第十六話 困惑
第十六話です。
よろしくお願いします。
闘技場の門の前、試合開始直前の待機場所で俺とビスカは安堵の息をつく。
「わたし、てっきりこれから先輩と殺し合いをするんだと思っていましたよ」
「俺もそう思っていたが、どうやら違うらしいな」
クロン対ビスカの試合が始まるものだとばかり思っていた二人だったが、今回の試合は一対一ではなく、多対多の試合になるらしい。現在二勝している挑戦者三人と個室持ち三人とが戦って、勝った方が個室入りをするらしい。チーム戦なので個人の勝利はなく、最後に立っていた者のチームが勝者となる。
つまり俺とビスカは同じチームとして戦い、どちらかが最後まで立っていれば二人とも個室を得ることができる。三人チームということで、あと一人の存在が気になるが、ビスカと組めるのならかなり余裕を持って戦えるような気がする。下手すると俺よりも強いからな。
そして、気がかりだった三人目のチームメイトが現れる。
「やあ、君たち。僕はハイマンだ。今日はチーム戦ということだが、どうか足だけは引っ張らないでおくれよ」
残りの一人は金髪でなよっちい感じのイケメン青年だった。顔面ばかりにステータスが寄っていそうで、戦闘面で期待できるのか少々不安に感じる。別に期待はしていなかったから、どんな奴がこようがよかったが、もうちょっとましな奴が来てもよかったとは思う。
とはいえ、一応チームメンバーなので名乗り返しはしておく。
「俺はクロンだ」
「わたしはビスカです。よろしくお願いします」
ここでも礼儀正しく頭を下げるビスカ。するとハイマンは目を輝かせて近寄ってきた。
「君はビスカというのか。こちらこそよろしく。しかし何故君のような可憐な少女がこんなところにいるんだい?」
「えーと、それは奴隷狩りに捕まっていまいまして……」
まじめに返答するビスカ。それに対して大げさなリアクションを取りつつ憐れみを込めた仕草でハイマンはビスカの手を取る。
「何ということだ。そんな悲しい出来事があったなんて……奴隷狩りの連中はこんな可憐な少女を襲うなんて、全く以て許しがたいな。しかし、もう安心してくれ。僕が君のことを守るから」
「はぁ……」
ビスカは困ったような笑みを顔にはりつかせて、こちらに視線を向けてくる。これはおそらく助け舟を求めているのだろうな。普段ならスルーを決め込むところだが、先ほど、それなりにためになりそうな助言ももらったし、他人に無関心でいすぎるのも考え物かと思い始めていたところなので、求めに応じてやることにした。
「なあ、ハイマンとか言ったか、その辺にしておいたらどうだ」
「なんだい君は、気安く僕の名を呼ばないでくれないか」
ビスカに向けていたのとは正反対の、冷え切った表情で睨み付けられる。
「そもそも君は何なんだ? 僕が来る前は彼女と話していたみたいだが」
「まあ、同じ檻の中にいたわけだからな」
「な……!?」
ハイマンは驚愕の表情を浮かべ、ビスカの方へと振り返る。
「どういうことだい?」
「えーと、わたしと先輩は同じ檻の中で暮らしていました」
「先輩!? そう呼ぶように強要されたのか」
「え? いえ、これはわたしが自分から……」
「そう言うように脅されているんだな。なんてことだ!」
勝手に一人で盛り上がっていくハイマン。面倒くさいやつだな。これはちょっと俺には助け舟出せそうにない。助け船はたどり着く前に難波してしまったようだ。
「まさか檻の中でひどいことをされていたんじゃ……」
「いえ別に……初日は子分の人たちには襲われましたけど」
「何!? 子分に襲わせて自分は傍から君が凌辱される様を見て楽しんでいたというのか。なんて変態なんだ!」
ちょっと待て。俺は変態ではないぞ。確かにはたから様子見をしてはいたが、そもそも俺がフラドたちに命じたわけでもなければ、あいつらは俺の子分ではない。……あ、そういえば檻の中の人間関係をビスカに説明したことってなかったか。あいつから見たら、フラドたちは俺の子分だったように見えていたのか。確かに、おびえるあいつらに代わってビスカとの仲を仲裁してやっていれば、俺が子分の後始末をしてやったようにも見えなくもないのか。実際には檻の中のリーダーにさせられたのだって、フラドたちがビスカを襲った後のことなんだが、それもビスカからすれば知らないわけで……。
