第四十二話 魔物の倒し方
第四十二話です^^
よろしくお願いします!
「先輩――ッ」
亜人種の魔物に捕まるより一瞬速く、俺はビスカに横から突き飛ばされた。
そのおかげで俺は魔物に捕まりはしなかったがその代わりにビスカが、魔物の太い腕に捕まってしまう。
「ぐっ……う」
ビスカの身体をすっぽりと包み込んだ魔物の拳が、徐々に引き締められていくと、ビスカは苦悶の表情を浮かべ、呻き声を漏らす。
「ビスカ!」
「せん、ぱい。……いまのうちに、にげて……」
「馬鹿野郎! そんなことできるかよ!」
仲間は絶対に見捨てない。必ず助ける。それが、ただ一つ思い出した俺の信念だ。
俺は気力を振り絞って立ち上がる。手には折れかけた剣。何もないよりはましだ。これで、ビスカを助ける。
仲間を助けようと思うと、不思議と力が湧いてくる。
それだけじゃない。
仲間を握りつぶそうとする魔物の姿に、怒りの感情を伴った既視感があった。この光景を、俺は前にも見たことがある……?
もしかして俺は、記憶を失う前にも『塔』に入ったことがあったのか。でも、『塔』へ入った瞬間には何も思い出せなかったのは、何故だ。
でも今はそんなことはどうでもいい。
今は、目の前の魔物を倒すだけだ。
そして、仲間を救う。
ただ、普通に戦っても勝てないことはもうわかりきっている。それでも倒さなければならないなら、弱点を突くしかない。
亜人種の魔物の弱点……目か。
何となくだが、ふと頭に浮かんできた。
亜人種の弱点は目。その事実を俺はすでに知っていた。それを、今この瞬間に、唐突に思い出した。とにかくイメージできる。亜人種の魔物を倒していく自分の姿が。もしかしたらそれは単なるイメージではなく実際の記憶なのかもしれない。
まあ、どっちでもいいか。とにかくイメージ通りに動けば、俺は魔物を倒せる。そんな確信に近い感覚があったのだから。
ビスカを掴んで放さない魔物の隣にいたやつが、俺に目掛けて拳を振り下ろしてくる。俺はそれを最小限の動きで躱し、砕かれた地面の破片が飛び散るより速く、魔物の腕に乗って、そのまま駆け上がる。魔物はすぐさまもう一方の手で俺のことを振り払おうとするが、それを俺は軽く飛ぶだけで躱し、躱しながらの体勢で剣を突き出し、魔物の目を貫く。
獣のような雄叫びを上げて倒れる魔物を蹴り飛ばし、その勢いを駆ってビスカを掴んでいる魔物の頭上に飛びつく。そして即座に剣をそのギョロ目に突き立てた。と、同時についに剣が半ばから折れてしまう。だが、もう十分だった。
「うおっと」
呻きながらよろける魔物から俺は素早く降りて、腕から解放されたビスカを地面に落ちる前にギリギリで受け止める。
俺はそのまま流れるような速さで、瓦礫の影に回り込み、そのまま隠れつつ魔物から距離を取った。幸い瓦礫の傍は通路が若干狭まっていたため、同時に二体以上の魔物が近づいてくることはなかった。そのため、目を失いながらその場でふらついている二体の魔物が障害となり他の魔物が近づいてくるのを防げていた。
そのうちに少し離れた瓦礫の傍まで逃げる。無理をして動かした体はすでに限界近い。ここで、少しでも休息をとるくらいしか選択肢はない。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか……ありがとうございます」
ビスカの様子を見ていると、身体のあちこちに傷ができていて、血が流れ出ていた。
「あの魔物、手のひらに棘みたいなのがたくさんついていて、かなり痛かったです」
「棘か、それでその全身の傷か。止血した方がいいよな」
「このくらいへっちゃらですよ。唾でもつけておけば治っちゃいますから」
「さすがにそんなことで治るとは思えないが……。いや、もしかしてタスニタ人の唾液には傷を癒す力でもあるのか?」
以前のビスカの回復力を目の当たりにしたときはその治癒能力の高さに驚いたが、それだけ治りの速い身体なら、唾液に治癒成分が含まれていても不思議ではないか。
「ありませんよ、そんなものは」
「そうなのか。あっても不思議ではなさそうな気はしたが」
「そんなに言うなら、わたし、先輩の傷口を舐めちゃいますよ?」
「え……?」
「じ、冗談です! いくらわたしでも、そんなことしませんから!」
「そ、そうだよな」
一瞬、怪我したところをビスカに舐めてもらっている図を想像してしまった。ただの治療行為なのに、何故か恥ずかしさが先に立つ。でも、ちょっとやってもらいたいかもしれないなんて思ってしまった俺はもしかして変態なのだろうか。だが、可愛い女の子に舐められるのを嫌がる理由なんてこの世のどこを探したって見つからない。大丈夫。これは正常な思考だ。……いや、まて。俺は何を考えているんだ。いままでこんなくだらないことに思考を割いたことなんてなかったのに、どうなっているんだ。もしかしてさっき少しだけ記憶が戻りかけたのが影響しているとか……いや、でも、記憶を失う前の俺がこんなことを普段から考えているような変態だったなんてのは御免だぞ。……ちょっと、記憶を取り戻すのが怖くなってきたな。記憶を失う前の俺よ、どうかまともな人間であってくれ……。
「先輩、どうかしたんですか?」
一人、思考の海に漕ぎ出してしまっていた俺を、ビスカが訝し気な目で見てくる。
「傷を舐めてもらっても別に構わないと思うのは、普通なことなんだろうかと思って」
「はい……?」
って、何を聞いてるんだ俺は! 普通じゃないに決まっているだろう。馬鹿か!
