第二十話 試合の結末
第二十話です。
ついに第一章の山場です。主人公が頑張ります。
よろしくお願いします。
貫通した槍先から血が滴る。
「……え、せん……ぱい?」
ビスカがかすれた声を絞り出す。薄っすらと開かれた瞳には、自分に覆いかぶさるようにしているクロンと、その左肩のあたりを貫く槍の切っ先が映し出された。
「ギリギリ……間に合ったみたいだな」
槍が振り下ろされる直前、クロンはぎりぎりのところで、体を滑り込ませ、ビスカを庇うことに成功していた。その代償として左肩を貫かれたが……。
「貴様、戦士の戦いに割って入るとは、恥知らずめ」
「これは、あくまで三対三の試合なんでね」
クロンは右手で突き刺さった槍を強引に引き抜く。吹き出す鮮血に構わずと立ち上がった。
「悪いがビスカを殺させるわけにはいかない」
「貴様はその娘に、敗北してなお生き恥をさらさせるというのか」
「いや、この勝負は引き分けだ。また後日改めて戦えばいい。それならば今どちらかが死ぬ必要もないだろう」
「戯言を……戦士の戦いに引き分けなどない!」
ウィレムが怒りに満ちたまなざしをクロンにぶつける。
「なら、まだ試合は継続中で俺が乱入したということにしておけばいい」
「……よかろう。どうあっても邪魔をするというのなら、貴様を片づけた後で、戦士の戦いに決着をつける」
ウィレムは槍を捨て、拳を構える。クロンを新たな敵と認めて意識を集中させていた。
対するクロンは先ほどヘンリクと戦った時と同様に、剣を逆手に構えを取った。
○○○
俺は左肩の痛みを無視して、目の前の敵に意識を集中させる。
タスニタ人であるウィレムの拳は一撃必殺の威力を持っている。同じタスニタ人のビスカですら試合開始早々にボロボロにやられてしまったくらいなので、俺は一撃たりとも相手の攻撃を喰らうわけにはいかない。喰らった瞬間、勝負が決すると考えた方がいいだろう。
それに対してウィレムはほとんどダメージを受けている様子はない。檻の中でフラドたちを軽く吹き飛ばしたほどの力を持つビスカですらダメージを与えられない相手にダメージを与えなければならない。状況は圧倒的に不利だった。
だが、ヴァルナクの時だって俺はただの一度も攻撃を受けることなく勝利した。
あの時できたことをここでもすればいいだけだ。
ウィレムの拳は速い。ほとんど見切ることのできないスピードで向かってくる。俺は完全に反射に近い体捌きで躱しながら、剣や蹴りによって反撃をする。しかし、ウィレムには軽く防がれてしまう。
それから幾度となくウィレムの拳が降り注ぐが、いずれも俺は躱していく。ヴァルナクと戦った時と同じく、考えるよりも先に体が反応している。
「貴様、やけに闘気が薄いのは、このためか。何とも捉えづらい」
闘気が何なのかはわからないが、俺は以前からたびたび存在感が薄いと指摘されていた。もしかしたらそれも、相手が攻撃を当てにくい一つの要因になっているのかもしれない。どうやら俺は天性の躱す才能に恵まれているらしかった。
「だが、闘気は力の源泉。それを薄くするなど、自ら勝機を捨てているようなもの」
ウィレムは一向に勢いの衰えない拳を振り続ける。
闘気というのが攻撃力に繋がっているというのなら確かに俺が、ウィレムに勝てる可能性は限りなく低くなる。
だが、だからこその剣だ。
もちろん剣であろうと力はあるに越したことはない。力があれば剣の切れ味上限は上がる。だが、もともとの切れ味だけでどうにかなれば、力はそれほど関係ないのだ。ただ、全力で相手を切る。それだけ。
