第三十四話 誘惑大作戦
第三十四話です。
よろしくお願いします^^
結局色物専門店で衣装をそろえるという話は、ハイマンがメルカにやらかしたため、消えて無くなった。
「まあ、メルカさんなら軍用の服でも誘惑は余裕だと思うよ」
「……なら最初から、あんな格好させないでくれるかしら」
全くそのとおりだが、ハイマンの奴は、殴られてもいいと思えるだけのものは見られただろうなんて、耳打ちしてきやがった。もしかして、はなからメルカに色物の衣装を着せるためだけにあんな店に行ったのではなかろうか。そうだとしたら、ハイマンはどうしようもない奴だ。まあ、いいものが見られたのは確かだが……って、俺は何を考えているんだ。ヤバいな、ハイマンに毒され始めている。
「それで、私はこのままの格好で、その……誘惑、すればいいのよね?」
少し照れたようにメルカは口ごもった。そのことからもわかるように、メルカは誘惑とか、そういったことには、おそらくほとんど縁がないのだろう。
「そうだな。俺はメルカならそのままでも問題ないと思う」
「だけど僕としては、せめて一工夫は必要だと思うね」
「一工夫?」
ハイマンはまだメルカに何かさせるつもりなのか? もうこれ以上怒らせると手伝ってくれなくなるんじゃないか? 大丈夫なのかハイマン。
「……まだ、何かさせるつもりなの?」
ヤバい。メルカの表情が急転直下で絶対零度に近づきつつある。悪いことは言わない。やめておけハイマン。
「声を掛けるときは上目遣いをして、首元のボタンをはずして胸元を見せつつ――」
「……胸元?」
「いや、なんでもないかな。うん」
メルカの殺気の籠った視線に射抜かれ、さすがに生物としての本能がハイマンの口をふさいだ。というかハイマンの奴、メルカに対しては、グイグイ行くなあ。なんでだ。いや、もともとこういう奴だったのか。ビスカに言われて以来、他人についてもっと踏み込んでみたいとは思ったが、ハイマンの場合はあまり踏み込まない方がいいのかもしれないと思い始めてきたぞ。……もう若干手遅れ感は否めないが。
「もう衣装に関してはいいから、具体的な誘惑の仕方をレクチャーしてやってくれ」
「そうだね。そうしようか」
ハイマンは頷くと、誘惑の手順をメルカに説明する。
「とはいってもやることは単純だよ。メルカさんは対象に近づいて相手の袖をそっと掴むんだ」
「それで?」
「当然相手は気づいてこちらに振り向く。そしたら身を寄せて上目遣いにこういえばいい。――ねぇ、今から少しだけ……ダメ?――とね」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。僕の経験から言って間違いない」
「……ちょっと待て。経験?」
「ああ、僕はそれでイチコロだったよ。次の日の朝には有り金全部なくなっていたけど」
本当にこいつに任せて大丈夫なんだろうか。……まあ、いざとなったら多少強引でも力づくで人気のない場所に連れ込めばいいか。リスクはあるがフラド相手なら何とでもなりそうだし。
そして、翌日。
夕暮れ時に俺たちは集まり、二人が通りに現れるのをじっと待ち構える。最初に通りに現れたのはフラドだった。
「今雑貨屋の前を通り過ぎた髭面の男が、俺が成り代わる予定のフラドだ」
「ふむ、君とは似ても似つかないね。これは認識疎外無しじゃ成り代わるのは無理そうだ」
「だろうな。……メルカ、頼む」
「……わかったわ」
心なしか緊張した面持ちでメルカは通りへと繰り出していく。一応ハイマンのレクチャーを受けたうえで三回ほど練習もした。抜かりはないはずだ。
ターゲットであるフラドのそばに近づくとメルカは、ハイマンの指示通りに、フラドの袖をそっとつまんだ。すると、フラドはわずかな抵抗を感じて、振り返る。
「あん?」
「あ、あの……」
「なんだよ?」
「い、今から少しだけ……ダメ、かしら?」
「は……? ああ、そういう事か」
一瞬怪訝な表情を見せたフラドだったが、メルカの意図するところを読み取ったらしく、にやりと表情を崩した。
そして、メルカに誘われるがままに路地裏へと姿を消していく。
これはうまくいったのだろうか?
横で観察していたハイマンは俺と目が合うと親指を立ててきた。どうやらあれでうまくいっているらしい。後は人目のつかないところでメルカが催眠誘発の魔法をかければ一人目が終了だ。
「では、結果の程を見に行ってみるかい?」
「ああ、そうだな」
俺はハイマンと共に通りを横切り、メルカたちが入っていった路地裏へと向かっていく。と、路地裏に入ったところで大きな打撃音が聞こえてきた。
何の音だ? もしかして、何か手違いが起きてしまったのか?
