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第三十五話 黒仮面の少女

第三十五話です。

よろしくお願いします^^

 メルカによってかけてもらった認識疎外の魔法は、正直なところ自分自身ではどうにも実感がわかない。同じく認識疎外の魔法を施してもらったハイマンを見ると多少輪郭がぼやけたような感じがするが、ハイマンであるという事は認識できる。これで本当に大丈夫なのか?


「二人はすでにお互いをよく知っているから、効果が薄れてしまうの。でも、初対面の人や、あまりあなたたちのことを見慣れていない人相手ならそれで大丈夫よ」

「そうか」


 メルカによると認識疎外を施している間は、相手に顔をうまく認識されないようになるらしい。実際顔を追わせて話をしても、顔を逸らした瞬間からすでに相手の顔が記憶からすっと抜け落ちて思い出せなくなるらしい。そしてそのことに対する違和感もない。なので、普通にしていればバレることはないと太鼓判を押していた。


「じゃあ、そろそろ屋敷に向かうとするかい?」

「そうだな」


 フラドとオイタスは宿屋に預けて、俺たちはフード付きのマントを身に着ける。姿はできるだけ隠した方がいい。そう考えての衣装だ。


「世話になったな。本当に助かった。ありがとう」

「どういたしまして。あなたたちはまだこれからも大変なのだから気を付けて」

「ああ、わかってる」

「そうだ。二人にこれをあげるわ。あいにく二つしか手持ちがないのだけれど……」


 メルカは俺たちに小さな錠剤のようなものを手渡してくる。


「これは……?」

「狂争薬って言って、一時的にあらゆる痛みや疲労を麻痺させる薬よ。あと無意識に掛けられてる身体のリミッターも解除されるわ。もっとも副作用が酷いけれど」

「なんか、ヤバそうな薬だな」

「本来は私たち魔導戦技研の者が瀕死の重傷を負って、敵地で捕虜にされそうになったときに、捕まらないように逃げるために使うものだから。あなたたちもいざというときにはそれを使って逃げて」

