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第二十一話 試合後のあれこれ①

第二十一話です。

ついに主人公はバトルの山場を超えたので、今回はその後のお話です。



 闘技場での戦いから十日が過ぎた。


 戦いに勝利した俺たちは個室を手に入れることができ、正規剣闘奴隷としての地位を手に入れていた。その代償として俺が失ったものも大きかったが……。


「やあ、クロン。調子はどうだい?」


 ノックも無し個室の扉を開けて部屋に入ってきたのはハイマンだった。あの時受けた左肩の怪我などの見舞いとして、一日おきくらいにハイマンは俺の部屋にやってくるようになった。ちなみに試合前に持たれていた誤解と偏見は、試合が終わった後、無事解くことができた。散々目の敵にされていた俺だが、ハイマンはビスカを助けるために身をとして戦った俺の姿を見て、俺に対する好感度をかなりあげたらしい。今では友好的な雰囲気すらある。


「まあ、だいぶ良くなったな。そろそろ試合に出ても大丈夫だろう」

「そうか。それはよかった」

「しかし、本当にすまなかったね。まさか君があんなに仲間思いの男だったとは思わなくて……」

「それはもういい」


 過ぎてしまったことを蒸し返そうとするハイマンの言葉を遮る。

 試合の時、俺は過去の記憶の一端を垣間見て、仲間を死なせないという誓いを思い出し、全力で戦った。一人では絶対に勝てないであろうウィレムに対しても、仲間を守るために挑みかかった。

 そして、命がけの時間稼ぎを行い、戦い続けた。

 この時、ハイマンが加勢に来てくれることを信じて戦い続けたことを、ハイマンにはえらく感動されてしまった。あれだけ酷いことを言っていた僕を信じて戦っていたなんて、僕は君に対してなんてひどい仕打ちをしてしまったんだろうか、なんて言って土下座されそうになったので、そこは何とか止めておいた。

 実際のところ、ハイマンのことは信頼したというよりは、戦闘の推移から、時間さえかければ敵を倒し、そのまま宣言していた通りビスカの援護に来るだろうという打算を働かせただけだった。信頼とかそんな、熱いものではない。なので、そこまで大げさに感激されると、かえって心苦しい。

 とはいえ、誤解が解けてからは何かと俺を気遣ってくれるので、いずれは踏み入って、ハイマンとも信頼関係を築いていくのも悪くないかもしれないとは思う。

 だが、俺が初めて、踏み入って、信頼関係を築いてみたいと思ったのは――。

 

「なあクロン。今日は気分転換に外出でもしてみないか。僕たちも、もう許可さえもらえば外に出られるんだからね」

「そう……だな。気分転換は必要か」


 俺はハイマンに連れられて外に出る。

 守衛所に行って許可を申請すると、探知魔法付きの首枷をはめられて、外出許可が与えられる。

 いつもくぐっている、闘技場の中へと続く門ではなく、今日は外へと続く門をくぐる。ここに連れて込まれた時以来の外だ。

 空は青々としている。闘技場から見上げた、外壁に囲まれた空とは違った、自由な青がどこまでも広がっていた。思えば記憶を失って以来、自分の意思で外を歩くことができるのは初めてのことだ。欝々としていた心がわずかに晴れていくのを感じる。


「ところでビスカの件だけど、まだひきずっているのかい?」

「――ッ。あたりまえだろう!」


 ついつい声を荒立ててしまう。

 

 ビスカは、俺が初めて踏み込んでみたいと思った相手だ。それなのに――。


○○○


 十日前、試合終了後。


 大歓声に包まれる闘技場の片隅で、俺はビスカの名を何度も、何度も呼び続けていた。

 そんな、あまりにも取り乱しすぎていた俺を見かねたハイマンが、俺のことを止める。


「少し、落ち着きたまえ。彼女は……まだ、生きている。かろうじてだが、これなら……」

「かろうじてだと! そんな状況で落ち着いていられるか!」

「いや、だから……」


 ハイマンが何か言いかけるが、俺はそんなことには構わずビスカに呼びかけ続ける。頼む、目を開けてくれ……。もう俺は、仲間を失うわけにはいかないんだ――。


 すると、願いが通じたのか、ビスカは薄っすらと目を開ける。

 