「……スマン、馬鹿なことを言った。忘れてくれ」
ビスカは困惑の表情を浮かべている。ヤバい、引かれたかな。……引かれただろうな。
「別に、普通、なんじゃないですか。ほら、本当に治癒効果があるんじゃないかって、気になったら、そう思うことも別に、変というわけじゃ……」
ビスカが苦笑しながら必死にフォローしてくれた。
……いい奴だな。本当に。
「え、と。確かめてみます?」
「は……?」
え、確かめるって、何を。もしかして唾液のこと?
「ありませんとは言いましたけど、実際に調べたことなんてありませんし、もしかしたら本当に治癒効果があるのかも……」
何やら真剣な顔つきになって考え始めるビスカ。
「そういえば唾つけておいた時の方が、傷も速く治ったような気が……」
え、何。本気で確かめるつもりなのか。そこまで気を使わなくてもいいんだが。
「先輩」
「お、おう。なんだ?」
「首のあたりに裂傷がありますね」
「ん、ああ本当だ。さっきの戦闘で石の破片でも飛んできていたのかもな」
「ちょうどいいですね」
「え……ちょ、待て待て」
俺は慌ててビスカに制止を呼びかけるが、構わずビスカは正面から俺にもたれかかるようにして、密着してくる。背後には瓦礫の壁。ビスカに肩を掴まれてもはや逃げ場はない。
「すぐ済みますから、じっとしていてください」
「や、ちょ、待てって」
ビスカの顔が、俺の眼下に迫る。少し恥ずかしそうに頬を桃色に染めて、上目遣いに俺を見つめてくる。
「……先輩は、わたしに舐められるのは嫌ですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないが……」
そんな風に不安そうな瞳で見つめられたら、拒絶の言葉なんて言えなくなるだろうが。でも、これはマズいだろ。絵面的にもアウトな気がするんだが……というかこんなことしている場合じゃないだろう。
俺はビスカのことを止めようと手を伸ばす。
「んっ……!」
ビスカの身体に触れた瞬間、ビスカの喘ぐような甘い声が耳元に響いた。
「せ、せん、ぱい……傷口に、触らないで、ください。まだ、痛いんですから」
「す、すまない」
全身に傷だらけのビスカの身体にそれ以上触れることもできず、俺はビスカを止める手段を失った。……もう、なるようになれ。俺は知らん。
俺は目を瞑り、ビスカの舌が首筋の傷元を這う瞬間を待った。鼻先にビスカの髪の毛が触れるほどに近づき、その息遣いまでもがわかってしまう距離。それから、ほのかに香ってくる柑橘系に近い匂い。首筋に少し温もりを帯びたビスカの吐息がかかる。そして――。
「……おまえたちはこんなこところで何をしているの?」
俺でもビスカでもない第三者の声がその場に響いた。その声音には過分に呆れたような感情が入り混じっていた。
ビスカは慌てて俺の傍から離れると、声のした方へと視線を向ける。
その先にいたのはフード付きローブに全身を包み込んだ、見覚えのある立ち姿。
「おまえは、異端審問官――!」
『塔』の中で俺たちは再び精霊教の刺客に鉢合わせてしまった。
しかも、いろいろな意味で最悪のタイミングで……。
次話は明日投稿予定です!
 




