第十五話 ビスカからの助言
第十五話目です。
よろしくお願いします。
闘技場で三勝すれば個室が与えられる。
クロンはあれからさらに一対一の試合で二勝していた。いずれもそれなりの手合いだったが、ヴァルナクほどの相手ではなく、なんなく勝利することができた。だが、次はそう簡単にはいかないだろう。個室行きをかけた戦いは、現在個室を持っているものとの対決となる。相手は当然実力者であり、個室維持のために全力で戦ってくるだろう。ちなみにバトルロワイヤル以外では相手を戦闘不能にした時点で勝利が決まるため、負けても死ぬことはあまりない。そのため個室持ちは、同じ個室持ちとの戦いには負けても死ななければそのまま個室に残留することになるが、挑戦者に負けると生き残っても個室を失うことになるため、全力で向かってくる。
「先輩は今日でここから出て行ってしまうかもしれないんですね」
ビスカが悲し気な顔をする。
「まあ、そうだな」
「わたしをこんなところに置いていかないで下さいよ」
ビスカが視線をやると、フラドとその子分たちが整列し、そろって頭を下げる。
「居心地が悪いったらないんですけど……」
フラドたちはあれから、ビスカに視線を向けられるたびに頭を下げるなどの過剰な反応を示すようになり、暇さえあればマッサージを申し出たり、ビスカの強さを称えたりしていた。それをビスカは完全に煙たがっている。それでも目に見えて邪険に扱ったりしないところに、ビスカの人の良さを感じたりはしていた。
正直、フラドが言っていたタスニタ人の像とはかけ離れているような印象を受ける。
「なあ、おまえは人を喰ったりするのか?」
フラドが言っていたタスニタ人の評を思い出したクロンが唐突にビスカに尋ねると、その質問を耳にしたフラドたちが一瞬びくつく。対するビスカは怪訝な顔をした。
「なんですかそれ。いくらわたしでも、人なんか食べるわけないじゃないですか」
「まあ、そうだよな」
「お腹が減りすぎていたらどうかわかりませんけど……」
「え……?」
ビスカがそういった瞬間フラドたちは顔を青くして後ずさった。
「いやですね。冗談に決まってるじゃないですか」
「お、おう……」
ビスカは笑って流したが、次の食事からフラドたちがビスカに献上する飯の量が増えたことは言うまでもない。
俺がいなくなった後もなんだかんだで、檻の中は別に問題ないとは思う。そもそもビスカもすぐに個室行きを決めるだろうし、そうなればフラドたちとは離れられるだろう。
ちなみにこの檻のメンバーの戦績は以下のとおりである。
・クロン 2勝0敗
・ビスカ 2勝0敗
・フラド 1勝2敗
・子分その一 0勝2敗
・子分その二 1勝1敗
見てのとおりフラドたちの戦績はそこまでよくはない。たぶん個室に来るのはまだ先の話になるだろう。それに比べてビスカはつい先日の試合に勝利して俺と同じく二勝している。もっとも試合間のインターバルもあるので、すぐに次の試合ができる可能性は少ない。とはいえ、近いうちに個室に行けるだろう。ビスカならまさか負けるなんてこともないだろうし。
「そういえば先輩は解放奴隷を目指しているんですよね?」
「そうだが……それがどうした?」
「言ってませんでしたけど、実はわたしも解放奴隷を目指しているんですよ」
「ふーん。そう」
「……あれ、そこはどうしてって理由を聞くところではないですか?」
「別に興味ない」
「えぇ……」
ビスカががっくりと肩を落とす。そんなに理由が聞いてほしかったのか。別に俺に話したってどうなるものでもないだろうに。それとも俺になんかしらの関わりでもあることなのか。
「個人主義上等のタスニタ人であるわたしが言うのもなんですけど、先輩って対人能力低いですよね」
「何? 別にそうは思わないが」
「自覚無いみたいですけど、相当酷いレベルですよ?」
ビスカは憐れみを含んだ視線を俺に向けてくる。
「なら、具体的にどこが酷いのか言ってみろ」
「相手に全く踏み込んでいかないところとかですね」
「踏み込んでも仕方がないだろう。俺にはなんの得もない」
「その思考がもう駄目です」
「は……?」
こいつは何を言っているんだ。他人に踏み込むなんて、余計な問題を自ら増やそうとするようなものではないか。それを避けることの何が駄目なんだ。
