第四十三話 異端審問官セシル
第四十三話です^^
よろしくお願いします!
大きな鉾を手にこちらを見据える悪魔。異端審問官が『塔』の中まで追いかけてきたらしい。亜人型の魔物に囲まれているというのに、また新たな敵が現れた。
状況はいまだかつてないほどに最悪なものだった。
「ビスカ、やれるか?」
「ちょっと、厳しいかもしれないですね」
ビスカは拳を構える。
俺は武器も何もないが、いざというときには切り札が一つだけある。最悪それを使って、時間を稼ぎ、ビスカだけでも逃がしたいが……。
「……早まるな。私はおまえたちと戦うためにここに来たわけではない」
異端審問官の女はそう言って、武器を構えることなく敵意がないことを表明した。
「どういうことだ? おまえは確か『塔』の前では俺たちを殺そうとしていたよな?」
「……あの時は殺るつもりだった。今は約束があるからおまえたちは殺らない」
約束……? 誰とどんな約束をすれば、殺そうとしていた相手を見逃すというんだ。
「とりあえずは、味方だと思っていいんですか?」
ビスカが警戒した姿勢のまま尋ねた。
「……そう。金髪の奴隷に借りを返すまでは、おまえたちは殺さない」
「金髪の奴隷? もしかしてハイマンのことか?」
「……ほかの奴隷からはそう呼ばれていた」
よかった。ハイマンの奴もどうやら無事らしい。
「なら、俺たちをハイマンのところまで連れていってくれないか?」
「……もとよりそのつもり。それがあの金髪の奴隷との約束だから」
どうやったのかは知らないが、ハイマンはこの危険な異端審問官と協力関係を築いたらしい。やるな。
「……でもまずはここから抜けることが先決」
「そういえば、ここら辺には亜人種の魔物がそこら中に徘徊しているんだった」
依然として困難な状況にあることは変わりない。今は何とか隠れていることができているが、魔物の数が多いため、見つかってしまうのも時間の問題だろう。
「そういえば、あんたはどうやって俺たちのところまでやってきたんだ? ここは魔物に囲まれていたはずだが」
「……普通に魔物を殺しながら」
「おまえ、あれを倒せるのか?」
「……弱点の目を狙えば『塔』にいる亜人種くらい倒すのは造作もない」
今、魔物の弱点が目だと言ったな。やっぱり俺の記憶は正しかったらしい。でも、こいつはなんで弱点を知っているんだ?
「もしかして、あなたは『塔』の中のこともよく知っていたりするんですか?」
ビスカの質問に対し、異端審問官は頷く。
「何度か調査のために入っている。もっとも、今回は『塔』の様子がいつもと違うけど」
「いつもと違う?」
「……そう。出入り口が消えて、出てくる魔物も強い種類がいきなり出てきている。亜人種だって出てくるのはもっと先だったはず。それに、こんな瓦礫の街のような場所は今まではなかった」
淡々と話してはいるが、それはかなり重大な事実ではないだろうか。というか出入り口がないってことは俺たちはここから出られなくなってしまったってことか。
「出入り口がなくなったってことは、俺たちはもう外には出られないってことになるのか?」
「……『塔』から解放されるには、攻略するか死ぬかの二択。もっとも最終的には私が侵入者はまとめて殺すからおそらく後者だと思うけど」
「俺たちを殺す……? 協力関係にあるのにか?」
「……勘違いしないで。私はあなたたちを金髪奴隷の下へ送るまで手を貸すだけ。あくまで私の使命は精霊と契約しようとするものを抹殺することだから」
いずれ殺すつもりなら、この場で俺たちに力を貸すのは無意味な気がするのだが……そんなややこしいことをするのは、先ほど言っていたハイマンへの借りとやらが関係しているのだろう。いったい何をしたんだハイマン。
「……そろそろ行く。一応ここら辺には認識疎外の魔法をかけておいたから、たぶんすぐに見つかるということは無いけど、早く出るに越したことは無いから」
「ちょっと待て。行くって言っても周りにいる魔物はどうするんだよ。まさか強行突破するとか言うんじゃないだろうな」
「……そのつもりだけど」
「無理だ。俺たちだけであの中を越えるのは……最悪死ぬ」
「……そう。一応守るけど……なら、死ぬ前にさっきの続きでもしておく? 少しなら待つけど」
「さっきの続き……?」
「……魔物に囲まれて進退窮まって、最期に愛し合う二人同士でヤろうとしてたんでしょ?」
「なっ……!?」
何言ってんだこいつ!!
