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第三十話 グリンドル伯爵の私室にて

第三十話です。

今回は少し長いです。

よろしくお願いします^^

 俺たちは人に見つからないように気を付けつつ、屋敷内を探索していた。


「どうやら晩餐会は屋敷東側のホールで行われるみたいだね」


 何度目かに訪れた部屋で、屋敷の使用人から隠れてやり過ごしているときに彼らの話し声がちらりと聞こえてきた。その時に聞こえてきた情報によると、今日グリンドル伯爵の屋敷では予想通り晩餐会が行われるらしい。そして会場には屋敷の東側にあるホールが使われるのだそうだ。そのあたりでは使用人たちが準備のために集まって、せわしなく会場設営を行っているらしい。


「東側には近づかない方がよさそうね」

「そうだな。使用人の大半は東側で準備に追われているらしいから、東側に行くと見つかってしまう恐れがある」

「逆に言えば西側は手薄になっているみたいだね。目的の場所が西のどこかにあればいいけど」


 当初の予定では夜になるのを待ってグリンドル伯爵の屋敷を探索する予定だったが、西側に限れば人が手薄なようなので、先に調べてしまうことにした。

 人が少ないとは言ってもいないわけではないので慎重に進まなければいけない。それでも、誰にも見つからずに移動するというのは至難の業だが、まだ一度たりとも見つかっていない。メルカの魔法によって使用人が近くに来るとわかるからだ。


「角を曲がった先、20メートルほどのところに使用人が二人いるわ。こちらに向かって歩いてきてる」

「よし、じゃあこの部屋に隠れてやり過ごそう」

 

 部屋の中に誰もいないことを魔法で確かめると、すぐさま侵入して身を隠す。そして数十秒後、ドアの向こうを話しながら歩いていく使用人の気配が、通り過ぎるのを待ってから、外に出る。


「探知魔法って便利だな」

「そうね。こういった潜入行動では必須の魔法よ。戦場での奇襲を防ぐのにも有効だから、軍に所属する魔法使いはこれを使えると重宝されるわ」

「そういえばメルカは魔導戦技研ってやつに所属しているんだったな。戦争とかにもいったりしてるのか?」

「ええ。先のミスリク戦争にも参加したわ。もっとも私の部隊は後方支援だけで、戦場に出る幕はなかったけれど」

「後方支援とかもするのか?」

「ええ。魔導戦技研は通常の指揮系統には属さないから役割も広範で、戦うだけではなく時には治癒魔法などを使ったりして負傷兵の救護を担ったりもするのよ」

「なるほど」


 何でも屋みたいな感じなのか。まあ、メルカにしても軍人って感じじゃないもんな。


 それから西側を探索していると、運よくグリンドル伯爵の私室らしき部屋を発見した。鍵がかかっているみたいだったが、メルカが難なく開錠して室内に忍び込む。


「魔導戦技研ってなんでもできるんだな。まさか鍵開けまでできるとは」

「これは私個人の技能よ。別に全員が全員できるわけじゃないの」


 メルカの話を聞くと魔導戦技研というのは個人の技能にかなり違いがあって、人それぞれ能力がてんでバラバラな部隊らしい。だからこそ通常の命令系統には属さず、それぞれの適性に合った個別の任務に従事するらしい。メルカなら能力的に潜入作戦とかばかりやっていそうだと俺は思った。


「どうやら当たりみたいだね。ここがグリンドル伯爵の私室だ」


 ハイマンが机に立てかけてある書類に視線をやりながら、そう言った。貴族の私室だから広いのかと思えば、それほどでもなく、内装もシンプルだった。本棚や応接用の机など必要最小限のモノしかない。カーテンをまくればベランダがあり、広い庭を一望で来た。