ハイマンと顔を見合わせると、急いで通路の奥へと駆け込んだ。
「これは、いったい……?」
奥の少し開けた場所には、フラドが頭から血を流しながらうつぶせで倒れていた。そのすぐそばには座り込んで、涙目になりながら肩で息をしているメルカの姿があった。
「メルカ、大丈夫か?」
「え、ええ……何とか」
「何があったんだ?」
「ここに着いた瞬間、いきなり襲われて……」
メルカの説明によると、フラドはこの少し広めの空間にたどり着いた瞬間、メルカを背後からいきなり押し倒したらしい。突然だったためメルカは魔法も使えず、気が動転してしまい、のしかかってくるフラドの頭めがけて、近くにあった石を思いっきり打ち付けたらしい。メルカが視線を向けた先にはその時使ったと思われる握りこぶしよりも大きめの石が転がっていた。片側にはフラドのものと思しき血がついている。
「それで、つい睡眠誘発ではなく、強制永眠させてしまったと」
「こ、殺してはいないはずよ。……その時は気が動転して、殺すつもりで殴ったけれど」
「確かにいい音がしていたな」
「……必死だったのよ」
さて、メルカに本気で殴られたフラドは生きているのだろうか。
「ふむ……どうやら気を失っているだけみたいだよ」
ハイマンがフラドに近寄り、生死を確認していた。
「まあ、なんにしても、メルカも無事でよかった」
「……ありがとう。でも、もう一回これをやるのよね?」
「心配しなくてもいいよ。僕の知人はこんなケダモノみたいにいきなり襲い掛かったりはしないさ。彼は一応紳士だからね」
今の言い方、なんか俺の知人はケダモノみたいな言い方だが、フラドは別に知人とか言うフランクな間柄ではないぞ。しいて言うなら、存在を知っている程度の関係だ。
それから通りで待つこと数十分。今度はハイマンがとある男に視線を向け、俺とメルカに注意を促した。
「今食堂の前を通り過ぎた青年が、僕と同じ牢にいたオイタスだ」
「なんか、いけ好かない顔をしているな。あれなら認識疎外を使わなくても成り代われるんじゃないか?」
「君は僕の顔がいけ好かない顔だと言いたいのかね」
「安心しろ。俺はおまえの中身を見て判断してるから」
「顔については否定しないんだね……」
がっくりと肩を落とすハイマン。すまないがどうも俺はイケメンに対して、思うところがあるようだ。これもなくした記憶が関係しているのかはわからないが、現時点ではどうしようもない。
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、頼んだ。さっきみたいなことがあったら困るから、俺たちもすぐにあとを追う」
「……お願いね」
メルカは一度深呼吸をして、呼吸を整えると、再び通りに繰り出していった。
そして、今度も手順通りメルカはオイタスを路地裏へと誘うことに成功していた。
「案外、引っかかるものなんだな」
「メルカさんほどの美人に誘われれば、男ならついていきたくもなるさ」
そして、俺とハイマンはすぐさまメルカの後を追って路地裏に入り込む。すると――。
バコン。
――と、先ほどと同じように大きな音が、奥から聞こえてきた。
急いで、駆けつけてみるとそこには先ほどのフラドと同じように、地面にうつぶせに倒れるオイタスの姿があった。今度は頭から血を流しているだけでなく、太ももにはナイフが突き刺さっていた。何が起きた?
そばで自分の肩を抱きながら顔を赤く染めたメルカに視線を向ける。
「……後ろからいきなり抱き着かれたわ。それで……」
「それで?」
「み、耳を……」
「耳を……どうした?」
「あ、甘噛み、されたわ。それで、背筋に怖気が走って――」
とっさにナイフでオイタスの太ももを刺した後、拘束から逃れた瞬間、近くにあった木の棒で思い切りオイタスの頭を殴り倒したらしい。
「おい、ハイマン。おまえの知人もとんだ変態じゃないか」
「どうやら長い牢屋暮らしで相当欲求がたまっていたんだろうね。集団牢にいるうちは外に出られないから」
集団牢の者は、今回はグリンドル伯爵直々に特例処置として屋敷に向かう際のみ外出許可が与えられているとビスカに聞いていた。なるほど、こいつらは久々の外でそこら辺の感覚が緩んでしまっていたのか。
ともあれ、予定とは違ったが、目的の二人を捕まえて眠らせることには成功した。後は成り代わって屋敷に向かうだけである。
次話は明日投稿予定です!




