第三十九話 異端審問官襲来
第三十九話です。
よろしくお願いします^^
『塔』を目前に、エドナ王女の護衛団は精霊騎士団と激突していた。
強固な鎧に身を包み、堅実な剣捌きで向かい撃ってくる精霊騎士たちは、一人ひとりがそれなりに強かった。あくまで、それなりに。
「精霊騎士ってのは、こんなもんなのか?」
精霊騎士が放つ剣戟をいなして、蹴り飛ばしたのち、傍で一人精霊騎士を切り倒していたハイマンに問いかける。
「彼らは専任騎士を除いて、訓練はしていても、実戦経験はあまりない場合が多いからね。精霊騎士というのは大半が精霊教徒が期間を定めて修行の一環としてなるわけだし」
「そうなのか」
剣闘奴隷になってから、曲がりなりにも命を懸けた実戦を積み重ねてきた俺たちと比べると、やはり、戦力としては劣る。鎧や剣などの装備の差があって多少厄介な相手にはなり得ているが。
辺りを見回せば、苦戦している者もいるにはいるが、数的不利でありながら、奴隷たちは実力差でなんとか戦えている。同じように傍で戦っていたビスカが、精霊騎士数人をまとめて殴り飛ばしていた。
「先輩! エドナ王女たちが『塔』の入り口傍まで移動しています!」
ビスカの言葉を受けて視線を向けると、精霊騎士とは比べ物にならない練度を誇る護衛兵に守られて、エドナ王女は精霊騎士の囲いを突破しつつあった。俺たちがこの場を維持する役目を担うのもあと少しの間だな。
一対一では、余裕。一対二でも俺やハイマンなら普通に相手をできる。一対三だと相手の練度によっては危うい感じはあるが、ビスカにとってはそれでも温いようだった。
「おまえ、タスニタ人は多数を相手にするのが苦手なんじゃなかったのか?」
「苦手ですよ。でも相手は連携が下手ですし、同時に来られるより早く一対一の状況で倒してしまえば、単なる一対一の連続なだけなので、問題ありません」
「そうか」
もはや剣すら使わずに拳だけで相手をなぎ倒すビスカの姿に、精霊騎士も完全に恐れをなしてしまっている。加えて初っ端に指揮官らしき男がムガート将軍に殺されたのがでかいな。敵はまともな指揮も得られないまま、ただ個々人の集合として俺ら奴隷たちとぶつかってしまっている。全く数の有利を生かせていなかった。
「最初待ち伏せされていた時はどうなるかと思ったが、これならどうにかなりそうだな」
「そうだね。僕たちなら、この程度の相手にやられたりはしない」
余裕の出てきた俺たちは、会話をしながら、敵の攻撃を防いでは反撃し、着実に数を減らしていった。奴隷側にもちらほらと怪我を負っている奴はいるが、見える範囲では犠牲者は出ていない様子だった。
そしてついにエドナ王女が敵の包囲を突き破り、ムガート将軍や周りを固める護衛兵と共に門の入り口へと消えていった。
「よし、俺たちも長居は無用だ。さっさと『塔』に入ってしまおう」
「はい、わたしが道を切り開きます。ついてきてください!」
「頼む」
ビスカは切り開く、というか殴り開くといった感じで『塔』方面にいる精霊騎士に向かっていった。
俺もその後に続くのだが、何故かハイマンが動きを止めて後方を眺めている。
「おい、ハイマン。何やってんだ。ビスカに続け……って、何だ、あれは?」
何事かと思い、ハイマンが見続ける視線の先を追ってみると、そこには一人の人間が立っていた。黒いローブに身を包みフードを目深に被ったその姿からは異様な雰囲気が立ち上っている。そして、手にした大きな鉾の先には串刺しにされた奴隷の姿があった。
「あれは、おそらく精霊教の異端審問官……」
「異端審問官? 精霊騎士とは別物なのか?」
「全く違う。精霊騎士が精霊教の表向きの戦力なら、異端審問官は裏の……異端者を人知れず抹殺するための戦力さ。その強さは精霊騎士の比じゃない」
それは、そうだろうな。刺し貫かれた奴隷は一撃で絶命しているし、何より身にまとう濃密な雰囲気が、そこら辺の精霊騎士とは比べ物にならないほどに警戒心を喚起させる。一つ突っ込みどころがあるとすれば、全然人知れずに敵を葬っていないという事か。思いきり目立ってるし。
だが、その強さが別格であることは容易に見て取れる。精霊騎士たちでさえ巻き添えを恐れて、異端審問官の傍からは離れている。そして、邪魔者がいなくなったところで、異端審問官は再び、剣闘奴隷に襲い掛かった。
刺したまま掲げていた死体を放り捨て、すぐに見定めたターゲットに迫る。剣闘奴隷も、剣を構えて応戦しようとするが、ただの一太刀すらも許されず、神速の突きによってまたしても犠牲者が増える。そして、数人相手には武器の特性から、大振りの一撃を繰り出し、威力に任せて奴隷たちをなぎ倒した。