「奴隷の魔導誓約書は一定期間内に更新しなきゃいけないから、そんなに面倒なところにしまっているとは思えないけど……あ、これかもしれないね」


 机をあさっていたハイマンが引き出しから紙の束を取り出す。数百枚はありそうな量の魔導誓約書が出てきた。


「この中から自分たちの魔導誓約書を探すのか」

「そうだね。でもって、今回護衛に駆り出される奴隷たちのものとすり替えて表面上に偽装の魔法をかければ完了さ」

「護衛に駆り出される奴隷の分は……ああ、こっちにまとめてあるやつか」



 同じ引き出しに、十枚程度を紐で括られた束を見つけた。その中の一枚にビスカの名前があったからおそらくこれで間違いないだろう。あとは誰に偽装するかだ。俺は目星をつけている奴がいるんだが、ハイマンの方はどうするか。


「このオイタスという男は僕が集団牢にいたときに同じ部屋にいたものだ。彼なら顔がわかる」


 ハイマンが護衛団に選ばれた奴隷たちの魔導誓約書をめくりながら、そう言った。


「じゃあ、ハイマンはそいつに成り代わるか」

「そうだね。君はどうするよ?」

「俺はフラドってやつに成り代わる」


 魔導誓約書には顔が載っていないので、成り代わる際に知っている人物でなければどうしようもなかったが、幸いハイマンの知っている奴も選ばれていたようなので、この問題はどうにかなった。フラドには悪いが、もしかしたら危険な目に遭うかもしれないので、助けてやったと思って勘弁してほしい。


「あとはいつ成り代わるかだが……」

「彼らが屋敷へと向かう道中でなんとかするしかないだろうね」

「そうだな」


 細かい作戦はあとで考えるとして、まずは魔導誓約書をフラド、オイタス両名のモノと偽装を施した俺たちのモノと入れ替えなければならない。

 俺たちは二人で手分けして奴隷の魔導誓約書の中から自分たちの分を探し出してメルカへと手渡す。

 

「メルカ、頼む」

「ええ、任せてちょうだい」


 メルカは俺たちの分と入れ替える二人の分の魔導誓約書、計四枚を机に並べるとそれぞれに偽装の魔法を施していく。

 数分かけて魔法をかけ終わった魔導誓約書は完璧にそれぞれが入れ替わって見えた。


「解除魔法や鑑定魔法をかけられない限り、最大で三日ほどなら効果が持つはずよ」

「ありがとう。助かった」


 偽装が完成したので長居は無用だ。俺は魔導誓約書をもとに位置に戻して部屋を出ようとする。


「待って」

「どうしたメルカ? 何かこの部屋にまだ用でもあるのか?」

「違うわ。誰かがこの部屋に近づいてくる」

「え……?」


 誰かって、もしかしてグリンドル伯爵か? それはマズい。このまま部屋にいたら鉢合わせてしまう。どうすれば……。

 するとメルカは部屋の鍵をかけた。


「今出ていったら見つかってしまうわ。どこかに隠れてやり過ごしましょう」

「隠れるったって、いったいどこに……」


 当たりを見回す。本棚に机に……あとはベランダか。

 ハイマンは迷わずベランダへと走った。よし、俺もベランダに――と思った瞬間、扉の鍵が開けられる音がした。あ、やばい、間に合わない。


 次の瞬間扉が開けられ、グリンドル伯爵が入室してくる。そして、話しながら入ってきたことから、誰かを連れてきているようだった。それが誰かはあいにくわからなかったが、俺は何とか見つからずに済んでいた。


「スマン、助かった」

「静かに。向こうの声が聞こえるのだから、あまり大きな音を立てるとこちらの音も外に聞こえてしまうわ」

「ああ、わかった」


 俺は間一髪のところでメルカによって、物置のようなところに引っ張り込まれた。おかげで見つからずには済んだんだが……狭すぎてなんというか、当たってしまっている。


「なあ、メルカ。その、む……」

「……言わないで。わかってるから」


 抱き合うような形で物置に隠れてしまったため、俺の前面には柔らかな二つの感触が押し付けられている。意外と大きいメルカの胸は、想像以上にやわらかくて、同じ人間の身体の一部とは思えない。いったいどうしたらこんなモノが出来上がるというんだ……。