「わかった。ありがとう」

「いいえ……それと、報酬の件、覚えているわよね?」

「もちろんだ」

「ならいいわ。くれぐれも踏み倒さないように。……無事を、いえ、うまくいくことを祈っているわ」

「ありがとう。それじゃ」


 俺たちは今まで協力してくれたメルカに別れを告げて、グリンドル伯爵の屋敷を目指す。


「仮に奴隷から解放されたとして、君はこれからどうするんだい?」


 道すがら、ハイマンが唐突に問いかけてくる。


「いきなりどうしたんだ?」

「いやね、僕たちはこのままだとどっちみち今の居場所は失うことになるだろう? 一応は安定した剣闘奴隷の地位も捨てることになるし」

「そうだな。でも俺は剣闘奴隷でやっていくつもりは最初からなかった。だから俺は別に安定した剣闘奴隷の地位なんていらない」

「そうかい。君も解放奴隷を目指していたのか」

「君も、という事はハイマンもそうなのか?」

「ああ、僕にはやるべきことがあってね」


 ハイマンは急に真剣な顔をした。おそらくハイマンにも何か大きな目的があるのだろう。それを聞いてもいいものなのかはわからないが。


「実はね。僕は先の戦争で弟と離れ離れになってしまってね」

「そうだったのか」


 ハイマンも戦争で何かを失ってしまったらしい。とはいえ離れ離れという事は、弟はまだ生きてはいるようだ。


「奴隷から解放されたら、弟を探す旅をしようと思っている。あいつは、何というか危なっかしいから、放っては置けないんだ」

「弟思いなんだな」

「まあ、唯一の肉親だからね」


 そうか。ハイマンにもそんな目的があったのか。なら、なおのこと奴隷から解放されるために全力を尽くさないとな。


「ところで君はなんで解放奴隷を目指しているんだい?」

「記憶を取り戻すための旅をしたい」

「え……ちょっと待ちたまえ、記憶?」

「ああ、俺にはつい最近までの記憶しかないんだ」


 俺はミスリク戦争に参加したとき以前の記憶がないことをハイマンにも話した。


「道理で、君はいろいろと当たり前のことを知らないわけだ」

「そうなんだ」

「なら、なおのこと奴隷からは速く解放されて、記憶を戻すことに専念しないとね」

「ああ、そのためにも、何とか乗り切ろう」


 話している間にやってきたグリンドル伯爵の屋敷を見据えて、決意を新たにする。

 屋敷には当然のごとく門番がいるが、俺は事前にビスカから聞いていた、今回の件に呼ばれている奴隷に配られている特別通行許可証なる紙切れを、フラドたちから拝借しておいたので、それを見せて難なく屋敷内に入り込む。ちなみに顔を見られたが、特に何事もなく門をくぐることができた。


 屋敷の奥へと進んでいくと広場に人が集まっていた。奴隷たちだ。ビスカの姿もある。

 今はまだ誰にも気取られるわけにはいかないので、あえてビスカの方には近づかないで離れた位置で状況が動くのを待つ。


 少しすると、広場に中年くらいの細身の男と、それから腰に剣を帯びた護衛らしきものたちに守られるようにして一人の少女が歩いてきた。何故か黒い仮面しているせいで素顔は見えない。

集まっていた奴隷たちは広場に現れた人物に気付き、話をしていた者たちも黙って、そちらへと視線を向けた。


「全員そろったようだな。では先日話していた君たちの新しい主人となる方を紹介する。……さあ、お願いします」


 グリンドル伯爵がそれだけ言うと、隣にいた黒仮面の少女に話すように促した。


「私は、今日この時より其方らの主となる。見事私のことを守り抜き、目的を達成できた暁には其方らの奴隷からの解放と相応の身分を約束しよう」


 奴隷からの解放はいいとして、相応の身分って、どういうことだ。


「目的等、詳しいことは帝都より抜けてから改めて説明しよう。それまでは黙って私に従うように。其方らの奴隷契約書はすでに私が引き継いでいるゆえ、勝手なことをしたり、命令に背いたものは殺す。以上だ」


 それだけ言うと黒仮面の少女はマントから紙の束を取り出して奴隷たちに見せ付けた。それは間違いなく、俺たち奴隷の生命線であり、枷でもある奴隷用の魔導誓約書だった。


 それから、グリンドル伯爵は奴隷たちを一通り眺めた後屋敷へと戻っていった。一瞬目が合ったが、認識疎外の魔法のおかげか、特に何ともなかったようだ。


「メルカさんの認識疎外の魔法はちゃんと効いているみたいだね」

「ああ、そのようだな」


 グリンドル伯爵さえいなくなれば後はもうバレる心配はないだろう。

 とはいえ、用心するに越したことはないので、屋敷から出るまではビスカとの接触は控える。


 グリンドル伯爵がいなくなると、広場には荷車が三台ほど運ばれてくる。


「其方らには、これから分かれてこの荷車に乗ってもらう。帝都を出るまでは決して荷車から降りぬように」


 黒仮面の少女がそういうと、護衛兵らしき人たちが奴隷のそばにやってきて、俺たちを荷車にどんどん入るように促してきた。

 俺はハイマンと一緒に二台目の荷車に乗り込んだ。ビスカは少し離れたところにいたので運悪く別の荷車になってしまったようだった。まあ、帝都から出るまでは接触を控えようと思っていたから別に構わないが、もし、移動中に何かに襲われたりしたら面倒だなという考えが頭をよぎる。


「ハイマン、いざというときは……」

「わかっているさ。まずはビスカとの合流を優先しよう」


 ひとまず方針を決めるとあとは荷車に揺られて目的地に着くのを待つだけだった。


 そして、俺の懸念はひとまず外れて、何事もなく荷車は夜の闇に紛れて、帝都を脱したのだった。


次話は明日投稿予定です。

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