第五十四話 つながり
第五十四話です!
よろしくお願いします^^
あと数話で第二章は終了予定です。
「では、わたくしがこの子をいただきますけれど、構いませんよね?」
「それは、儂に訊いているのか?」
フェンネが振り返った先には、腕組みをしながらつまらなそうに事の成り行きを傍観していた精霊がいた。
「もしこの子と契約を考えていたなら、横取りしてしまうことになりますから」
「儂はその小娘と契約などしない。ゆえに問題ない」
「それなら、よかったですわ」
複雑そうな表情をするビスカを尻目に、フェンネはにこにことその手を引いた。そして、セシルの下に近づくと、
「ビスカさん。この子の事、抱えていけますか?」
「別に大丈夫ですけど、さっきまで殺そうとしていたわたしが運んでもいいんですか?」
「構いませんよ。だって、もうわたくしたちは仲間でしょう?」
「……そうですね。わかりました」
ビスカは気を失ったままのセシルを軽々と担ぎ上げた。
「では、わたくしたちは『塔』から出ていきます。あ、どうせならわたくしたちを精霊教の総本山まで転移魔法で飛ばしてくれませんか?」
「……それは、儂に言っているのか?」
「あなた以外にこの場でそんなことができる存在がありますか?」
「ちっ……まあいい。――目障りな監視者には早々に消えてほしいからの」
「あら、気付いていましたの?」
「儂が契約者を選んでいたら、契約前にその者を殺すつもりであったのだろう。そのためにネズミを潜り込ませて監視していた。違うか?」
「さすが精霊様。よくお分かりで」
フェンネは相変わらずニコニコとしていたが、精霊の方はむすっとした表情でフェンネのことを睨み付ける。
「そんな怖い顔をしないでくださいますか?」
「……貴様はまだ、この世界を停滞させたままにしようと考えているのか?」
「当然です。結界を解いたがゆえに起きた数百年前の惨劇を、あなたは直にその目で見たのではありませんでしたか?」
「……見たさ」
「でしたら『塔』はこれ以上攻略せず、そのままにしていた方が、結果的に人類は長く生存できるという事にも理解が及ぶはず。というより、あなた様も精霊たちの中ではもっともわたくしたちに近い考えを持っていると思っておりましたが……」
「……そうだったかの?」
「だから、契約者を全く選ぼうとしないのでは?」
「儂は、ただ……いや、その通りだな。加えて言えば儂は人類のことなど、もうどうでもいい」
「それなら、あなた様は今まで同様、契約者を選ばず、この『塔』に引きこもっていてください。――お願いします」
フェンネが真面目な顔をして、精霊に頭を下げる。
「貴様に頼まれなくとも、人間と契約を結ぶつもりはない。特に人類のために外界で戦おうとするようなやつとはな」
「ならば、結構です」
フェンネは顔を上げると再びにこにこした表情に戻った。
「では、転移魔法をお願いできますか?」
「……あ、あの、ちょっと待ってください!」
この場から去ろうとするとビスカが声を上げた。
「どうししましたか?」
「え、と……ちょっとだけ、時間をもらってもいいですか? おねがいします」
「別に構いませんよ。あなたの頼みなら可能な限り聞きますから」
「ありがとうございます!」
ビスカはセシルを一端床に置いてクロンの下へと駆け寄った。相変わらず意識はないが、一定のリズムで繰り返される呼吸音が、もう命の危険はないのだと感じさせて、ビスカは改めて安堵する。
「当分会えなくなると思うので、本当は今までのお礼とかお別れとか、言っておきたかったんですけど……」
残念ながら、今のクロンには何を言っても届かないだろう。
「どうしよう……何か、したいけど」
「……キスでもしておけば?」
「え……?」
突然の声に振り返ると、床に横たわるセシルが目だけ開けてビスカの方を見ていた。
「セシルさん、気が付いたんですか?」
「……フェンネ様に魔法をかけてもらったあたりから意識はあった。だから、あなたがこちら側に降ったってことは理解してる。けど、あなたたちを襲った直後からの記憶はほとんど飛んでる。まあ、フェンネ様に助けられたという事は、私は負けたんだろうと思うけど」
ビスカがどういうことかと首を傾げていると、フェンネが横から口をはさんできた。
「わたくしの魔法の欠点なのですが、傷を治すと、傷を負う前まで時間を戻すのでその時までの記憶もなくなってしまうのです」
「なるほど。じゃあ、先輩も……」
おそらくビスカが助けたところあたりの記憶はなくなっていることだろう。というか、セシルとの戦いのこともほとんど覚えていないのではないだろうか。それはそれで、少し残念な気持ちになる。
「……で、キスはしないの?」
「な、なんで、わたしが先輩にキスをするんですか」
「……こういう時はとりあえず、キスをしておくもの」
「そ、そうなんですか……?」
ビスカが少し照れながら聞き返すと、セシルは力強く頷いた。まるでそれが普遍の真理であると言わんばかりに。
「じゃ、じゃあ、キス、しておこうかな……」
「……早く」
「というか、セシルさんはあっち向いててください。……は、恥ずかしいので見ないでください」
「……私のことは気にしなくていいから早くして。あまりフェンネ様を待たせないで」
「うぅ……わかりましたよ」
ビスカは、何故か猛烈な視線を向けられる中、クロンの顔を少し持ち上げ、自らの唇を微かな呼吸を続けるクロンのそれへと重ねる。
その瞬間、自分でもわかるくらい、身体が熱くなる。心臓が馬鹿みたいに音を立てて鼓動を刻み、武断覚醒にも劣らない熱量が胸の内に湧き上がってくるのを感じた。それはただの気恥ずかしさからなのか、それとも……。
ビスカは真っ赤に染まった顔をクロンからゆっくりと離した。ただ軽く触れ合うだけの数秒にも満たない邂逅。それなのに、今までで一番クロンのことを近く感じていた。
触れあっていた唇を、ビスカは躊躇いがちに軽く指でなぞる。それから胸のあたりに手を当てた。速く脈打つ鼓動はなかなか落ち着いてくれそうにない。
いったい自分はどうしてしまったのだろうかと、ビスカは思う。
まるで火でもつけられてしまったかのように、熱く、燃えるような、苦しく、締め付けられるような、そんな気持ちが一向に収まらなかった。
――離れ離れになりたくない。
そんな思いがふと頭によぎる。でも、そんなことは許されない。もう、そういう契約を交わしてしまったから。
「……やっぱりそうなんだ」
「な、何がですかっ!?」
不意に掛けられた声に、ビスカは何故か狼狽えてしまう。
「……なんでもない。それよりも早く行く」
「わ、わかりましたよ」
ビスカは去り際、自らのポニーテイルを解き、髪留め紐を手にすると、それをクロンの右腕に巻き付けた。二人のつながりを、何か形にして残しておきたくて。
「……また、いつか、絶対に会いましょうね」
そしてビスカは、自分の気持ちを抑え込んで、クロンの下から離れていった。
○○○
「……さあ、早く私を運んで」
「あの……意識が戻っているんなら自分で歩いてくれません?」
「……ちっ」
セシルは舌うちをして、むっくりと起き上がった。そして、普通にビスカを追い越してフェンネの下へと歩いて行った。
「やっぱり、歩けるんじゃないですか……」
ビスカはため息を吐き、フェンネの下へと歩いて行く。
そして、ビスカたちは精霊の転移魔法によって『塔』から出ていった。
次話は明日投稿予定です。