ちょっと待てよ。ということはハイマンの言っている通りに、ビスカの中では俺がフラドたちに命令して襲わせたことになっているのではないか。
「そう、なんですかね……」
「そうだ、あいつは最低の変態野郎だ」
ビスカに疑念交じりの視線を向けられる。やはり勘違いしているらしい。しかし、俺に確認もせずにハイマンの言うことを鵜呑みにしているのはちょっとおもしろくない。俺はそんな奴に見えていたのだろうか。
「だが、安心してくれ。今日の試合に勝てば君も個室に行ける。僕が勝って、君を変態の檻の中から救い出して見せる!」
「は、はい……その、頑張りましょう」
ハイマンの中では変態クロンの檻の中に捕らわれたかわいそうな少女を助け出すというストーリーが出来上がってしまっているようだ。勝手に盛り上がっているハイマンの勢いに押されて、ビスカはたじたじになりながらも頷いている。
ハイマンは俺とビスカの間に立ち、ビスカの傍に寄り添った。そして俺のことを睨み付ける。
「もう彼女のことは、君の好き勝手にはさせない」
「別に好き勝手はしてないんだが……」
完全に俺が悪者扱いだ。
ビスカも苦笑して、成り行き任せを決め込んでいるようだった。俺の変態という汚名をビスカが否定してくれてもいいようなものだが、どうやら俺は庇ってもらえるほどの信頼をビスカから得られてはいないようだった。当然といえば当然だ。別にそれでもかまわないと、記憶を失ったばかりのころの俺ならそう思っていたはずだ。しかし、今は僅かばかりだが、気に入らないという感情が芽生えている。
ハイマンがしきりにビスカに話しかけている。イケメンということもありまんざらでもない様子でビスカもそれに応じて会話をしている。ビスカは根がいい奴なので、多少うっとうしくても、目に見えて相手を邪険に扱うことがないため、調子に乗ったハイマンはどんどん言葉を重ねていく。
それにしても……今日あったばかりのくせに何を親し気に話しかけているんだ。おまえはビスカの何を知っているというんだ。こいつはタスニタ人だぞ。それを知っても、今みたいに気安く話しかけられるのか。どうせ無理だろう。フラドたちのようにおびえて腰を抜かすに違いない。こんなやつなんかではビスカと共にいることなんてできるわけがない。俺の方がこいつとは……。
「先輩? どうしたんですか。もう門は開いてますよ」
ハイマンに手を引かれながら歩くビスカが振り返りながらそう言った。するとハイマンが、あんな変態に話しかけてはいけないとビスカに注意を促している。
「……わかっている」
自分でも驚くような不機嫌そうな声が漏れた。いったい俺はどうしたというんだ。今までこんなことはなかった。感情が不安定になっているのを感じる。自分には関係のないことなのになぜこうも感情が揺れるのか。以前リスタに嵌められたときに湧き上がった怒りとはまた違った感じだが、ある意味似たような感じさえする。理解が追い付かない。俺はいったいどうしたいんだ。
リスタに対する怒りはリスタに対する復讐を誓うことで処理できたが、今回のこの感情は納め方がわからない。ハイマンに対してよくない感情は湧いているのだが、だからといってハイマンに復讐だとかそんなことは思わない。実際言葉でののしられただけだから、俺自身にそこまでの害は及んでいないのだ。
けれども感情は不安定に揺れていて、いつもの落ち着きを取り戻せない。
よくわからない苛立ちと困惑に飲み込まれたまま、俺は警備兵に急かされるように闘技場の門をくぐっていった。
次話の掲載予定は2016年12月22日(木)です。
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