第四十五話 森の中で
第四十五話です。
よろしくお願いします^^
辺りを見回してみると人がいた形跡が全く見受けられなかった。
「もしかして、またハイマンたちとは別の場所へ飛ばされたのか?」
「その可能性はありそうですね」
ビスカも辺りを観察しながら、特に荒らされた様子のない状態なのを訝しんでいるようだった。
「足跡もなさそうだし……?」
俺とビスカが周囲の状況を確認しているというのに、セシルは何故か目の前に直立する大木を見上げながら呆然と立ち尽くしていた。
「……まさか……いや、そんなはずは」
セシルが何かを呟き、すぐさま首を振って否定した。
「どうした? もしかして何か気になることでもあったのか?」
「……なんでもない」
尋ねてみるも、そっけなく返されて、それ以降セシルはだんまりを決め込んでしまった。
仕方がない。このまま立ち止まっていても、何も始まらないのでとりあえず、歩いてみるか。
俺が歩き出すと、ビスカもそれに続き、少し離れてセシルもついてきた。しかし相変わらず何か考え込んでいるようで、木々を観察しながら時折何事かを呟いている。
「なあ、ビスカ。やっぱりあいつ、信用できないかもしれない。さっきから様子がおかしくないか?」
「そうですね。それに何か心当たりがある様子でしたけど……」
やはりセシルにはあまり気を許さないでおいた方がいいかもしれないと、改めて思った。
森の中を少し歩いていくと、今度は見たくないものを見つけてしまった。それは大きな足跡で、いくつものそれが重なるように地面に所狭しと存在している。それはある方向へと向かっていた。
「この足跡って、あの魔物のだよな」
「たぶんそうだと思います。この階にも亜人種の魔物がいるみたいですね」
またあれと戦うのか。まあ、弱点がわかっているから、倒せないことは無いけど、できれば戦いたくはない。大量に来られたらいくらなんでもきつい。勝てるとはいえこちらも敵の攻撃を一発でも喰らったら、ほぼ戦闘不能に追い込まれるからな。
「でも、何かを追っているのだとしたら、もしかしてハイマンさんたちかも」
「なるほど。そうかもしれない」
ハイマンでないにしても、『塔』に入り込んだ誰かという可能性が高いな。
「よし。追ってみるか」
「そうですね」
「……待って」
俺とビスカが足跡を追っていこうとするとセシルがそれを止めた。
「なんだよ?」
「……追わない方がいいかもしれない」
「それはどうしてだ?」
「……言えない」
「言えないんじゃ、はいそうですかと納得するわけにはいかないな。この先にはもしかしたらハイマンがいるかもしれないし」
「……じゃあ、魔物は見つけても戦わないと約束して」
「は? まあ、意味もなく自分から進んで戦おうとは思わないけど」
なんでセシルが魔物と戦うのを避けたがっているんだ? 俺たちの中でおそらく一番魔物との戦闘に慣れているだろうに。
「もしかしてこの足跡、亜人種の魔物ではなく、もっとヤバい奴だったりするのか?」
「……いや。たぶん亜人種」
「なら弱点もわかっているし問題ないじゃないか」
セシルはそれ以上何も言わず、ただ、約束だけは守ってもらうといった。
不信感が募るが、今はセシルを問い詰めるよりも足跡を追うのが先だ。
地面に沈み込むようにしてつけられた無数の足跡を追っていくするとその先には大量の亜人種の魔物の死体と、それから人間の死体が転がっていた。
「これは、戦った後なのか……?」
「そうみたいですね。でも……」
「ああ、この人たちはいったい誰だ?」
辺りに転がる死体は見覚えのない人のものばかりだった。奴隷ではない。だからといって護衛兵の者でもないだろう。身に着けている鎧が全く別物だ。
「俺たち以外にも『塔』に入っていた奴がいたのかな」
「……それは違う」
今まで黙っていたセシルが、やっと口を開いたかと思ったら俺の言葉を否定した。
「じゃあ、誰だっていうんだ? まさか『塔』のなかに住んでいる人間がいるとか言わないよな?」
「……そういうことでもない」
「だったらなんなんだよ? 知ってんなら、教えてくれ」
「……駄目。これはあなたたちが知るべきではないことだから」
「は……? なんだよそれ。知ってることがあるんだったら、言ってくれないと、ここから次に進む手段が見つけられないだろ」
「……次に行く手段なんて、魔法陣を探すだけ。だからここがどこだかは別に関係ない」
「おまえな――」
セシルは断固として、何も語らないつもりらしい。そろそろイライラしてきた俺は、少し強い口調で問い詰めようとするが、それよりも先にビスカが叫んだ。
「先輩! 何かが近づいてきます。この足音は……!」
ビスカの声に反応して、耳を澄ませると、重質感のある足音がすぐそこまで迫っていた。これは間違いなく――。
「亜人種の魔物か」
木々の間から姿を表したのはつい先ほど前の階で死闘を繰り広げていた亜人種の魔物だった。のそりと現れた亜人種は全部で五体。何とかできなくもない数だった。ここに落ちている死体なども少し調べておきたいので、逃げるにしても視覚を奪っておいた方がいいか。
「とりあえず、続きはこいつらを何とかしたあとだ」
「……馬鹿を言わないで。逃げると約束した」
「は……? たった五体だぞ」
「……約束を守って」
「おまえが何も話さないから、せめてこいつらが追ってこられないようにして時間を稼ぐ」
俺はセシルの制止を振り切って駆け出す。
「ビスカ、二体は任せるぞ」
「え、わたしが三体倒しますよ」
「じゃあ、早いもん勝ちで」
俺とビスカは短刀を抜き放ち、亜人種の魔物に向かっていく。亜人種の魔物はやはり大きな腕を使った攻撃を繰り出してくる。想定よりもだいぶ速かったが、それを慣れた動きでなんとか躱すと、俺はその腕を駆けあがり、頭部についている目に向かって短刀を振り下ろす。
「よし、まずは一体目……え?」
俺の短刀は亜人種の目を切り裂いて――いなかった。カキンっという音を立てて弾き返される。そして驚くべき光景が目の前にあった。亜人種の魔物が、短刀を喰らう直前で目を閉じていたのだ。
瞼は皮膚同様に硬く、とても切り裂けるようなものではなかった。
「嘘だろ……? うわ!?」
魔物の肩に立っていると、巨大な腕による拳がとんできて、俺は慌てて避けた。
「どういうことだ? こいつら、目を閉じるのか」
そんなことをされたら、倒しようがないじゃないか。
そこで俺は気づく。
辺りに転がっている魔物の死体は目をつぶされているわけではなく、胴体を切断されたり、全身をハチの巣にされたりして倒されていた。つまり、そういう方法でしか倒すことができないという事だ。
「難易度上がりすぎだろ」
「先輩、この魔物は、わたし達では勝てません」
「クソ」
観察してみると、やはり拳の速度がだいぶ速くなっている。そして拳の威力もかなり高い。空ぶった拳は木々を粉々に粉砕してしまう。もし喰らったら骨が折れるどころでは済まないだろう。
前の階よりも明らかに魔物が強くなっている。これは、今の俺たちじゃ倒せない。
「ダメだ。……逃げるぞ」
俺は早々に戦うことを諦め、逃げる選択をした。
次話の投稿は金曜日の予定です。