「違っ……あれは、そういう事じゃない――ッ」
「そ、そ、そうですよ! そんなんじゃないんです! 本当に!」
慌てて二人で否定する。俺とビスカはそんなことをしようとしていたんじゃない。ただ俺の傷口を舐めてもらおうとしていただけで……いや、それも第三者に説明するのは憚られる。どう説明すればいいんだ。
「……なんだ。てっきりヤったあと男が一人で魔物を引き付けるために突っ込んで死んで、辛くも逃げることができた女はその時授かったその男の子供と田舎で静かに暮らすというところまで想像したのに」
「あの一瞬でなんてところまで妄想してんだ!?」
「今日は残念ですけど、子供はできない日です」
「え……?」
「あ、いえ……なんでもないですっ!」
ビスカが恥ずかしそうに頬を染めて顔を背けた。ビスカまで何を言い出すんだ全く。今はそれどころじゃないだろうに……。
「……ヤらないんだったら行くけど」
「ヤらないが、ちょっと待て。俺は反対だ」
「……どうして」
「俺もビスカも負傷している。認識疎外の魔法が効いていて、時間が稼げるなら、せめてもう少しだけ休んで回復したい」
「……認識疎外の効果は傷が回復するまでは持たない」
俺の傷は腕や背中のダメージは回復しなくても、ビスカなら短期間でも十分に回復できるはずだ。そうすればビスカが生き残れる可能性はあげられる。
「……仕方ない」
「待ってくれるのか?」
「……そうじゃない」
異端審問官の女は俺とビスカに手をかざすと何やら二三言、小声でつぶやく。すると俺たちの身体が淡い光に包まれて、同時に身体の痛みが和らいでいくのを感じる。
「……回復魔法をかけてあげた。これで文句はないはず」
「あ、ああ」
完治とはいかないが、だいぶ痛みが和らいでいた。これなら普通に動く分には問題ない。多少の戦闘ならこなせそうだ。ビスカの方も見た目からは傷も塞がり、元通りに見える。
それにしてもこの異端審問官は何者なんだ。冗談抜きに戦闘力が高く、そのうえ魔法まで使えるなんて高性能。もしかしたら今まで出会った中で一番厄介な人物かもしれない。味方でいるうちは心強いが、敵になったらと思うと……。
「ありがとうございます。……えーと、まだ名前聞いてなかったですよね? 私はビスカといいます。ハイマンさんと合流できるまでよろしくお願いします」
「……私はセシル」
セシルと名乗った異端審問官は俺の方へと視線を向けた。
「俺はクロンだ。とりあえず、よろしく頼む」
一応名前を名乗るとセシルは頷いた。
しかし、その先は一言も言葉を発せず、背を向けて歩き出してしまった。
なんだろう、距離感が掴みづらい。こっちはセシルにどこまで踏み込んでいいのかがわからない。一応一時的には協力関係にあるから、名前くらいは知っておかないと不便だからという事で名乗りはしたが、それ以上は相手も話すつもりはないようだった。
「……『塔』の前で戦った限りだけど、おまえたち二人の強さなら、敵の攻撃を避けるくらいはできるはず。倒すのは私がやるからおまえたちはとにかく攻撃を受けないように気を付けて」
「そうだな。まあ、やむを得ない時は戦うが」
「そうですね。わたしも基本は交戦を避けます」
そして、俺たちは瓦礫から歩き出した。すぐそばを徘徊していた魔物にセシルが向かっていく。それに気づいた魔物が拳を振り下ろしてくるが、セシルはそれを軽々とかわすと、すぐさま手にしていた鉾の切っ先で魔物の目玉を貫いた。その瞬間、魔物の頭部がはじけ飛んだ。
「え、何あれ?」
「たぶん魔法を使ったんじゃないでしょうか? どんな魔法なのかはわかりませんが」
俺たちが散々苦労していた亜人種の魔物をセシルはものの数秒で片づけてしまった。
「……さあ、もたもたしないで」
「あ、ああ。わかった」
異端審問官セシル。
味方でいるうちはかなり頼りになりそうだ。
だが、何人もの奴隷を殺し、最終的には俺たちのことも殺すつもりでいるらしい。
あまり、信用するわけにはいかない。
次話は明日投稿予定です!