴミは許せないとかのたまっているが、今回のことを仕組んだのがリスタなら、メルカをあんな目に合わせたのは間違いなくリスタだろう。どの口が言っている。
それに姉妹仲もそこまでよくないだろう。
つい先日の厨房でも険悪な雰囲気で言い争っていたことだし。
今回の件はただの嫌がらせではなく、俺のことを始末する口実を得ることと、俺に唯一手を味方してくれる可能性があったメルカの排除を目的とした陰謀だったのだ。こんなことになるならもっとリスタのことを警戒しておくべきだった。完全に俺のミスだ。
自分のふがいなさに腹が立つ。
記憶を失って以来初めて、感情が大きく動いた。そして、リスタに対する怒りがこみあげてくる。そもそもなぜこいつは執拗に俺を始末しようとしてくるんだ? 俺がお前に何をした?
「あら、少しは奴隷らしい感情の乗った目つきになってきたじゃない。でもまだ駄目ね。あなたのその目。初めて見たときから、奴隷のくせに今以外を見ているその目が気に喰わなかったのよ。あなたは今に絶望し、今を生きようと、汚く、みすぼらしく、必死になって足掻くべき存在なのよ? なんで命乞いの一つできないのかしら?」
近づいてきたリスタが俺を思いっきり蹴り飛ばす。拘束具によって動きを制限されているため抵抗などできるはずもなく、無様に地面を転がる。その後も何度もリスタの蹴りを受け、俺はえづきながら苦悶の表情を浮かべる。
「あなたの命よりも価値のある靴が汚れてしまったわ」
リスタは蹴るのをやめ、俺の頭を踏みつける。
「これ以上私の衣装が汚れるのは惜しいわね。続きは厨房にしようかしら」
「待ちなさいリスタ」
リスタの暴行が一段落したところでクライフ伯爵が重い腰を上げた。
「なんですか、お父様」
「その奴隷を殺してはならん」
「な……!? どういうことですの?」
リスタが予想外のクライフ伯爵の言葉に動揺をあらわにする。
「主人に手を出した奴隷は処分するのが慣例ですわよ」
「うむ。そして処分を決めるのは所有者である儂だ」
「それは……そうですけれど」
正論であるためそれ以上の言葉が出てこないリスタ。てっきり処分は自分にさせてくれると思っていたようが、その読みは外れてしまったようだ。途端につまらなそうな顔をする。いい気味だ。
「では、どうするのですか? いつものようにあっさり首を刎ねて終わりにしてしまうんですの?」
「いや、ちょうどグリンドル卿から剣闘奴隷をよこしてみないかと話しがあってな。そ奴はそこへ送り込む。ただ首を刎ねるよりも金になるし、より醜悪な死にざまを拝めるであろう」
「それはそうですが……私が楽しめないじゃありませんか」
「ん……?」
「いえ、なんでもありませんわ。お父様の決定に従います」
リスタは残念そうに俺を一瞥した後、広間を去っていった。
こうして濡れ衣による裁判を終えた俺は屋敷の地下牢に放り込まれ、翌日、剣闘奴隷として帝都中央に位置する闘技場に送られることとなった。
次話の掲載予定は12月6日(火)の22時です。次回から隔日に戻ります。