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第二十二話 試合後のあれこれ②

第二十二話です。

二人の距離が少し縮まります!

よろしくお願いします。

「お久しぶりです、先輩。十日ぶりくらいですね」

「ああ……」


 すぐ隣の席にビスカが腰かける。

 通りかかった店員に、俺たちが食べていたのと同じメニューを二人前頼んでいた。そして、手持ち無沙汰になったビスカはチラチラこちらの様子をうかがうような視線を送ってくる。


「……身体の方はもう大丈夫なのか?」

「はい、もうだいぶ良くなってきましたよ。普通に生活する分には問題ないです」

「そうか」


 ビスカに視線を向けると、確かに見た目からはもうあの時の怪我が信じられないくらいに身体の状態はいいように見えた。瀕死の重傷が一週間でそこまで回復するとは、なんて医者いらずな身体なのだろうか。常人ではまずありえない。ビスカよりは軽傷だった俺の方が、今では状況が悪いくらいだ。そんな常識外れの回復力を持っているのがタスニタ人というやつなのか。


「あの……先輩?」

「……なんだ?」

「いえ、その……」


 ビスカが何か言いかけるが、途中でやめてしまう。そして俺も話すべき言葉を見つけられず、ただ黙って肉サンドをほおばった。


 二人の間には出会って以来初めて、気まずさのようなものが漂っていた。

 

「まったく、君たちはお互いに話をしたいと思っていたんじゃなかったのかい?」

「それはそうだが……」

「ですけど……」


 様子を見かねたハイマンが口にした言葉に、二人して歯切れの悪い反応を示す。

 その様子にハイマンはため息をついた。


「気にかかっていることがあるなら遠慮せずに言えばいいのさ。僕たちはあの激戦をともに戦った仲間なのだからね」


 気にかかっているというよりは、何となくあの時の恥を思い出してしまって、気恥ずかしくて話しづらいだけなんだが。


「クロン、君が思っていることは、君だけの思いこみではないのかな?」

「は……? 何言ってんだ?」

「いや、物事の見方というのは人それぞれということだよ。僕だって始めは君のことを大いに勘違いしていたわけだしね」


 ハイマンが少し自嘲気味にそう漏らす。

 何を言いたいかは何となくわかったような気がする。だがそれは、可能性の話であって、もし、思い込みではなかったら、それはそれで俺はどうしようもなくなるわけだが。

 ハイマンはしきりに、俺に促すような視線を送ってくる。

 聞いてみろっていうのか?

 いいだろう。こうなったらもうどうにでもなれ。


「……試合の時の俺は、さぞかし滑稽で、引いたよな」

「え……?」

「それはそうだよな。今までの俺からは想像できないくらい慌てふためいていたし、おまけにおまえは普通に助かると誰もがわかっているのに、俺だけが必死になって、喚いて……ああ、思い出しただけでも恥ずかしい」

「……そんなこと、ないですよ」


 ビスカは首を振る。揺れたポニーテイルが俺の懸念を振り払った。


「それだけ、わたしのために必死になってくれていたんですよね」

「それは……そうだが」

「……うれしいです。あの時笑ったのだって、別に馬鹿にしてとかじゃないんですよ。わたしのことで必死になってくれている先輩の姿がうれしくて、つい笑ってしまったんです」

「そうだったのか。じゃあ、別に引いたりとかは……」

「するわけありません。むしろわたしは魅かれましたよ。先輩の、わたしを案じてくれた、その気持ちに」


 ビスカは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 俺はその笑顔を見て何とも言えない気持ちになる。今までもやもやしていた心の内が、晴れていくのを感じた。


「わたしも一つだけ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「先輩はわたしのことを――」


 途中でいったん言葉を区切る。ビスカは少し不安そうな顔をした。先に続く言葉を発するのを躊躇っているように思える。

 俺はビスカが言葉を紡ぐのを静かに待った。時間にして数秒だろうか。ビスカはようやく決意を込めた瞳を俺に向けた。


「――化け物」

「え……?」

「わたしのことを化け物だって、思いますか?」


 出会って以来初めて、ビスカは怯えたような、そんな表情を垣間見せた。すぐに無理をした笑みに塗りつぶされてしまったが、一瞬だけ差した影には、ビスカが普段から笑顔の下に隠している心に抱えていた不安が、にじみ出ていたように見えた。


 思えば、誰だって生きている以上、不安がないわけがない。


 ビスカも初めてこの闘技場に連れてこられた時には、不安だってあったはずなんだ。俺ですら多少の不安感はあった。それが、ましてや俺よりも小さい、まだ年端もいかない少女ともなれば、強さなんて関係なく、不安や恐怖を感じていたはずだ。でもそれをビスカは笑顔で塗りつぶして、無理やり隠していたのではないのか。


 もしかしたら、ただの勘違いかもしれない。


 俺は他人のことを考えるのが得意ではない。というか、記憶を失ってから一度もそんなことはしてこなかったから、他人がどう考えているかなんて、よくわからない。だから俺の考えとは違い、闘技場に来たばかりのころのビスカは、別に不安を抱えていたわけではなかったのかもしれない。


 でも、今のビスカの様子から、これだけはわかる。


 ビスカは、人と関わることを大切にしている反面、いつだって相手に、自分が化け物だと思われているのではないか、という不安とも戦っているのではないか。

 世間ではタスニタ人は完全に化け物だと思われているようだし、檻にいたときのフラドたちの様子を見れば、それがどれほどのものなのかはわかる。

 おそらくこれまでもそうやって、他者からの化け物を見る目に、化け物に対する扱いに、さらされてきたのだろう。もしかしたら最初はタスニタ人とは知らずに接していた相手も、ビスカがタスニタ人だと知って手のひらを返したようにおびえられたり、拒絶されたりという経験だってあったかもしれない。そんなことがあれば、見えない傷となって心を蝕まれ、消えることのない不安に苦しめられてきたはず。

 俺に対しての問いの際、一瞬垣間見えた表情は、きっとそんな不安が漏れ出てしまったゆえのものだろう。

 俺が言葉を返さずいると、ビスカの瞳がわずかにうるんできているようにも見えた。無理をして張り付かせた笑みが、不安を必死に抑え込んでいる。そんな状態だった。……もう、見ていられないな。


「確かにおまえは普通じゃない。世間で化け物扱いされるのもわかる気はする」


 俺の言葉に、ビスカが泣きそうな顔になる。


「だが、世間なんて関係ない。そもそも俺は記憶喪失のせいで世間なんてろくに知らないからな。ただ言えるのは、おまえは俺にとって大切な仲間だってことだ」

「せんぱい……」

「それに、おまえが化け物だっていうんなら、おまえでも勝てなかった奴と互角に戦った俺はもっと化け物ってことになってしまうな」


 すると今まで静観していたハイマンも空気を読んで、言葉を引き継ぐ。


「なら僕は、倒してしまったわけだから最強の化け物だな。まったく、今後は警戒されて闘技場中の剣闘奴隷たちに注目されてしまうよ」


 ハイマンが笑うと、俺もつられて笑い声をあげた。

 俺たちが笑っているのを見たビスカも自然と笑みをこぼす。頬に一筋の涙が伝っていたが、見なかったことにしよう。やはりビスカには泣き顔や無理に張り付かせた笑顔よりも、自然な笑みがよく似合う。


 そして俺たちは、食堂の一席で十日遅れの祝勝会を行った。とはいっても肉サンドやいろんな葉っぱを混ぜただけの安いサラダだったが、仲間と共に食べた食事は、俺が記憶を失ってから食べたものの中で一番おいしかった。


次話の投稿は明後日の予定です。


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