第十九話 記憶の欠片
第十九話です。
本日はすでに昼間に『第十八話 ビスカ対ウィレム』を投稿しておりますので、未読の方はそちらからご覧ください。
ようやく主人公が覚醒する回です。ここまで、長かった……。チートのタグ設定を少し回収です。お待たせいたしました<m(__)m>
ビスカが絶体絶命のピンチに陥っている。大したことがないと思っていた相手はビスカと同じタスニタ人だった。破壊された壁を見るに相当なパワーを持っていることは確かだ。あんなの俺が戦っても勝てる気がしない。もしかしてビスカは初めからあいつがタスニタ人だと気付いていて、引き受けていたのか。
「よそ見している暇はないんじゃないかい? 俺さんだってよそ見しながら戦えるほど弱くはないぜ」
「クソ……」
再び始まるヘンリクの連続攻撃に対してまたも防戦一方になる。
それにしても、試合前にあれだけ君を守るだの豪語していたイケメンはどうした。ビスカがピンチだってのにあいつは何をやっているんだ。
ヘンリクの背後にいて、大男と戦っているハイマンに視線を向ける。強いと言っていただけあって一応押してはいたが、何度か剣で与えたらしき傷は大したことはなく、大男はタフさに任せて戦斧の大振りで果敢に攻め返している。あれはおそらく一撃でも喰らえばアウトだろう。そのため、ハイマンはより慎重に攻めざるを得なくなっているようだ。これではビスカの助けになんていけるわけがない。
……大口たたいていたくせにその様かよ。
「だから、よそ見はダメだって言ってるだろうよ」
「しまった……!」
ヘンリクの双剣が左肩をかすめる。傷は深くはないが、かといって浅いわけでもない。多少なりとも左腕の動きが鈍ってしまう。
「早く俺さんを倒さないと、あの嬢ちゃんは死んじまうぞ?」
「死ぬ? ここでの戦いは別に命を奪う必要はないんじゃないのか?」
「ないね。でもタスニタ人は違うのさ。彼らは戦士として戦った相手のことは必ず殺す。現にあいつ、ウィレムと戦った剣闘奴隷で生きてるやつは一人もいないぜ」
何……?
ビスカはあいつに殺される……?
俺は左腕を庇いながらヘンリクから距離を取る。そしてビスカの方へと視線を向ける。
かろうじて立っているビスカに向けてウィレムがこぶしを振り上げているところだった。このままではビスカは殺されてしまう。
俺も、ハイマンも、助けにいくことができない。
俺は……本当にビスカを助けたいのか。
ビスカは別に俺にとって重要な人物ではない。
俺が記憶を取り戻すのに必要というわけでもないだろう。
それにあのタスニタ人は戦った相手を確実に殺すという。
残念ながら、俺では勝てる目算はかなり低い。
となれば今回は生き残ることを優先して、ここはヘンリクに負けるなりして、あのタスニタ人とは戦わずに試合を終えた方がいい。
それが俺にとっては合理的で最善の判断だろう。
ビスカのことは……ハイマンが何とかするといっていたんだ。俺は別にあいつに加勢するとは言っていない。だから別に見捨てたわけでもない。
ビスカは別に俺なんかに期待もしていないだろうし、そもそも俺に対する信頼だってあまりないくらいだ。それこそ今日あったばかりのハイマンの方に期待しているに違いない。
だから、ビスカが死んでも、結局のところ俺には何も関係がない。
関係がないはずなんだ。
だから、助けに行かなくてもいいはずなんだ。
……なのになんで、割り切れないんだ。
助けにはいかない。いけないんだ。なのに、心は焦燥にかられ、ビスカが殺されてしまうことを恐れている。
いったい俺はどうしてしまったんだ。
不意に頭をチクリと刺すような痛みが襲った。一瞬だが、視界がぶれる。
そして、見たこともない光景が頭の中によぎった。
鮮血をまき散らせながら倒れていく女性に、俺は必死に手を伸ばしていた。
しかし、その手が届くことはなく、女性は血だまりに沈み、俺は心臓を握り潰されたかのような痛みに、苦しみに、飲み込まれる。
……俺は、許さない。
頭の中に声が響く。
……もう、目の前で仲間が、死ぬことは許せない。
その声には果てしない悲しみと、
……そして、仲間を守れなかった俺自身を許すことはできない。
際限なき怒りの感情が溢れていた。
今のは、俺の記憶、なのか。
断片的な、一瞬にも近い記憶の欠片。そして、溢れてきた感情、声。
覚えはない。しかしあの光景は心に深く刺さり、心を揺さぶる。
俺自身に記憶がよみがえったという実感はないが、あの光景は俺の心を握りしめて離さない。
間違いない。あれは俺の記憶だ。
俺には、守れなかった仲間がいた。
もう二度と、仲間を失いたくないと願った。
そして、仲間を守れなかった自分の弱さに憤り、後悔した。
俺はもう仲間を、ビスカを死なせるわけにはいかない。
ビスカを助ける。
今この時、そうすることが、きっと本来の俺なんだ。
「どうしたクロン。いきなりはっとしたような顔をして。俺さんを倒す秘策でも思いついたかい?」
「いいや、そうじゃない。――俺は今、一歩自分に近づいたんだ」
「ん、なんだそりゃ?」
「別にわからなくていい。ただ、あんたの相手をしている暇はなくなった」
ビスカはあまり長くはもたないだろう。早く助けに行かなければ殺されてしまう。今は一分一秒でも惜しい。
「暇はなくなったとはいってもな、俺さんもはいそうですかといって剣を引くわけにはいかないぜ?」
「そんな気遣いは必要ない」
俺は剣を逆手に持ち替え、構える。今までそんな剣の構え方はしたことはなかったが、それはあくまで記憶を失ってからの話だ。記憶を失ってからの戦いは基本的にこの闘技場でのもので、それはほとんどヘンリクに分析されてしまっている。だから俺は、今の自分の力は捨て、仲間を死なせたくないと強く願った心に、この身を委ねることにした。
「おまえさん、逆手持ちの剣術なんて身に付けているのか?」
「さあな。今の俺にはわからない」
でも、記憶はなくても、心と、体がきっと覚えている。
半ば無意識に逆手に持ち替えて構えた姿は、思ったよりもしっくり来ているような気がする。俺はただ、ビスカを助けたいと思い、剣を振るう。
「な、こいつは、厄介な――ッ」
ヘンリクが驚愕の表情を浮かべる。
俺は逆手持ちの剣撃を主体に、拳や蹴りによる攻撃を織り交ぜ、変幻自在の攻めを展開した。
全く情報のなかった戦術に、ヘンリクは対応しきれず、ついには隙を生じた瞬間に俺の放った蹴りをまともに喰らって膝をつく。ヘンリクが起き上がるところへ、その首筋に切っ先をかざした。
「驚いたぜ……まさか、そんな隠し技があったなんてな。完敗だ」
ヘンリクは苦し気な表情をして腹をさする。そして武器を捨てて降参の意を示した。
俺はその様子を見て取ると、すぐさまビスカの方へと駆け出した。
視線の先では地面に横たわるビスカに、ウィレムが今まさに槍を振り下ろそうとしていた。
クソ……間に合え――。
そして、ウィレムの振り下ろした槍が肉をえぐり、鮮血があふれ出る。
次話の掲載予定は明日です。
ちなみにウィレムの強さは5ビスカくらいのつもりで書いてました。はたして前話でそれくらいの強さにうまく描写できていたのか自信ないですが……。




