第五話 イケメンくんは友達
第五話です。よろしくお願いします。
「やあ、君は確か僕と同じ時にここに連れてこられた人だよね?」
リスタに肥料にされかけてから数日後、俺は屋敷の外を清掃していると、銀髪で爽やかな雰囲気の漂うイケメン君に声をかけられた。
一瞬わからなかったが、よく見ると彼はここに一緒に連れて来られた例のイケメン君だった。初めて見たときは絶望に染まった顔をしていたし、次に見たときは魂の抜けきったやつれた顔をしていたが、どうやらこの数日間で体調を取り戻したらしい。
「君の方も大変だったみたいだね」
イケメン君は包帯を巻かれた俺の足に視線をやり、気遣いに満ちた表情をする。
「いや、そっちの方が大変だったんじゃないのか。……夜とか」
「まあ、ね。もう慣れたけど」
慣れたのか。それは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか判断に困るな。尻のあたりを軽くさするイケメン君にわずかながら同情心が芽生えた。
「それでも、ご主人様には目をかけてもらえてるし、奴隷の中ではかなり待遇がイイんだ」
「どんなふうに?」
「個室が与えられて三食ついてる」
「それはいいな」
俺は奴隷五人部屋に放り込まれていて、食事は二食。しかも味の薄いパンと水だけだ。こんな待遇では早晩体を壊してしまいそうである。そして、働けなくなった奴隷に待つのは……いや、あまり考えるのはよそう。今気にしても仕方がない。
「そうだ。これをあげるよ」
イケメン君が懐から木の実を取り出し、渡してくる。黄色いサクランボのような木の実だった。
「これは?」
「ヨコブの実さ。疲労回復の効果がある。今朝のデザートについていたものさ」
「それはありがたい。遠慮なくいただくとしよう」
さっそく口に運んでみる。かんだ瞬間甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、久しぶりに味のあるものを口にして感動する。
こんなものが毎日もらえるのなら、肥満男の慰み者になるのも悪くないのかもしれないかと一瞬恐ろしい思考が頭をよぎるが、慌てて隅に追いやる。いくら待遇が良くてもそれはない。
「僕はエルド。同じ国出身の奴隷同士、仲よくしよう」
「そうだな。俺はクロンだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく」
イケメン君は予想外にまともな人物で、好感が持てた。
「そうだ。君もご主人様に相手にしてもらいたいんだったら、僕が頼んでみるけど、どうだい?」
「いい。それは遠慮しておく」
「そうかい? じゃ、気が変わったらまた声をかけてくれよ。僕が頼んであげるからさ」
たぶんそんなことで頼る日は永久に来ないと断言できるが、厚意に水を差すのもあれなので、その時はエルドに頼むよと言って別れる。
ここでの奴隷生活にも慣れてきた。そして記憶をいきなり失うようなこともなく普通に過ごせている。
初日以降は無理なことを要求されることは無くなったのもありがたい。どうやら俺はここで働かせるに足る者とみなされているようで安心できる。
となれば次にすべきは情報収集だろう。記憶の欠如に伴って今の俺は基本的な情報が不足している。例えばここがどこかということは以前の会話からロムルス帝国という国であることはわかっている。だが、ロムルス帝国がどんな国なのかということについては全く分かっていない。こういった生きていく上での基本的な知識が圧倒的に足りない。だから何もできないのだ。これでは記憶を取り戻すための手掛かりすらつかめない。
情報収集は今のところ他人から聞くしか手段がない。そんな中で頼れるのは先ほど友好をはぐくんだ(?)同郷の奴隷であるエルドと、あとは……。
「なあ」
「きゃあ!? ……ちょっと、気配を断っていきなり背後に現れないでくれるかしら。そうでなくともあなたは普通の人よりもだいぶ存在感が薄いみたいなのだから」
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
花畑を眺めながらたたずんでいたメルカに声をかけると、驚きと叱責を頂戴した。
それと普段のクールな印象とは裏腹に可愛らしい悲鳴も頂戴した。その代償として鋭い視線で睨みつけられる羽目になったが。
「……それで、私に何か用でもあるの?」
「少しこの国について教えてほしい」
俺は自分が記憶喪失で、そのため一般教養レベルの知識さえも欠落してしまっていることを話した。正直なところ、奴隷相手だし適当に流されるか、面倒だといって相手にされないかと思っていたが、それは大変ねと言って、予想外にメルカは丁寧に説明してくれた。
このロムルス帝国は広大なアルカトラス大陸に属する大国で、アルカトラス三大国家の一角を占めている。専制君主制の国家で、今は侵略王と呼ばれる皇帝アルベルト一世によって帝国の版図は前皇帝の頃の倍近くまで広がり、全盛期を迎えているという。
そして、ここクライフ家はロムルス帝国の中では中堅に位置する貴族で、武門の中ではそれなりに名が知れているそうだ。ただ、あの肥満伯爵が武器を取って戦場をかける姿は全く想像できないが。実際のところ現在は肥満伯爵の方は軍の役職からは退いていて、今はメルカの兄が軍部にいるそうだ。
「簡単に説明するとこんな感じよ。参考になったかしら」
「ああ、ありがとう。すごく助かった」
思っていた以上に情報を得ることができた。
ついでに記憶の手掛かりになりそうな唯一の情報についても尋ねてみる。
「ちなみに日本って国に聞き覚えはあるか?」
「二ホン……? ごめんなさい、聞いたことがないわ。あなたの記憶に関係していることなの?」
「わからないが、そんな気がするんだ」
「そう。……早く記憶が戻るといいわね」
「そうだな。ありがとう」
メルカは再び花畑に視線を戻す。
俺もとりあえず聞きたいことは聞くことができたので、この場を後にする。
あとは決められたルーティーンをこなしつつ情報収集を継続して記憶を取り戻す手がかりを探そう。まずは日本という国がどこにあるかを調べるか。もしかしたら日本に行けば記憶が戻るかもしれない。しかし、日本の場所が分かったとして奴隷では勝手に行ってくるというわけにもいかないか。
情報を得ていくうちに課題が山積していく。これから大変になりそうだ。
そう思った矢先に、俺のもとに再び困難が訪れることとなった。
「ようやく見つけました。リスタ様がお呼びです」
使用人の女性が俺に向かってそう言った。
俺は再びリスタに呼び出された。
次話の掲載予定は2016年12月3日(土)の22時です。隔日掲載の予定でしたが、少し書き溜めれたので、今週の土、日は両日掲載します。