ウィレムの拳をかいくぐりながら、隙を見て、針の穴に糸を通すような繊細な太刀筋で、関節部に刃を走らせる。さすがにウィレムも剣による攻撃は警戒しているため、大したダメージは与えられない。おまけに体自体が高い防御力を有しているようで、効き目もいまいちだった。正直なところかすり傷程度しか負わせられていない。
「残念だが、闘技場から支給されているなまくらでは、我が肉体にはたいしてダメージを与えることはできぬぞ」
実際、ビスカが持っていた剣はウィレムの拳でへし折られている。非力な分を剣の切れ味に頼っているクロンにとっては剣が通り辛い強靭な肉体を持っている相手というのは、かなり厄介な相手だ。
わずかなダメージでも積み重ねれば、いずれは相手を倒すことに繋がる。時間さえかければ倒せる可能性はわずかに上がるが、逆に時間をかけるほどスタミナは失われていき、ウィレムの一撃を受けてしまう確率も上がっていく。正直なところ、蓄積ダメージで勝つのは現実的に考えてかなり厳しい。かすり傷程度なら何度か負わせることはできているが、ダメージとしては微々たるものだ。実際のところ俺がしているのは、ただの時間稼ぎに過ぎない。それも一撃喰らえばおしまいの、ギリギリの綱渡りである。
どう見ても、俺には勝ち目がなかった。
だが、俺は勝負をあきらめるつもりは微塵もなかった。
しかし、左肩のダメージもあって、俺はついにウィレムの攻撃をかすらせてしまう。いまだ衰えぬウィレムの拳はわずかに触れただけの俺の右腕の皮を引き裂く。
「そろそろ、終わりのようだな」
「ク……。やはり、俺では勝てそうにないな」
追撃を避けるためいったん距離を取る。一度、攻め手を止めると、一気に疲労が押し寄せてくる。乱れた呼吸が、蓄積したダメージが、俺の戦闘継続に警鐘を鳴らしている。もう、これ以上ウィレムの攻撃を防ぎきることはできない。
「では、これにて決着だ。乱入者よ」
「……ああ、そうだな」
ウィレムが拳を振りかぶる。俺をまっすぐ見据えた瞳には、すでに戦うことをあきらめ、構えもしない俺に対する憐憫の色が浮かんでいた。
そして、ウィレムの拳が俺を捉える。
――その、直前で止まる。
同時にウィレムが驚愕の表情を浮かべていた。
その視線は己の腹から突き出した剣の切っ先へとむけられる。
「な……んだ。こ、これは……」
赤い血が滴る剣は、ウィレムの無警戒の背中から腹を貫いていた。
おもむろに振り返るとそこには、返り血に身を染めた金髪の青年が剣を突き出していた。
「き、貴様は、バイレスと……」
「彼なら、すでに僕の華麗な剣技の前に散ったさ」
ハイマンがどや顔で剣を引き抜く。少し離れたところでは全身血だらけの戦斧使いの大男、バイレスが倒れていた。
鮮血をまき散らせながら、ウィレムは膝をついた。
「おのれ……そろいもそろって、我が戦いに横やりを……」
怒りに顔を歪めるウィレム。だが、深手を負っていて、すでに戦闘を続ける能力はない。勝負は決した。
俺は一息つくと、いつの間にかボロボロになっていた剣を鞘に納める。
「……いったはずだ。これはあくまで三対三の戦いだとな」
激闘の末、俺たち挑戦者は見事三対三の試合を制した。
決着と同時に大歓声が舞い起こる闘技場。
しかし、俺は勝利の余韻に浸る間もなく、瀕死の重傷を負ったビスカの下へと駆け寄っていった。ハイマンもそれに気づき駆け寄ってくる。
「おい、ビスカ! 大丈夫か!」
俺は傷ついてボロボロになったビスカを抱き上げる。
そして、何度も、何度も名前を呼ぶ。何度も、何度も……。
しかし、ビスカが反応を示すことはなかった。
そんな……うそだろ。
俺はまた、仲間を守ることができなかったのか……。
大歓声の中に、悲痛な叫び声が混じり、そして消えていった。
第一章はあと少しだけ続きます。
次話は明日投稿します。