「……ねえ。変なこと考えてないわよね?」

「あ、ああ、真面目に考察してる」

「……何を」

「いや、うん、なんでもない」

「……余計なことは考えないで」


 それは無理。この状況で何も考えないとか無理だろう。考えないようにしても、おまえのそれ、自己主張が激し過ぎるんだよ。柔い双丘が脳に直接攻撃してくるんだって……。


「……あの、クロン。その……」


 メルカが上目遣いにこちらを見つめてくる。隙間から入り込む光に映しだされたメルカはやや恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。そして、何かを言いかけて、口ごもる。


「ど、どうした?」

「あなたの……その……」


 それだけ言って、メルカはうつむいてしまう。

 いったいどうしたんだと思いきや、すぐに原因に思い至る。至近距離でメルカの双丘が俺に押し付けられている。するとそれに反応した俺の下半身も当然メルカに押し付けてしまっていることになる。


「……スマン」

「……いえ、こちらこそ、ごめんなさい」


 狭い空間。吐息がかかるほどの距離で身体を重ね合う二人。物置の中はいつの間にかメルカから漂う女性特有のいい匂いで溢れていた。呼吸を繰り返すたびに心臓が高鳴り、緊張が高まるのを感じる。この状況はどう考えてもマズい。早く部屋から出ていってくれ……俺は、そう長くは持ちそうにない。


 気を紛らわせるためにも、空気穴のような部分に顔をよせ、外の様子をうかがう。いまだにグリンドル伯爵は誰かと話し込んでいる様子だった。耳を澄ませば、その内容も微かに聞こえてくる。


「ところで、話は変わりますが司教様。近頃は塔の方はいかがな様子で?」

「ランスの小僧が攻略して以降は何とか平穏を保てております。しかし、力を狙う愚か者どもが後を絶たないゆえ、塔の守護をさせている精霊騎士団も強化せねばと考えておるところです」

「それなのですが、よろしければ私の方でも資金提供をいたせればと考えております」

「それは誠ですかな。こちらとしても大貴族であるグリンドル伯爵から援助いただけるのであれば願ってもないことですが……何か事情がおありなのですかな?」

「いえいえ、滅相もない。ただ私は今後とも司教様とは良しなにと思いまして」

「……なるほど。そういう事でしたらありがたく援助を受けましょう」


 俺は気を紛らわせるためにも夢中になってその話に聞き耳を立てていた。気づかれないように細心の注意を払いながら戸口に身を寄せて、会話を盗み聞くことに半ば無理やりに集中していた。


 そして、グリンドル伯爵は近くの塔に駐屯している精霊騎士団に防衛費として装備代人件費もろもろ金貨千枚を即日寄付するなどの約束をして、話を終えた。それからは晩餐会をお楽しみくださいと言って、司教と連れ立って部屋を出ていった。


 もう大丈夫だろうと判断した俺は、物置から外に出る。


「なあ、今言っていた塔を守護する精霊騎士団っていうのは……って、メルカ?」


 メルカは物置から出るなり、力なく壁にもたれながら、肩で息をしていた。顔を真っ赤に染めて、目にはうっすらと涙を浮かべていた。


「ど、どうしたんだ? 大丈夫か?」

「はぁ……はぁ、大丈夫、じゃないわよ」

「いったい何があった?」

「何がって、ばか……動きすぎよ」

「へ……?」


 どうやら俺が聞き耳を立てている間、少しでもよく聞こえるようにと身じろぎしてしまったことで、メルカにはただでさえ狭い中で苦しい思いをさせてしまったようだった。


「苦しいというより、刺激が……」

「え……?」

「な、なんでもないわ!」


 メルカがそっぽ向いてしまったので、とりあえず謝罪をしておいた。すると、そのタイミングでベランダに隠れていたハイマンが部屋の中に戻ってきた。


「ふぅ、何とかやり過ごせたみたいだね。あれ、メルカさんはいったいどうしたんだい?」

「ああ、どうやら俺のせいで苦しい思いをさせてしまったみたいだ」

「……? そうかい。ちゃんと謝っておきたまえよ。彼女には認識疎外の魔法も頼まなきゃいけないんだからね」

「そうだな」


 もう一度謝ってみたが、いまいちメルカの機嫌は直らないままだった。


次話は明日投稿予定です!

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