第十二話 さらば、ヘンリク
第十二話です。よろしくお願いします。
「いやぁ、おまえさんはやるやつだと思っていたぜ」
「全身筋肉痛で痛いから、身体には触らないでくれ」
「おっと、こりゃ失礼」
ヘンリクは俺の肩に触れていた手をひっこめた。
あのバトルロワイヤルから三日たった今、ようやく体の痛みにも慣れてきていた。
試合終了直後意識を失った俺はそのまま警備兵に闘技場から運び出されて、もといた檻の中に投げ込まれたらしい。らしいというのは、結局俺の意識が戻ったのは丸一日が経過した後のことだったからだ。
それから一日は、意識は戻っても全身の筋肉痛が酷くてまともに動くことができなかった。
今日になって痛みが引いてきたことで、ようやく動けるようになったところである。
「まさか三十人の中で生き残るだけじゃなく、ミスリクの元将軍を喰らうとはな。見かけによらずおまえさんはとんだ怪物だったってわけか」
「今回勝てたのはあの将軍が敵のほとんどを倒してくれた上にかなり疲労してたからだ」
本当はそこまで疲労していたようには見えないが、そういうことにしておこう。実際、攻撃を躱せただけで、うまく隙をつくことができなければ絶対に勝てなかった相手だ。
「それでも大したもんさ。だって、ヴァルナクだったんだろ?」
「本人はそう名乗っていたが」
「奴は先の大戦で最後まで帝国に抵抗して拠点の一つを防衛した名将だ。闘技場ではなく戦場だったらおまえさんは帝国の英雄になれていたところだぜ」
「残念ながら戦場だったらそもそも勝ち目なんてない。あんなにいい条件でまみえることはできないだろうからな」
戦場であればヴァルナクはその優れた指揮能力を存分に発揮して戦ったことだろう。それに対する俺はただの兵卒。そもそも一騎打ちに持ち込むことすら無理というものだろう。ヴァルナクにとっては最悪の状況で、俺にとっては最高の状況だった。
「なんにせよ。主催者の意図をぶち破ったおまえさんの今後の活躍に期待だな」
「主催者の意図か。何故か俺はこういう扱いばかりを受けている気がするな」
今回のバトルロワイヤルは、主催者の意図としてはヴァルナクに華々しいデビューを飾らせて観衆を盛り上げようというものだったのだろう。三十人もの大乱戦の中、圧倒的な力を持つ怪物が勝者となる。その強さを目の当たりにした観客は、今後のヴァルナクの試合にも期待して観戦しに来るようになる。そんな流れを思い描いていたに違いない。
しかし、現実は圧倒的な存在感を放つ強者を影の薄い一兵卒が倒してしまったのだから大番狂わせもいいところだ。しかも圧倒的な戦闘を見せたわけでもなくただ攻撃を避けまくった後に隙をついて倒しただけだ。観客からすればつまらない戦いだっただろう。最後の大歓声も予想外の健闘をみせてまぐれで勝利した俺への驚きによるものだろう。正直観客が盛り上がるような戦いができない俺に今後も客が付くとは考えにくい。そう考えると主催者としては頭が痛いだろうな。
しかし、俺からすればそんなことは知ったことではない。
はなから闘技場を赤く染めるためのグラデーションとして参加させられたようだが、俺はまたしても困難を乗り越えた。
俺はやれる。
圧倒的な強者を相手にしても、立ち向かい、勝利を手にすることができた。
このまま突き進んでいけば、きっと記憶も取り戻せるはずだ。
俺は、俺が何者なのか、早く知りたい。
「そういえば聞いてなかったが、おまえさんはなんで剣闘奴隷から早く解放されたがっているんだ? 正直解放奴隷になるよりは正規の剣闘奴隷の方がもうけもあるぜ」
「俺にはやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと?」
「そうだ。俺は自分の記憶を取り戻さなくてはいけない」
「記憶を取り戻す?」
「ああ、俺はミスリクでの戦争より以前の記憶を失くしてしまったんだ」
以前メルカにも話したことをヘンリクにも話した。他人に話すような話でもないが、闘技場に来てからいろいろ教えてくれた礼もかねて、当たり障りのないことは話しておいた。
「なるほどね。そりゃ大変だ。でもミスリク人でなくてあの戦争に参加していたんならたぶん傭兵だろうよ」
「やはりそうなのだろうか」
闘技場での俺は、明らかに戦うことが体に染みついていた者の動きをしていた。それもそこら辺の兵士くらいなら負けないくらいに動ける。ならばやはり俺は記憶を失う前は傭兵だったのか。どうもピンと来ない。俺は、自分でいうのもなんだが、そこらへんにいるような人間とは別物なのではないかという、そんな予感があった。
「ああ、そういえば、俺はおまえさんとは一時お別れだ」
「え……?」
「おまえさんが戦った翌日の試合で勝って、晴れて俺は個室行を決めてたわけよ。ちょうど移動日が今日」
唐突にそんなことを言うヘンリク。いつの間に。何事もそつなくこなすこいつもいったい何者なんだろうか。ふとそんな疑問が頭をよぎった。しかしまあ、どうでもいいかと思い、口にはしなかった。
それから夜になると、呼びに来た警備兵に誘われてヘンリクは五人詰めの檻から出て行ってしまった。
その後、今まであまり話したことのなかった他のメンバーに話しかけてみるが、ヘンリクほど気さくな奴はいなかった。それと俺が気を失っている間に一人死んで、新しい奴に変わっていたらしいが、全く気付かなかった。
「ヘンリクがいなくなったから、今日からはこのオレがここでは一番の古株になる」
そういって俺の前に歩いてきたのは、少し腹が出ているが、鋭い目つきと無精髭が特徴的な男だった。名はフラドという。
「ちなみにオレは後二回勝てば個室入りをする」
「そうか。それで?」
「元将軍を倒したらしいが、オレの方が立場は上だ」
ああ、なるほど。こいつはこのちっぽけな檻の中で支配者を気取りたいわけか。ヘンリクがいた頃は自分よりもヘンリクの方が上だったから何もできなかったが、いなくなった今はこいつよりも上の者はいない。それに檻の中の者は一人代表を決めて必要な場合はそいつが警備兵と交渉をするというルールもある。いわば檻の中のリーダー的な感じだ。今までは恐らくヘンリクがやっていたのだろう。で、次はこいつがやりたいと。
別にいいんじゃないか。俺は興味ないし。
「わかった。この檻の代表は君だ。俺も認める」
「ならいい」
それだけ言うとフラドは仲間の下に戻っていった。
そして、他の仲間と会話に勤しんでいる。残念ながら俺をその輪の中には入れる気はないらしい。バトルロワイヤルでの成果がいささかでかすぎた俺は、どうやら警戒されて、檻の同居人たちからはハブられてしまったようだ。まあ、よく考えればこの中にいるやつらはみんな何時対戦相手になるとも知れない間柄なので、警戒するのは当たり前なわけで。
「しかし、そうなると暇だな。情報収集ができない」
ヘンリクという情報源を失った俺は、特にやることなく、今後どうすべきなのかに考えを巡らせながら、次の試合を待つことにした。
居場所と身分は最悪だが、俺の今は平和だった。
そんな平穏な剣闘奴隷生活は、残念ながら一日と持たなかったが。
翌日の早朝、ヘンリクの穴埋めとして檻に連れて来られたのは、少女の奴隷だった。
それが、檻の中の平穏なひと時を壊してしまう原因になるのだった。
そして、その影響は当然俺にも訪れる。
次話の掲載予定は2016年12月15日(木)の22時です。
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