「マズい。このままじゃ、奴隷たちは全滅するぞ」
「あれは他の奴隷たちでは太刀打ちできないだろうね。僕たちでなんとか時間を稼いで『塔』に逃げ込んでもらわないと」
奴隷たちを見捨てて『塔』に逃げ込むという選択肢は取れない。この後、何があるかわからないし、俺たちは所詮奴隷だ。もし、何かの食い違いでエドナ王女と対立する羽目になったときに、仲間にできる奴隷の数は多いに越したことはない。いや、それ以前に『塔』で何が起こるかわからないのに、そこにたどり着くより以前に大量の犠牲者を出すなんて論外だ。
「ビスカ。いったん先に進むのをやめて、俺たちで後方の憂いを断つぞ」
「後方、ですか? ……ああ、なるほど。あれはヤバそうな感じですね」
ビスカは後方を見るなり警戒心を強める。
「三人で、何とか時間を稼ぎましょう。その間にほかの奴隷には『塔』の中に逃げてもらえば……」
「そうだな。まあ、時間稼ぎなら何とかやりようもある」
攻撃を躱しつつづけるだけでいいならそれなりに自信がある。何せ闘技場ではウィレム以外には、ただの一撃さえも攻撃を受けたことがないからな。
「俺が正面からやり合う。二人は援護を頼む」
「任せたまえ」
「わかりました!」
今まさに次のターゲットを仕留めようとしていた異端審問官の下へと割り込む。付きだされた鉾を剣で弾く。
「……気配が、薄い?」
異端審問官は俺が乱入したことにわずかに驚いた様子だった。というか、今の声、もしかしてこいつ、女か?
フードを目深にかぶっていたため、性別がわからなかったが、今漏れ聞こえてきた声は間違いなく女性のものだった。
「おまえ、女なのか?」
つい、そんなこと聞いてしまったが、当然のごとく返事はない。
返ってくるのは猛然と迫りくる突きくらいだった。
速い……けど、これなら何とか躱せないこともない。
異端審問官の繰り出す付きは並みの速さではないが、それでもウィレムの拳ほどではない。この程度なら――。
そう思った直後、異端審問官はこちらに向けて手をかざしてくる。
なんだ……?
と、疑問に思う間もなく、その手からは火球が放たれた。
「うわっ!」
とっさに躱すと、眼前をすれすれで火球がとんでいき、その熱が髪の毛をわずかに焦がした。
そうして、できた隙に迷わず敵は鉾による突きを繰り出してくる。危うく一撃をもらいそうなところで、割って入ったハイマンによって助けられる。
「どうやら敵は魔法も使えるらしい。十分に気を付けたまえよ」
「ああ、そうだな」
実際に戦闘で魔法を使われるのは初めてだったが、あれはかなり厄介だな。何より発動が速い。あんなに一瞬で出されるのでは、常に警戒しておかなければならないだろう。先ほどは運よく躱せたが、次もうまくいくとは限らない。
ハイマンが押され気味になると今度はビスカが切り込んで、相手を引き継ぐ。とはいえビスカは一撃が重い代わりに隙も大きい。すぐさま俺も援護に入る。
倒す必要はないとはいえ、こっちも本気で切りかかっているのだが、全く倒せる気がしない。三人がかりでも押し切れなかった。
「敵はどうやら、相当一対多の状況に慣れているみたいだね」
「やっぱりそうか」
こちらの連携もまだいまいちなところもあるだろうが、それ以上に相手の立ち回りは見事なものだった。いくら攻めても、隙ができないのだ。
「先輩、そろそろ……」
ビスカが背後にちらりと視線を向けながら、目配せしてくる。
どうやら、他の奴隷たちは時間稼ぎをしている間に『塔』の中へ逃げ込むことができたようだ。
「だが、この拮抗した状況じゃ、簡単には離脱できないぞ」
幸い巻き添いになるのを恐れた精霊騎士たちは距離を取っているため、障害にはなり得ないが、この状況で背を向けると異端審問官にやられてしまいかねない。
「わたしが、一瞬だけ本気で攻撃をします。その隙に、駆け込んでください」
「え、本気でって……」
今まで本気出してなかったのか。俺はすでに全力全開だったんだけど。
交替で攻めるタイミングでハイマンにも手短に伝えると、俺たちはそろって異端審問官から距離を取る。代わりにビスカが異端審問官に向けて全力の拳を打ち下ろす。
いきなり速度の上がったビスカの攻撃にたいして、敵は躱し切れずにその一撃をまともに受けた。と、同時に後方へと吹き飛ばされていた。
「さあ、今の内です!」
「あ、ああ。そうだな」
というか、今の一撃で、敵は倒せたのではないかとも思ったが、確認する間も惜しいので、呆然と立ち尽くす精霊騎士たちを尻目に、俺たちは構わず『塔』へと駆け込んだ。
次話は明日投稿予定です。




