第五十三話 第一の契約者
第五十三話です。
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「あなたがまだ覚醒したばかりで助かりました。全く力の使い方がわかっていないようで、これなら楽に倒せます」
「何を、したんですか?」
ビスカは両足の出血を手で押さえながらフェンネに問いかける。
「まだ敵同士なので教えられませんね。ああ、でもこれだけは教えてあげます。――わたくし、精霊教の枢機卿フェンネは、四十年前にこことは別の『塔』を攻略しました。つまりわたくしはこの大陸に三人しかいない契約者の一人です」
「契約者……」
精霊契約者のことはもちろんビスカも知っている。当然その強さも。しかし、話によく聞く契約者とはランス王国のアサカ王やロムルス帝国のアルベルト一世の事ばかりだ。第一の契約者については全く情報が出回っておらず、長い間、謎の契約者とされてきていたのだ。
「でも、一人目の契約者は誰も知らないって……まさか、『塔』の攻略を禁止している精霊教の、それも枢機卿が、契約者だったなんて」
「まあ、あまり知られても、いいことはありませんからね。このことは隠しているのです。もっとも、契約者の名は、精霊教の総本山にある精霊石に刻まれてしまいますから、精霊教内部の上層部にはわたくしが契約者であることは知れ渡ってしまっていますが」
ビスカは自らがとんでもない者を相手にしているのだとようやく気付いた。考えてみればここは『塔』の中だ。しかもその最上階である。たいしたことない者が、こんなところまで来られるはずがない。
この枢機卿フェンネが尋常ならざる力を有しているということに間違はない。
「秘密にしていたことを話したという事は、わたしのことは殺すつもりなんですか?」
「いいえ。最初に言ったはずですよ。わたくしの配下に加わりなさいと」
「それは……お断りです」
ビスカは精霊教に降るつもりはなかった。そもそも、精霊教はタスニタ人のこと表立って迫害している宗教でもある。タスニタ人が忌み嫌われる原因の一端を作っていると言っても過言ではないのだ。
そんなところに降れば、どうなるか分かったものではない。聞くところによれば、精霊教の洗礼を受けようとしたタスニタ人が、拘束されて奴隷にされたなんて話もあるくらいだ。
「もし配下に加わるというのなら、わたくしの力でそこの男を助けてもいいですよ?」
「な……?」
フェンネの提案にビスカは怪訝な表情を浮かべる。タスニタ人であるビスカを執拗に勧誘してくるだけでも怪しいのに、フェンネは更によくわからないことを言い出した。
「さっき、並みの回復魔法では無理だと言いませんでしたか?」
「わたくしは回復魔法など使えません」
「じゃあどうやって!」
謀っているのかとビスカが声を上げると、フェンネは瀕死状態で倒れているセシルに向かって手をかざした。そして、これといった魔法の詠唱も無しに突然セシルの身体が光に包まれた。
「わたくしは、時を司る精霊と契約しています。その力の一端で、今セシルの身体を、重傷を負わされる前まで巻き戻しました」
「え……そんなことが」
ビスカは信じられないといった表情を浮かべるが、先ほどとはうって変わって安らかな顔をしているセシルを見れば、信じざるを得なかった。そして回復魔法ではありえないことに、着衣まできれいに、まるで戦闘など一切行われていなかったような状態にまで戻っていた。
「……本当に、先輩のことを助けられるんですか?」
「ええ、もちろん。あなたがわたくしの配下に加わるというのならば、すぐにでも治して差し上げますよ」
先輩を救うには、もうこの人に縋るしかないのだろうか……。
わたしがいくら力を使ったところで、この人には勝てるかわからないし、先輩を助けることもできない。
でも、わたしが精霊教の下に降れば先輩を助けてくれると言っている。でもそうなったらわたしは……。
「どうしたのですか。その男を救いたくないのですか? そんなことはありませんよね? あなたは命を懸けてでも、その男を救いたいはずです。そうでなければその姿にはなれませんから」
「……どういう事ですか?」
「簡単な話です。タスニタ人は戦いに対する欲求などよりもはるかに強く、誰かを守りたいと心から思わなければ、その姿になることはありません」
なるほど。だからわたしは、この状態になることができたというわけか。
「タスニタ人という種族は独善的で、戦闘狂で、自らの強さを追い求めることしか考えていません。ですから普通は覚醒なんてしません。ですが、例外はいるものですね」
「わたしとか……あとはエール連合国の」
「そうです。エール連合国の将軍でもあるアスクル・アトラティカも覚醒したタスニタ人です。そして、精霊教を敵視していますから、いずれはわたくしたち精霊教とぶつかることになるでしょう。その時のためにもあなたが欲しいのです」
「わたしに、同族と戦えと?」
「同族だろうと殺すのがタスニタ人でしょう? 戦士の誇りにかけて」
確かに戦士として戦う以上は敬意を以て相手を殺す。それがタスニタ人の戦士としての礼儀だから。
「わたしに、戦力として配下に加われという事ですか?」
「そういう事です。それ以上にあなたがエール連合国に加わることを阻止したいというのが本音です。今のあなたがエール連合国に加われば、それだけで精霊教にとっては大きな脅威になりえます」
どうやらわたしは戦力として、求められているみたい。それなら、また奴隷にされるという事はなさそうだ。
「……ここで、あなたの下に降ったら、わたしは一生精霊教に属さねばならないのですか?」
「いいえ。そうですね……精霊教がエール連合国およびアスクル・アトラティカを滅ぼすまでという事にしましょうか。それがなされれば自由にしていただいて構いません。そこの男の下へ行ってもかまいませんよ」
エール連合国を滅ぼすまで……つまり、わたしが奴隷から解放されたらやりたいと思っていたことは、もうできなくなるという事か。でも……それで、先輩の事を助けられるなら……。
「……わかりました。わたしはあなたの配下に加わります。なので、先輩のことを……」
「もちろんですよ。わたくしが治して差し上げます。可愛い部下の頼みですから」
フェンネが手をかざすと、先ほどのセシルと同じようにクロンは光に包まれた。
そして、光が滲んで消えるころにはすっかり瀕死だった状態から回復し、見た目からはどこにも異常のないクロンの姿があった。
ビスカはクロンの傍に寄って、その手を握った。確かな温かさと鼓動を感じて、安堵する。
「……ありがとうございます」
「いいえ。礼などいりませんよ。今からあなたはわたくしの可愛い部下なのですから」
フェンネが手を差し伸べてくる。それをビスカは恐る恐る伸ばした手で掴んだ。
ハイマンさんも先輩を助けるために、エドナ王女の下へ行ってしまったし、わたしはこれから精霊教の下につくことになる。
三人で打ち上げをする約束はだいぶ先になってしまいそうですね……。
ビスカはクロンを救うため、精霊教の枢機卿フェンネの下に加わることとなった。
次話は金曜日に投稿予定です!