「人は、誰かのことを踏み込んで考えて、反対に誰かに踏み込まれて考えられて、お互いを理解し、信頼し合えることが大切なんですよ。そうすることで、お互いに助け合って、一人ではできないことを成し遂げることができるようになるんです」
「タスニタ人は個人志向なんじゃなかったか?」
「わたしも元はそうでしたが、ある人に教えられて、今では他人と理解し合うことの大切さも知っています」
他人を理解する、か。そういえば今までそんなことはしてこなかったな。もっとも記憶を失くしていて、今をどうにかすることに必死で他人に気を回せる余裕がなかったからともいえるが……思えば屋敷で会ったエルドやメルカのこともほとんど何も知らない。エルドは何故俺に友好を求めてきたのか。メルカは何故俺に味方してくれていたのか。その真意もわからない。考えようともしなかった。どれだけ自分のことで精いっぱいだったんだ、俺は。
もしかしたら、エルドやメルカとも理解し合って助け合えていたら、こんなところに送られることもなかったのだろうか。
「まあ、こればっかりは口で言っても仕方がないことですからね。徐々に他人にも興味を持ってみてくださいっていう助言にとどめておきます」
「そうか……まさか後輩から助言を受けることになるとはな」
「先輩だろうと後輩だろうと、自分以外の人からは何かしら学べることがあるものです。……ってちょっと偉そうにしすぎましたね。すみません」
ビスカは遠慮がちにはにかんだ。
正直、ビスカのことは力が強いだけの小娘程度にしか思っていなかったが、案外自分の考えを持っていることに驚いた。それは記憶を失くして、いまだ自分のことで手一杯な俺とは比べ物にならないほど充実しているように思えて、少し、ビスカのことが眩しく思えた。
俺は記憶を失って以来、大変な目に遭い続けていると思っていたが、目の前にいる少女も見た目十五才くらいでありながら、大陸中から忌み嫌われる民族で奴隷にされた身だ。きっと俺のように辛い体験をしてきたのだろう。そして、そこから学んできたこともあるに違いない。その中の何かが、個人主義の民族でありながら、人とかかわることが大切だと思わせるようにビスカのことを変えたのだろう。そう考えると、何があったのか、多少の興味は沸いてくる。
これが、他人について考えるということなのか。
考え始めてみると、自分の記憶を取り戻すことにはたぶん関係ないだろうとわかっていても、ビスカに何があって考えを変えるに至ったのかが気になり始めた。また、どうして解放奴隷を目指しているのかも少し気になる。
今まで他人のことなどどうでもいいと思っていたし、踏み込もうなんて思いもしなかったが、ビスカ相手になら少し踏み入ってみてもいいかもしれないと思い始めていた。
「なあ、ビスカ」
「はい、何ですか?」
「おまえはいったい何があって――」
しかし、問いを言い切る前に、檻の外からの声がクロンの言葉を遮った。
「13番、試合だ。檻から出ろ」
警備兵がクロンの出番を伝える。タイミングの悪いことに今から試合に出なければならないらしい。
「仕方ない。試合から帰ったら少し話をさせてくれ」
「はい、楽しみに待っていますね」
ビスカが嬉しそうにほほ笑んだ。早く試合を終わらせてビスカと話をしたい。そんなことを思っている自分に気付く。他人に興味を持つとここまで気持ちにも変化が現れるのかと素直に驚いた。
俺は足早に檻を出て、闘技場へと向かおうとする。
しかし、何故か警備兵はまだ歩き出さない。
俺が訝しんでいると、警備兵はもう一度檻の中に向けて口を開く。
「706番、おまえも試合だ。出ろ」
706番はビスカの番号だったはず。同じ時間帯にビスカも呼ばれた。
どういうことだ、俺の対戦相手は個室持ちのはずでは――。
少し緊張した面持ちで檻から出てくるビスカ。いつもは楽しそうに出ていくビスカだが、こんな表情は始めてみる。ビスカの方もこの後の試合の可能性に気付いているのだろう。
二人は無言で視線を合わせる。
そして、先ほどはあれほど話をしたいと思っていたのに、今は互いに口を開くことなく、二人は闘技場へと向かっていった。
次話の掲載予定は2016年12月20日(火)の22時です。
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