「ビスカ! 大丈夫か!?」

「これが……だいじょうぶに、みえますか?」

「……いや、見えない。でも、死ぬな!」

「だったら、ちょっと、ねかせてくださいよ」

「馬鹿、おまえ、今寝たら死ぬだろ!」

「ねたらしぬって……ふふっ、というかせんぱい……そんなあついかんじのひと、だったんですね」

「え……?」

「ぷ、ふふっ、いや、だって……いつも、あんなにさめたかんじなのに、ふふっ、なんか、めまでうるませてますし」


 瀕死の重傷のくせにビスカはくだらないことで笑っていた。おまえ、そんなことで笑っている場合じゃないだろう。

 

「君、彼女なら大丈夫だ」

「は……?」


 ハイマンが俺の肩に手をやり、頷く。


「僕も最初は知らなかったが、彼女はタスニタ人なのだろう。なら死なない限り、死にはしないから大丈夫だ」

「……?」


 ハイマンの言によると、なんでもタスニタ人は命を落とすその瞬間までは圧倒的な生命力に支えられて、簡単に死ぬことはない。たとえ瀕死の重傷でも、睡眠をとり安静にしているだけで元通り回復してしまうという。だから、今みたいにかろうじてでも生きてさえいれば、ビスカは死ぬことはないらしい。

 

 なんだ、てっきり俺は、ビスカはもう駄目なのだと……。


「ふふっ、そういう、ことです。……もう、ねますね……」


 ビスカはひとしきり笑った後、再び死んだように深い眠りに落ちていった。

 俺はビスカが無事であることを確認して安堵した。そして……猛烈な羞恥に襲われた。


 お、俺は、こんな大衆の面前で、あろうことか、取り乱してしまったというのか……。


 さすがに観客の全員が全員、俺のことを注目していたわけではないだろうが、少なからぬ人が勝者たちの動向を目で追っていたことは確かだろう。

 そんな中で俺は、特に死んだわけでもない(というか寝ていただけ)の仲間に縋り付いて、取り乱し、必死に叫び声をあげていたことになる。そういえば、ハイマンの奴もビスカがタスニタ人だと気付いていた……。ということは当然ビスカが死ぬことはないとわかっていたわけで、そのことを理解しながら俺の取り乱した様子を眺めていたということになる。

 俺は恐る恐るハイマンの方へと視線をやる。彼は苦笑したのち、生暖かい視線を俺に向けてきた。


 ……もうだめだ死にたい。


 記憶を失って様々な困難に曝されてきたが、今初めて、切実に、消えてなくなりたいと思った。

 


○○○

 

 ――ビスカとは結局、何も話せていなかった。

 あれから個室に移動することになって、数日後にはビスカが目を覚ましたという話をハイマンから聞いたのだが、あの恥ずかしすぎる記憶のせいで、未だにビスカと顔を合わせることができずにいる。


 ハイマンに連れられて入った定食屋で、焼いた肉をはさんだサンドイッチのようなものを食べながら、話を続ける。


「ビスカも君と話ができなくて寂しそうにしていたよ」

「わかってる。そもそも、試合が終わったら話そうと約束していたのは俺の方なんだ。でも……どんな顔して話せばいいっていうんだよ」


 俺が取り乱していた姿はもちろんビスカにも一部始終みられている。あんな姿を見られた後じゃあ恥ずかしくて顔なんて出せやしない。


「じゃあ、もうビスカとは会いたくないのかい?」

「そんなことはない、会いたいさ。会って話をしたい。あいつのことをもっと知りたい」


 ビスカとは話をしたいに決まっている。踏み入ってみたいと、俺は本気で思ったんだ。

 俺が迷いなく肯定の意を示すと、ハイマンはにやりと笑って、俺の背後へと視線を送る。


「……だ、そうだよ。よかったね」

「はい、てっきりわたし、嫌われてしまったのかと思っちゃいました」


 振り返ると、無事回復した姿のビスカが、そこにいた。


次話投稿は明日です。


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