第十一話 牙をむく怪物
第十一話です。よろしくお願いします。
長い時を戦場で過ごしてきた怪物の牙は速く、鋭い。ヴァルナクの双剣が踊るように剣閃を走らせる。俺はそれを全てぎりぎりで躱していった。
「ほう、避けるのは得意なようだな。だが、それだけでは儂には勝てぬぞ」
ヴァルナクは手を止めることなく、俺を追い込んでいく。一方俺はヴァルナクの攻撃を躱すだけで精いっぱいなので、反撃に移ることができずにいた。
もっともこれだけの剣撃をかすりもせずに躱し続けられることが、そもそも並みの反射神経ではない。
これだけ軽快に動く体に俺自身、驚いていた。
ヴァルナクの大振りを大きく躱して俺はいったん距離を取る。
一旦呼吸を整えるために、ヴァルナクも構えたまま距離を保つ。
「これだけ攻めきれぬのは久方ぶりだ。名を聞いておこうかの」
「俺はクロン。もとはミスリク王国側の兵士として先の戦争に参加していた」
「ほう、ともに故郷のために戦った兵士であったか。しかし、クロンという名は聞いたことがないのう。それだけ突出して動けるのであれば、軍内に名が通っていてもおかしくはないのだが」
ヴァルナクの言葉から、やはり俺はミスリク王国の出身ではない可能性が高いと思えた。将軍の攻撃をこれだけ躱せるなら、ヴァルナクの言う通り、多少なりとも軍内に名が通っていてもおかしくないはずだ。にもかかわらずヴァルナクは俺のことを知らない。つまり俺はミスリク軍に正規兵としてはいなかったということになる。まだ、たまたまヴァルナクが知らなかっただけという可能性も捨てきれないが、ともあれ、記憶を取り戻すための道のりを一歩進めることができたような気がする。
「なんだ、その顔は。何かに気付いたような顔だな。儂に弱点があるとは思えんが」
「いや、この戦いは関係ない。単なるこっちの事情だ」
「ほう、儂と向かい合いながら儂との戦い以外に思考を割く余裕があるとは、舐められたものだな」
「え、いや、別にそんなつもりはないんだが……」
ヴァルナクは再び剣を構え、より苛烈に攻め立ててくる。
先ほどまでよりさらに速い剣撃が俺に襲いかかる。
しかし、それでもヴァルナクの剣が俺にかする気配は微塵もなかった。
次第にヴァルナクの剣速が鈍り始める。
「クッ、速さ以上にその希薄な存在感は、異常と呼ぶべきか。この儂をもってしても捉えきれん。こんな手合いは初めてだ」
そういえば屋敷でもメルカに言われたことがある。俺は存在感が相当薄いらしい。そのおかげか、ヴァルナクは俺をうまく捉えられずにいる。
「どうした? 歴戦の将軍ともあろうものが、名もなき一兵卒程度も倒せないのか?」
「おのれ! 舐めるでないわ!」
何百と振った剣が一向にかすりもせず業を煮やしたヴァルナクは、俺の煽りにも冷静に対処できず、頭に血をのぼらせる。
結果単調な力任せの斬り込みが増え始める。そうなれば、ヴァルナクの猛攻もさして脅威を感じるものではなくなる。ここにきてようやく勝てる見込みが出てきた。
今までは、正直躱すことはできても、ヴァルナクの攻撃には隙が無かったので全く反撃の余地を見いだせなかった。しかし、さすがの将軍といえども疲労と焦燥で、太刀筋の精細を欠き始めてきている。今なら、反撃チャンスもある。
それにしても不思議だ。記憶は一向に戻らないのに対して身体の方は、動くたびに全身に血が巡っていくかのように、動きや感覚が馴染んでくる。始めは勝手に動いていた身体が今では相手の剣閃をしっかりと視認して、意識的に躱せるようになってきていた。
まるで、失っていたカンを取り戻していくような、そんな感覚だった。
動きがよくなっていく俺に対して、ついに目に見えてヴァルナクの動きからは焦燥を感じるようになってきた。
冷静に、攻撃を躱しながら、必殺のタイミングを計る。
ついにその時はきた。
ヴァルナクの振る剣が俺を大きく外し、右脇ががら空きになる。俺は流れるような動作で腰の剣を抜きながら、同時にヴァルナクの脇腹を斬り裂いた。
鎧によって威力は軽減されたが、それでもかなりの痛手を与えたことに変わりはない。吹き出す鮮血がヴァルナクの負った傷の深さを物語っている。
「ぐ――ッ。み、見事なものだ。だが、あのお方のためにも儂はこんなところで負けるわけにはいかん!」
ヴァルナクは吹き出す鮮血を無視し、剣を構えると、再び猛然と向かってきた。対して、俺は冷静に槍を構える。
「渾身の一撃だ。躱せるものなら躱してみよ!」
「そんなもの、躱すまでもない」
ヴァルナクが爆発的な力を生み出すため、双剣を一瞬、大きめに振りかぶった隙を逃すことなく俺は間合いの外から槍を投擲した。
想定外の反撃にタイミングを崩されたヴァルナクは、慌てて槍の投擲を回避する。しかし、それがゆえに一瞬晒した無防備が勝負を決定づけた。
「終わりだ」
「……無念」
俺は剣を走らせ、隙を生じたヴァルナクの首を刎ねた。
血の雨を降らせながら首は落ち、続いて力を失った巨体が地面に倒れ伏す。
一瞬の沈黙の後、闘技場内を大歓声が包み込んだ。
試合は終わった。
俺は、生き残った。
緊張の糸が切れると同時に、俺は全身の筋肉がはち切れるような痛みに襲われ、耐え切れず意識を手放した。
次話の掲載予定は2016年12月13日(火)の22時です。




